二話
「……わ、分かりました。それなら――」
ごくりと喉を鳴らして、エミリアはマナシェアに触れた。情報を呼び出そうとしている。
「待て」
「比較的安全そうな所のご紹介を」
「規則は破るな」
俺への好意を理由に、規則を破らせることはしたくない。やらせてしまったら、エミリアの心に罪悪感を与えてしまう。
「で、でも。ニアさん、絶対に探しに行きますよね?」
「必要だからな」
「だったら少しでも、安全に採れる場所をご案内したいです。しなかったら後悔すると思います」
「……」
困った。
エミリアの主張が理解できた。してしまった。
そうなると断り難い。俺が同じ立場なら、やはりエミリアと同じことをしようとする気がしたので。
自分の良心の呵責や被る不利益よりも、相手の事情が優先される場合だ。
ただ、俺が自分の件でエミリアに不都合を与えたくないという感情も、彼女は理解した。それはそれで俺への負担になる、と。
指がマナシェアの上をさまよって、ためらいを表している。
「あの、では。世間話などいかがでしょうか」
「世間話?」
「ラズィーフ王国で魔物との衝突が激化しているせいか、そちらからの販路が安定しないと聞きます。とにかく人手が足りないでしょうし、金属の需要は高まるばかりですから、大変ですよね」
……成程。
今なら国有の鉱山でも、比較的安く採掘権が買えるかもということか。
「魔物の活動が活発化している以上、アストライトや帝国内よりも旅路は危険になると思います。けれど大きな街道を選べば、警備も強化されているでしょう」
流通が滞ると人々が困窮し、治安が悪化する。どの為政者でも避けたいだろう。
その分、手が回らない部分は余計に荒みそうだが。今首脳陣は頭を抱えているはずだ。
「あと、錬金術士だとは明かさない方がいいです。国内に引き留めるために、強引な手段に出られてしまうかもしれません」
錬金術の有用性が、平時より増すというのも分かる。
もはや世間話というか、完全に俺への忠告になってしまっているが。ありがたく聞いておこう。
「興味深い話だった」
「それなら良かったです」
答えつつも、エミリアの表情は晴れない。
少しでも危険を減らすための情報提供ではあるが、それで安全になるか、と言えばそうではない。
「……神殿の建設が終わったら、錬金術の学校も建てるんですよね?」
「予定ではそうなる」
「生徒さんも、きっと多く集まりますよね。商業ギルドも変わらないと。次はニアさんが自ら採取になんて行かなくてもよくなるよう、商品の充実を目指します!」
エミリアは気合を入れ、決意を込めて宣言する。
確かに、今のままではそのうち人々の要望に応えられなくなるかもしれない。品物が充実すれば、多分俺も助かる。
「ありがたいが、一足飛びの無理はしようとするなよ。需要を見定めてやるべきだ」
俺しか用のない素材など、商品棚に並べても仕方ない。
物とは、時を経れば劣化していくだけ。使われないまま廃棄などということになればすべてが無駄になる。どこかには必要としていた者がいただろうに。
目も当てられない。
「はい、気を付けます。必要な時に必要な物を、必要分だけ、ですね。そのためにもです」
言うまでもなかったか。
流通を実際に近くで見ているエミリアの方が、足りない物も余分な物も実感が強いだろう。
「では、また頼む。忙しい所に悪かった」
「とんでもありません、仕事ですから。それにニアさんと話して、元気が帰ってきた気がします!」
根を詰め過ぎていた気配があったからな。良い息抜きになれたか?
「忙しくても休憩は取った方がいい。結局効率が落ちるだけだぞ」
「本当ですね。気を付けます」
気恥ずかしそうに笑って、エミリアはうなずく。
彼女は俺よりずっと長く人の社会で仕事をしている玄人だ。だがこうも仕事に追われる経験はおそらく初めてだろう。
だからこそ、本人に自覚してもらって、無理はしないと答えてもらえるとほっとする。
用を済ませて商業ギルドを後にし、帰路に着いた。
途中で思い立って、ギルドカードを使ってイルミナに連絡をしておく。
権限を持つ者が調べようと思えば筒抜けになるのは気に食わないが、間違いなく便利なんだよな……。
ミスリルを手に入れたら、私用のマナシェアを絶対に作ってやる。
「――と、いう訳で。ラズィーフへ行こうと思う」
翌日。呼んだイルミナとリージェの二人へと行き先を伝える。
「ギルドの人が言うことはもっともだと思うけど。どうせラズィーフへ行くなら、ユーリたちと行った方が安全だったかも?」
「どうだろうな。向こうは魔王から狙われる立場だし」
目的も違う。向こうはラーフラームの追撃・討伐。俺はミスリル採掘。行先も大きく変わることだろう。
「だが俺一人では心許ないのも確かだ。だからイルミナ、一緒に来てくれないか」
「うん、大丈夫。一緒に行くわ」
微笑のままイルミナは快諾してくれた。
今のイルミナは俺と友好を育みに来ている状況。侯爵の依頼にも関わってくるので名分も立つ。
「えーっと、じゃあ、わたしは……」
「悪いが、留守を頼めるか」
ラズィーフは――というか、北へ行くほど魔物による危険性が増すと考えていい。戦闘能力の乏しいリージェに向く旅ではない。
「……だよね。分かった、お留守番しておく。ニアのアトリエはわたしが護るから、安心して行ってきて」
「頼んだ。だが何かが起こったら、無茶はせずに周りを頼れよ。あと、ここにある何よりもまず自分を優先しろ」
物の価値など、命には遠く及ばない。どんなものでもだ。
そして錬金術士は狙われやすい、という一般論を自分の身でも何度か体験してしまっている。
以前アトリエに泥棒が入ったが、似たようなことが起こらないとも限らない。
「うん、そうする」
危険性も、そして実際に事が起こったときどうするかも、リージェの中には知識として存在しているはず。俺への返事も迷っていなかった。
有事の際はともかく、家をリージェに任せておけるのはありがたい。




