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九話

 今が戦時特需だからなのか普段通りなのかは分からないが、ブラン鉱山は終日採掘をしているようだった。


 時間を最大限に使うのなら日付が変わると同時に入るべきだろうが、まあ、そこまでしなくてもな。


「おはよう、ニアさん」

「ああ、おはよう、イルミナ」


 翌朝。俺が目覚めたときにはもうすっかり身支度を終えていたイルミナから、声を掛けられた。

 節約のためと防犯のために、借りたのは一部屋だ。二人部屋だから、諸々不都合という程のものはない。


「わたしも行ければいいんだけど、もしかしたら逆に迷惑になるかもしれないから……。無理はしないでね」

「分かってる。心配するな。他の誰かが普通にやっていることをしに行くだけだ」


 俺は素人だし適性があるかも分からないが、物凄くどうにもできないということもないだろう。


 俺に背後関係はないので、身元をどう探られようが『ノーウィットの錬金術士』以上のことは出てこない。しかしイルミナの身元がばれると、嬉しくない勘繰りは受けるかもしれない。


 そうでなくても、直接支援を頼まれたりしたら厄介だ。


 悪いがこっちは俺という個人の都合で来ているので、そういった枠の大きい話はきっちり侯爵と頼む、と言ったところだ。


「ニアさんはむしろ、やり過ぎないように気を付けた方がいいと思うんだ」

「周り次第だな」


 目立つつもりはないが、一程度協力しようとは思っている。

 武器や防具は命を護る。……そして敵の命を奪う。


 俺は今、ユーリたちの勝利を願っている。だからそちらを護り、敵を殺す手伝いをする。している。

 自分の手で殺すわけじゃない。それでも、俺の行いは誰かの命を奪うことになるだろう。

 気分のいいものではない。


 神によって生まれ、神によって生かされている身だ。振り回されるのは仕方ないとはいえ、思うところがないわけではない。

 いっそ命の母が誕生したら、争いは終わるんだろうか。


 ……終わらない気がするな。逆属性の方が諦めないまま戦いが続く気がする。

 ではなぜ、命の母は聖神と魔神を生んだのか。片方の属性だけなら、世界はこんなに荒れていないのではないか?


 そこまで考えて、つい苦笑してしまった。同時に意識をして考えるのを止める。

 ルーとの接触が多くなっているからといって、神の事情を気にし過ぎだ。


 考えたところで、俺に手出しできる領域ではない。まして創世がなぜその形で行われたのかなど、今更知っても歴史を正しく知ることができた以上の意味もない。


 少なくとも現在の状況には影響しない。


「じゃあ、きっとやり過ぎちゃうね」


 忠告に対してはっきり肯定はしなかった俺の答えに、イルミナは困ったように、しかし誇らしげに微笑んだ。


「せめて、何があっても一人で無茶はしないでね」

「……分かった。必ず戻ってお前を連れに来る」

「うん」


 巻き込まないようにと遠慮する方が、イルミナにとっては悔しいことだろう。


 イルミナの心を優先して危険であっても隣に立ってもらうか。それとも傷付いてほしくない俺の感情を優先するか。


 難しい所だ。その場にならないと答えは出せないかもしれない。


「食事は?」

「まだ採ってないの。一緒に行こう?」

「そうだな」


 俺も手早く身支度を済ませ、イルミナと共に部屋を出る。

 そして宿が一回で提供している食堂のサービスで空腹を満たす。


 少しの休憩を挟んで、そのまま鉱山に出ることにした。


「行って来る。お前も気を付けて過ごしてくれ」

「行ってらっしゃい」


 イルミナに見送られて、宿を後にする。

 昨日と同じ道を通って、鉱山に到着。町の様子も変わりない。


「お、来た来た。許可証はちゃんと持ってきたか?」


 小屋に近付き窓の前に立つと、昨日と同じ受付の男が挨拶代わりに片手を上げて言ってきた。


「持ってきた」

「確かに。通っていいぞ」


 お互い顔は覚えているようなので、俺が権利を買ったのは向こうも知っている。しかし規則は大事だ。

 見張りが開けた柵を通って、鉱山の中へ。


 見たところ、外より中の方が警戒されている気がする。これは、あれだ。採掘した鉱石の不法な持ち出しを阻むためだな。


 おそらく三日間しか使わないツルハシを買うのは金も資源ももったいないので、借りることにした。

 ……さて。


 まずは目的であるミスリルのマナを探す。


 いきなり掘り当てると、注目されて動き難くなりそうだ。他の鉱脈への期待もされるだろう。

 実際に掘り出すのは期限間際がいいと思う。


 少し探って、驚く。鉄ならば然程真剣に探さなくても掘れそうなほど豊富だ。


 目当てのミスリルの方はさすがに希少金属と言われるだけあって、反応が少ない。しかし存在はしている。

 よし。


 鉱脈の目星は付けたが、そこに人の気配がない。変に悪目立ちしないよう、まずは人の多い坑道で慣れるべきだろう。


 どうも中央辺りに集中しているようだ。


「よう」

「!」


 どの坑道に入るべきか悩んでいた俺の肩を、後ろから気安く誰かが叩く。

 人が近くにいるのは分かっていたが、完全なる他人。声を掛けられるとは思っていなかったので驚いた。


「おお、悪い悪い。脅かすつもりはなかったんだ。見ない顔だが、新入りか?」


 両手を広げて肩の上に上げ、構えていないことを姿勢で示す。大仰な仕草だが朗らかな口調と表情からか、嫌味がない。


 焦げ茶の髪に無精髭を伸ばした……というか、正に無精で伸びてしまっている髭を顎に蓄えた四十前後の男だ。がっしりとした体格には力強さを感じる。

 全身の筋肉量が多いので、おそらく実際に力強い。


「新入りというか、期間限定の日雇いだな」

「日銭でも稼ぎに来たか? まあ、何にしても多く稼げるに越したことはないよな。臨時雇いじゃ歩合も悪いだろう。ほら、こっちだ。付いて来い」


 男の声に悪意はない。

 俺が慣れない様子で迷っていたから、親切心から声を掛けてくれたのだ。


 損得のみならず善意で人を助けようとする者は、国が変わってもいるらしい。

 国という器は違っても、人という種は変わらない、ということだな。


 ともあれ本当に不慣れなので、教えてくれる相手がいるのはありがたい。すぐに男の後に付いて行った。

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