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五話

「あとは……やっぱり、力って物理的に強いから」

「そうだな」


 どのような理屈も、巨大な暴力の前には敵わない。


「本当は、暴力が力になるような社会じゃ駄目だと思うんだけど」

「……暴力が力ではなくなる社会、か」


 あまり意識してこなかったが、俺が人間社会を最も好ましく思うのは正にその点かもしれない。

 力に左右されない、平等な規則による社会構成。全員が順守することで初めて成り立つ。


 魔物にはない考え方だ。

 人は一つ一つの群れが巨大なせいか、それとも後世に継ぐ性質を持つ種ゆえか。


 ただ、現状では難しいと言わざるを得ない。人という生物が、まだ道半ばの成長なのだろう。

 外的要因もある。魔物という、力に依る敵対者がいる以上、暴力の有用性は否定できない。そのせいで、規則があっても歪んでいる。貴族が振るって来る強権もまた暴力だ。


「先は長そうだな」


 なにせ、規則を設定する貴族自らが暴力を振るっている。さらに気が遠くなるのは、そういう奴ほど己の行いを暴力だとは認識していないことだ。

 自らの権利であると、考えることもなく思い込んでいる。


「うん。きっとわたしの目では望んだ通りの社会になったことを見られない。でも、心は残していきたいの。そして今、出来ることをする。自分を裏切らなくていいように」


 心を残す、か。

 技術だけではない。それもまた、世を発展させる知識だな。


「残るのはきっと、ほんの僅かだと思う。でも、ゼロじゃない。だってわたしは、確かにここにいるんだから」

「……ああ」


 単純な寿命の話で言えば、俺はイルミナよりはるかに先まで生きる。

 彼女の心をしばらくは継ぐことができるだろう。できればその先にも残るよう、俺も務めようと思う。


 誰かが心を継ぐことで、生は繋がっていくのかもしれない。


「未来は分からないから、自分の決断を凄く後悔することもあるかも。でも、自分が選んだんだからって納得ぐらいはできる人生にできるといいな」

「控え目だな」

「そうかも。つい保険を掛けちゃうの。本音はもっと欲張りだけど」


 聴こえているから、分かる。だからイルミナも隠さなかったのかもしれない。


「俺もお前の隣で歩む予定だからな。互いに後悔しないよう、させないように心掛けよう。期待している」


 きっと心に関しては、自覚していない分を含めてイルミナの方が聡いので。


「うん。お互いにね」


 そして無理をする癖のあるイルミナも、素直に俺の言葉を受け入れた。

 俺たち以外通る者のない道を、さらに北へ。


 互いに手を出さないための空白地帯だが、道はそれなりに整備されていた。多分、民間の商人たちの手によるものだ。


 平時は本当に関係が良好だったと察せられる。人の行き来がないと道は荒れるものだからな。

 そしてついに、ラズィーフ側の国境検問所が見えてきた。


 国境だけあって、さすがに厳重そうだ。石造りの塀は高く、入り口も狭い。いざというときはここが最前線になるわけだから、物資や人員が常駐されている気配がある。


 厳重そうだと感じたのは、そうしてうかがえる人の気配が結構多いからだ。


「無事に通れるといいんだが」

「うん」


 通れなかったら? という不安さえ抱く厳めしさだ。

 駄目だったら、そのとき考えよう。


 近付いていくと、検問所の空気が予想よりさらに重苦しいのに気付かされる。


「止まれ。ここから先はラズィーフ王国だ。まさか旅行というわけではあるまい。用件は何だ」


 国境を護る兵士は、これまで通ってきたどこの門衛よりも威圧的だった。

 ただ、思っていたよりも拒絶感は低い。


「事情があって、鉱石を求めに来た」

「鉱石だと?」


 述べた理由を繰り返して、門衛は俺の格好を眺め――納得したような空気を出す。


「目的は国有鉱山か」

「そうだ」

「……命知らずなことだな。まあいい。働き手なら歓迎する。通ってよし」


 国有鉱山が他国の者でも採掘権を買いやすいことを知っているらしい。そして鉱物の需要が高まっていることも後押ししてくれた。


 まさにエミリアの情報通りというところだ。

 国境越えは比較的すんなり行けたと言っていいだろう。


 兵士の対応からするに、今は入るより出る方が厳しいのかもしれない。

 ……そういえば。


「カード、確認されなかったな」


 聞き咎められてそれなら、と言われても面倒なだけなので、門から少し離れた場所でイルミナに話しかける。


「越境時の確認にはしないのかもね。自分たちの国にはない技術だから、逆に身分を偽れる人なら簡単に偽れてしまうもの」

「成程」


 言われてみれば道理。敵ではないが味方でもない相手の言い分なんて、過度な信用はしないよな。

 それよりも培ってきた人の目を信じている訳か。


 国境付近には兵が泊って過ごすための施設が最低限あるが、それだけの場所でもあった。

 長く留まる理由はないので、街道に沿って先に進む。


 道の造りも立派だし、きっとこの先にはそこそこの規模の町があるだろう。


「二時間ぐらい歩いたら、国境の町があるわ。そこからは馬車に乗って移動しよう」

「分かった」


 ミスリルが取れる鉱山ならばどこでもいいので、近くにある事を願う。


「お前はラズィーフを訪れたことがあるか?」

「ううん、一度もないの。話に聞いたことがあるだけ」


 申し訳なさそうに言われるが、初めてで勝手が分からないのは俺も同じ。お互い様だ。


「それなら、町についたら情報収集からだな。すんなり聞き出せればいいが」

「本当に」


 民の心境が分からないのが不安材料である。

 魔物が活性化していて危険だという話だが、国境から延びる街道沿いならさすがに現れまい……と思っていたんだが。甘かった。


 前方で土煙が立ち上り、見る間に近付いて来る。馬車だ。

 そして逃げる馬車を追い立てているのは揺らめく青い炎の塊。精霊種だ。ラーフラームの配下か?

 ともあれ、襲われている方を助けるべきだろう。魔方陣を構築して、放つ。


聖火光(ホーリーレイ)


 精霊種たちの頭上に起点となる星を置き、光を撃ち下ろす。


 まだ距離があるのと、相手が動いているのとで精度はイマイチだ。まともに貫いたのは二体。残りは掠めただけだ。


 しかし間違いなく、足は止めた。

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