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十一話

 しみじみ感心していると、入り口の方から人が近付いて来るのが見えた。受付の所にいた男だ。

 手には四角形の箱らしき物を包んだ布を持っている。


「おお、いたいた。あんたに差し入れだと。金髪の美人さんからだ。あんまり美人さんだから、入るのは止めたけどな」


 言いながら男が俺に渡してきたのは、予想通り箱だった。多少の重量があるが、多少は越えない。

 金髪の美人……イルミナだよな?


「じゃ、確かに渡したぞ」

「ああ、確かに受け取った。感謝する」

「どういたしましてっと」


 ひらりと手を振って去って行く男の背を見送ってから、布を解く。

 手に持った感触通りだった何の変哲もない箱を開くと、そこには食料が。

 俺同様、忘れていたことに気が付いて届けてくれたのか。


「何だ何だ、妻か?」

「予定だ」

「くぁーっ」


 どう表現するべきか悩む、何とも言えない声を上げてモンドは天を仰ぐ。


「この幸せ者め! 大事にしろよちくしょう!」

「勿論、そのつもりだ」

「臆面もなく言うじゃねえか」

「事実だが」


 堂々と言い切るのに問題があるか?


 中身はどうやら、泊っている宿の料理だな。部屋を借りている状態で調理などできようはずもない。納得だ。


 そもそも、イルミナの料理の腕前がどれほどなのかは未知数でもある。

 簡単な軽食ぐらいはともかく、リージェほどがっつりと『調理』をしていた記憶はない。


 貴族令嬢だからな。あまり機会もなく、得意でもないかもしれない。だからこそ、練習してくれている気はするが。


 これはイルミナが俺のために用意してくれたものなので、本来ならば俺一人で味わうべきだろう。

 しかしついさっき、モンドから限られた食料を分け与えてもらっている。こちらの恩も返すべきだ。


「礼だ。お前も食べてくれ」

「いいのか? 俺があんたにやった俺の手作りとは物が違うぞ」


 モンドが自分で作った物は、完全に彼のものだからな。モンドの意思一つで自由にしていい。

 だがこれはイルミナの気持ちが存在している物。そこを疎かにするのが失礼だというのは分かる。


「事後承諾にはなるが、帰ったら話す」


 きっとうなずいてくれるだろう。


「それじゃあ、遠慮なく」


 俺に分けた量だけ腹が物足りなかったのも、モンドのためらいを薄くしたのだと思う。あと、明らかに店で買った物の詰め合わせという中身も。


「うーん。美味いが、もう少し味が濃いものを用意してもらった方がいいんじゃないか。糖類や脂質を気にするのは分からなくないが、こっちは大量に体力を消耗している。心配無用だと伝えたほうがいいぞ」

「そうだな。機会があれば」


 とはいえこれは、俺の味覚に合わせたもの。イルミナも用意するときに迷ったかもしれない。

 割とゆっくりと休憩を取って、腹休めする時間も十分あった後で、鐘が鳴った。これは始業の合図だな。


「よーっし。後半、行くとするか」

「意外と良心的だな。切羽詰まっている気配だったから、もっと追い立てるように働かされているかと思っていた」

「数十年前はそんなもんだったらしいな。だが考えてみりゃ当然だが、人間ってのは心身が健やかじゃなければ力を発揮できないもんだ」

「ああ」


 異論ない。


「昔帝国に視察に行ったお偉いさんの一人がな、大層泡をくったらしい。同じような条件下で、先方は随分効率的に成果を上げていたんだとか」

「成程」


 目に見えて理解したわけか。


 確かに、帝国にあくせくした様子はなかった。町全体にゆとりがあったように見えたのは、道の広さや建物の大きさだけが要因ではないのかもしれない。


「それで、労働環境が改善されて今に至る、って訳だ」

「それは幸いだったな」


 お互いに。


「実際、その方が成果は多くなったし怪我や死亡も減って玄人が増えた。知識や技術の伝承、発展性。当たり前の話だが、どうしてか上の連中は理解しない奴が多い」

「その仕事に従事した経験がないからじゃないか?」


 体験をせずに、想像だけで理解をできる者は稀有だ。大体の生き物は己が体験してようやく実感を得て、物事を知る。

 最低でも知識は必要だ。


 しかし恐ろしいことに、指示をする立場にある者に知識がないことが珍しくないのがこの世の中。以前のカルティエラは最たる例と言える。


 だがノーウィットにとってありがたいことに、カルティエラは学ぶことを厭わない支配者だった。

 ノーウィットは以前よりも住みやすい町になったと思う。……そのせいで人が集まってきてしまったが。


「まさに、住む世界が違うってやつだな」


 同じ世界にはいるが、本当に立場が違うからな。


 貴族と平民は同じ人間ではない。『貴族』と『平民』という種に分けられていると言った方がしっくりくるほど、明確に格差がある。

 何せ国の法律で決まっているんだ。


「ああ、やめだやめだ。どうにもできない話なんかしても気が滅入っちまう」

「そうだな」

「俺たち庶民は、テメェの生活を守るだけで精一杯だ。その中で自分が得られる幸福を掴む。それが平和な生き方ってもんだ」


 思うところはあっても、現状どうにか生きていけるなら妥協する。それが自身にとって平穏な選択だと知っているからだ。


 モンドは正しいと思う。

 だが、俺は……。


 もし、王宮錬金術士――というか、資格としてはいっそ皇宮錬金術士を目指したいところで、望み通りの地位を手に入れたとしよう。


 そのときは、手にした力と地位の使い道を考えるべきなのだろう。


 イルミナと結婚するために必要、というだけのものだったはずなのに。

 それを得る意味を、もう少し考えなくてはならない気がした。

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