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十五話

「どうだった」

「とても買い物ができる環境には思えません。どうしてこんなことに」

「人に対して、場所が狭い。店が少ない。物が少ない。そのせいだ」

「だから、人を止めろと仰ったのですね。……わたくし、何も知りませんでした。自分が治めている町がこのような状況になっていたなんて。……いえ」


 呟いてから何かに気が付いたように言葉を切り、首を振る。


「わたくし、町を治めてなどいなかったのですね。だって、何をしたこともない……」


 やらなかったはカルティエラ、やらないことを許したのは周り。どちらにも咎があるだろう。


「前から思っていたが、ノーウィットは人の管理が雑だ。領主館には今、ヴァレリウス殿下が滞在しているだろう。せっかくだから意見を聞いてみたらどうだ」


 帝国は整然としていた。きっと違う話が聞けるだろう。


「お、皇子殿下にそのようなこと、できません」


 しかしとんでもない、と言うようにカルティエラは大きく首を横に振る。駄目なのか。

 ヴァレリウスも体面は気にするから、王女であるカルティエラが無理なことだと言うなら無理なのかもな。


「まあ確かに、臣下や家族と話し合う方が妥当か」


 きちんと問題としてとらえてくれれば、だが。


「ですが、どうにかしなければとは思いました。あれが普通では、住みよいとはとても言えません」

「姫様、頑張って」


 似たような境遇での生活を経験しているためだろう。シェルマの応援は声援というだけではなく、改善を切実に願った本気だ。


「ええ、頑張ります」

「では、次に行こう」

「はい、あの、次は……次の問題はどのようなものなのでしょう」


 やや怯えつつ、カルティエラが訊ねてくる。

 市場の様子があまりに衝撃的過ぎて、先に覚悟をしておきたいらしい。


「必要な物がないまま時間が過ぎた果ての姿を見に行く。要は治安の悪化だな」


 別に隠す意味は感じなかったので、訊かれたままを答える。その間にも着々と外周区へと近付いていく。

 人家が疎らになり、人の気配が薄くなる。


 少し前はただ人がいない、寂れた場所でしかなかったんだが。今はすでに悪臭が漂い始めているな。


「……!?」


 主なのは物が腐った臭いか。カルティエラには縁遠いものだろう。


 騎士とはいえ、あまりこういった現場に派遣されることはないだろうイルミナの様子を窺うと……大丈夫そうだ。

 やや顔色は悪いが、理解はしている顔はしている。


 正体は分からなくても嫌悪感は湧くのだろう。カルティエラは顔を歪めて、周囲へ忙しなく目線を巡らせていた。


「まあ、これ以上近付く必要はないだろう」


 まだ距離はあるが、見てもらいたいものは十分視界に入っている。


 そこにはぼうっと地面に座り込んだまま動かない者や、寝転がって時を潰している者たちしかいない。数は十数人といったところか。


「お兄様、彼らは……?」

「家がなく、仕事がなく、途方に暮れている人々だ。最優先で掬い上げる必要がある」


 彼らの持つ資金が尽きたら、強盗に転じてしまう。飢えないためにはそうするしかないからだ。


 今はまだ被害が出た話も聞かないし、ここに集まっている人数も多くない。だからこそ、今すぐ手を入れるべきだ。


「でも――、でも、どうすればいいのでしょう」

「公共事業で雇え。それしかない」


 ノーウィットは元々、産業がない町なんだ。急に人が増えたら仕事が追い付かないに決まっている。


 ならば雇用は生み出さなくてはならない。

 それには『国』が金を払う、公共事業が一番だ。


「町の拡張計画があるんだったな? まずはそちらに従事してもらうのがいいだろう」

「わ、分かりました。すぐに話し合ってみます」


 このまま放置していたら悪化するばかりなのを理解して、カルティエラは大きくうなずく。


「では、行こう。次で最後だ」

「は、はい……」


 先を知るのが今度は怖くなったか、カルティエラは問題の中身を問いかけてこなかった。


 足を向けたのは市民街の中心部。この辺りも大分人が増えてきて、窮屈さは否めない。が、マシな方だ。

 何より。


「――……」


 目に入るのが、当たり前の日常だ。


 親子が笑顔で手を繋いで家路に着き、今日あったことを語り合う。目的地である広場では、駆け回る子供の姿が見える。膝に猫を乗せた老女が、同年代の男性と微笑みながら目の前の光景を見守っていた。


 全員が知り合いというわけではないだろう。それでもこの場には、互いの存在を好意的に認識する空気ができている。


「ここは……この光景は。平和ですね、お兄様……」

「そうだろう」


 元々はこういう光景しかない町だったからな。

 それでもやや、雰囲気は暗くなった。皆不安を感じているのだ。


「人が、こうして笑顔であれる町……。ああ、そうです。笑顔になるということは、嬉しいということですものね。そして喜びは、心からしか生まれない」

「ああ」


 政の務めとは、人が幸福になれる土台を築くこと。それだけではないだろうか。

 人の町で暮らしてきた俺が支配者に望んでいるのはそれだ。


 そして人々を幸福にすることで、集団は強くなる。結果、群れが生き残る。これはどの組織でも変わるまい。

 逆に集団を構成する者たちが不遇であれば、組織は弱くなっていく。自明だ。


「わたくし、人々を護り、導く王族であろうと思っていました。けれどそれは――間違っていたわけではないけれど、思い上がりでもあった気がします」


 一人一人の顔を見ながら、カルティエラは言葉を紡ぐ。

 内容は取り留めなく、感情を伝える表現を探しながら。


「わたくしが与えるのではない。道を歩むのは、一人一人なのだから。そしてその道が、笑顔で歩けるものであるべき。そう、それが、史書が讃える善政というものなのでしょう」


 自らが歩いてこそ、人は幸福を得られる。

 歩みたい道をどれだけ整備できるか。それこそが政治手腕と呼ばれるものではないだろうか。

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