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十四話

「えっと、錬金術協会は国営だから、同じだと思うけど……」

「そうか」


 ダンジョン討伐要員が最高峰の実力者揃いならば――と思っていたが、期待しない方がよさそうだ。


「それを踏まえて、お前、どうする?」


 先程までとは状況が違う。今現在ノーウィットにある戦力だけで生き残らなくてはならないということだからだ。


「諦めるのも一つの道だと思うが?」

「……そうだね。それが正しいと思う。わたし一人が頑張ったって、どうにもできないかも」

「だろうな」


 国とて、己の領土である町を見捨てたくなどないはずだ。それでもそうするしかないと判断を下した。


「でもここで逃げ帰ったら、わたし、きっと凄く後悔する。錬成しようとするたびに思い出しちゃうと思う。そしたらきっと、いつか、錬成もできなくなると思う」


 リージェは、そうかもしれない。


「だから、残るよ。頑張ってみる」


 こいつも残るのか。


 ……町なんか、どこでも同じだと思っていた。ノーウィットが滅んだとしても、住処を変えるのは少し面倒だが、それだけだと。


 けれど次に移り住む街には、当たり前だがリージェはいない。イルミナも。誰も――この町にいた誰も、この世に居なくなる。


「……そうだな。最後まで足掻いてみるか。後悔しないために」

「ニア……!」

「なら、急ぐぞ。ノーウィットを本気で救うつもりなら、猶予はない」

「分かってる! 何徹したって頑張るから!」

「いや、それは非効率的だからやめておけ」

「なんでここで冷静に突っ込むかなあ!」


 むぅと頬を膨らませたのは一瞬。リージェは楽しげに笑い出す。


「やってやろう、ニア! みんなで生き残って、やったねって笑ってみせよう!」


 リージェがそうして笑っていられるなら、それがいい。そんな思いが自然と心に浮かぶ。

 だから全力を尽くそう。当たり前のように、そう思った。




「……ふむ。まあ、こんな所か」


 一晩かけて材料の性質を書き出した紙面を眺め、俺は一つうなずいた。


 魔力操作が覚束ない人間が作れるよう、厳選された素材だ。難度を上げるような妙な性質を持っている物もなく、存外楽に調合できそうだ。


 しかしこれは、改良のし甲斐があり過ぎて研究心が疼く。

 だが……だが抑えろ。今はそれどころではない。それは後日だ。


 丁度良く区切りもついたので、食事の支度をするとしよう。


 面倒だからと後回しにしたが、しばらく共に暮らすことが確定した今、リージェにも水回り周辺のことを知ってもらう必要がある。家の仕事は持ち回りだ。


 ……とはいえ。


 部屋を出て向かいの扉を見てから、俺は台所へと足を向ける。


 時間に追われて研究に打ち込んでいる今、そんな話はしなくてもいい。日常の決め事は日常だから活きるものだ。


 手軽にスープとサラダを作って、食卓に並べる。

 メニューが一緒? まさか。具材が違う。……俺の懐具合に合わせた『多少』の差ではあるが。


 とりあえず完成したので、リージェを起こそう――と首を巡らせたところで、扉が勢いよく開けられる音と、やや急いた足音が近付いてきた。


「ニア! できた!」


 現れたのは目の下に隈をこしらえたリージェで、嬉しげに数枚の紙を俺へと突き出してくる。


 ぱっと見で目に入ってきただけの内容は、とりあえず間違っていなさそうではある――が、そうではなく。


「埃がたつ。後にしろ。それから、食事の用意ができているぞ」


 呼びに行く手間が省けたので、丁度良かったと言えばそうか。


「あ、ありがとー。でもさ、その前に何か一言……」

「お疲れ。体力のない身の上でよく頑張ったものだ」


 俺たち魔物は一睡ぐらいしなくとも大した影響を受けない者が多いが、人間は違う。体のシステム上、どれだけ頑健な者でも一日一度、睡眠を取るのが望ましかったはずだ。


「うん、頑張った! ありがと! ニアもご飯の用意お疲れ様。ごめんね、任せきりで」

「今は構わない。落ち着いたらお前にもやってもらうけどな」

「もちろん。じゃあ早速――」

「手を洗って来い」

「……はぁーい」


 徹夜明けのせいか、リージェのテンションが異様に高い。この様子では、作業に取り掛かる前に休ませた方がいいだろう。


 後で休む時間を考えると、徹夜の効率はさして変わらない気がする。体に負担がかかる分を考慮すると、むしろ損と言えるだろう。


「とりあえず成分を書き出してみたけど、これからどうする? あ、いただきます」


 手を洗い、戻ってきたリージェは席に着きつつそう訊ねてくる。


「とりあえず、お前は寝ろ。その間に答え合わせをしておいてやる。お前が起きたら調合開始だ」

「待っててくれるの?」

「勉強になるだろう」


 今の頭ボケボケな状態では無意味だろうがな。


 答え合わせをして、時間が余ったら俺も一眠りするつもりだ。リージェと違って寝ないと判断が鈍るほどの能力低下に陥っているわけじゃないが、万全にするなら休んでおくのも悪くない。


「じゃあ、勉強させていただきます」


 言ってリージェは満面の笑顔を向けてくる。


 ……なぜだろう。徹夜明けだし、身形も実一辺倒で洒落っ気の欠片もなく、美しい要素など見当たらない。


 なのに、その笑み一つで異様に彼女が可愛らしく見えた。




 リージェが数時間の仮眠を取り、アトリエの扉を叩いたのは昼を少し過ぎた頃だった。


「二度目のおはよー、ニア」

「頭は動いているか?」

「大丈夫!」


 本人の答え通り、ぱっと見、大丈夫そうではある。

 朝と違って身形も整えられていた。瞳もしっかりしている。


「ならいい。早速始めるぞ」


 時間は限られているからな。

 採点を終えたリージェの回答を机の上に置くと、彼女はわくわくとした様子で身を乗り出してきた。


「どうだった?」

「七十六点」

「わ、結構高い」


 喜ぶかどうかは人によるラインの点数だと思うが、リージェは喜ぶ側だった。ということは、もっと低く見積もっていたか?


「間違いが固まっている後半は問題外として」


 これはもう、集中力が切れて眠りながらやっていた部分だろう。話にならん。


「うっ」


 覚えがあるのか、リージェは気まずそうに呻く。


「特性が無い材料に無理矢理特性を捻りだそうとする妙な思考が見えるな? なぜだ?」

「特性が『無い』なんてこと、ないかなって……」

「無いものは無い。己の感覚を信じろ」

「……うん。分かった」


 むしろ高難度に分類されている品を作るための素材には、そういう品が多い気がするぞ。扱えない――素材にならない、と判断されているという理由で。


 これはますます改良が楽しみに……ではなく。


「答え合わせも終わったところで、始めるぞ」

「手伝えることある?」

「なら、水晶片を粉にしてくれ」

「了解」


 リージェと二人で、まずは五種類の水晶片を粉にしていく。脆くて砕きやすいものから、硬くて割ることから面倒なものまで様々だ。


 それぞれが魔を感知するもの、それを拒むもの、それぞれの力を増幅するもの、それらを安定させるもの、人をその範囲から除外させる役割と果たすもの、となっている。


 二人で砕いた粉を、均一な粒により分けるために篩にかけ、第一段階終了。


 先に計っておいた力の強さで配合量を決定。大量に使う材料もあるし、僅かで済むものもある。ちなみに、この時点でレシピは役に立っていない。記されている配合量が雑すぎる。


 同じ種類の石片であろうとも一つ一つ違いがあるのだから、一まとめにはできない。それができるのは材質がすでに均一化された人工の素材だけだ。


「その量って、どうやって決めてるの?」

「すべての属性を、完成したときに同等の強さになるようにしている」

「なるほど……」


 そして例外処理をするための、俺の羽の加工を開始する。溶解液で溶かし、無属性のガラス粉と混ぜ合わせる。白の中和剤を媒介に、魔力と物質、両方でだ。


 完全に混ざったところで、冷却。固形となったそれを砕き、改めて粉末にする。


「今のって、ニアの羽? だよね?」

「ああ」

「形が違ったような……?」

「!」


 意外に目ざとい。いや、錬金術士としてはむしろ当然だったか。


「気のせいだろう」


 しかし幸い、証拠の品はその形を保っていない。言い張れる。


「そうかなあ……」

「そうだ。――続けるぞ」

「あ、うん!」


 一瞬で関心を移してくれた。この辺りの錬金術への姿勢がどうしても共感を呼び、リージェに対して甘くなってしまう。


 人間を範囲外にする粉の中に、俺を除外する粉を混ぜ込む。再び溶かして混ぜ合わせ、結合。


 ――この辺はやや勘も混ぜてしまったが、大丈夫だったな。他の粉末と同程度の属性値に納めることができた。

 元々難度が上がるような属性はついていない素材なので、分量さえ間違えなければそう失敗はしない。


 ……まあ、魔力操作が覚束ない人間には、そもそも正確に測るのが難しいだろうから、ここですでに難度が高いのかもしれんが。


 無属性の白の中和剤を、今度は体積の調整にも使いつつ、すべての粉末を溶解して混ぜ合わせ、液体にする。


 とりあえずは、これでよし。


「今日の所はここまでだな」

「物質の魔力結合作業、ニアって本当速いわよね……。中和剤と馴染ませるのだって数時間かかるのが普通なのに……」


 そんなにとろとろやっていたら、劣化待ったなしだ。……人間の現状はそうなのか。


「お前はできそうか?」

「努力する。回数重ねれば、少しはましにできそう。やっぱりお手本があると違うわね」

「それならよかった」


 俺としても、錬金術がより洗練されていくのは望ましい。


 学問は、一人の発想ではどうしたって行き詰まる。多種多様な発想、物の見方、捕らえ方があるから変化し、発展していく。


 リージェがその一人になってくれたら、とても嬉しい。


「とにかく、あとはそれぞれの属性と馴染むのを待ち、成形させれば完成だ。形は一辺四センチの正方形だったな?」

「えーと、うん。そう書いてある。……その大きさじゃないといけないのかな?」

「そんなことはないな。作った奴が適当に決めただけだろう」


 役割を果たすのには、大きくても小さくても問題ない。せいぜい保管のしやすさと、見栄えのために揃えただけだろう。


「もっとも、手分けをして作るのには決まっていないと困るのだから、これでいいんだろう」

「それはそうね。――属性が馴染むのって、どれぐらい?」

「一日あれば充分だ。変質しないよう、様子を見ながら魔力調整する必要があるが。さほど難しい作業じゃない」

「ニアにとってはね!」

「そういう訳で、俺はアトリエから離れられん。悪いが今日から家事分担を頼む。差し当たっては食事だ」

「了解。キッチン、勝手に探索するけどいいわね?」

「構わん」


 むしろ教えるより楽ができるかもしれん。

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