十三話
「ん。なんてことない。ニアの所に行くお使いは、役得だから。シェルマの方が長く過ごせる。ちょっと羨ましい」
「いや、仕事の一環だからな?」
そんな公私混同をしなくても。
「来たいなら、遊びに来ればいいだろう」
「いいの?」
意外なことを聞いたとばかりに、リェフマは目をぱちりと見開く。
「忙しければ断るが」
立て込んでいなければ構わない。
「――ん、分かった。遊びに行く。絶対行く。でも今日は戻る」
「ああ」
手を振って別れを告げると、リェフマも貴族街の方へと戻って行った。
「ゴーレム素体、せっかくだから見てみたい……けど、やっぱり駄目?」
リェフマが去ったあと、リージェがアトリエの方に視線を向けつつ訊ねてくる。
「悪いが、もう少し待て」
「そうだよね。悪影響を与えたら、ここまで慎重に、大切に運んできてくれた人形士さんにも申し訳ないし。我慢する」
文字通り、体を張って護っていたからな。苦手なのに。
「早速ゴーレム製作に取りかかろうと思う。アトリエはしばらく入室禁止だ」
「つーか、元々禁止だろ?」
「……基本、そうだったな」
あまり人を中に入れたくない部屋だから仕方ない。
そんなやり取りを交わしてから、皆と離れてアトリエに戻る。扉をしっかり閉めて、部屋の境をそのまま境界にしてマナの操作を行った。
魔力でも神力でもない、純粋な、白い状態に戻すのだ。
よし。
もう一度確認してから、一体の人形を覆う防護布に手を掛ける。ゴーレム素体の中で最も小さな物だ。
万が一何かあっても、作り直すときには小型の方が楽だろう――などと短絡的に考えた俺は、愚かだった。
小さな像の正体は守護精霊。神人の補佐を行う役目を持つ神界の住人だ。
彼らと共に任務にあたるかは、担当した神人次第らしい。ルーは今回連れてきていないか……もしくははぐれて放置しているかだ。
見れば分かる。手のかかり具合は小さいからと言って抜かれていない。いっそ小さい分、細かな作業が増えて大変な部分もあるかもしれない。
大きければバランスを取るのが難しいだろうし、どちらならば簡単などということはないんだな。
ゴーレム素体のモデルは、この世界の創世神話に語られる光神ディスハラークの筆頭神人、アルノエルの専属精霊だ。名前はリリエナ。鹿の耳と尻尾を持つ、全長三十センチほどの女性体である。
本人はどちらかというと賑やかで落ち着きのない性格をしているのだが、ゴーレム素体のリリエナは神秘的な姿に作り上げられている。
稼働領域は……とても広い。人間の関節以上だ。
「見事だ」
ゴーレム素体としての優秀さはもちろん、芸術品としても一級。むしろノーウィットに置いたら、あまりの立派さに浮くのではないかと心配にさえなる。
いや、逆か。
このゴーレムに恥じない町になればいい。そういうことだな?
では、早速始めよう。
ゴーレム素体に通すマナ経路の設計図を引っ張り出し、今度は実物と重ねながら必要な経路を作る。
人形の内側に干渉して、流れを作るのだ。神経や血管を張り巡らせるがごとく、精密に、正しく。隅々まで。
物体として留まっていただけのマナに、流れを生んでいく。その終着点は左胸、心臓だ。キッフェルの柵が集めた神力も効率的に使えるよう、同じ材質から作った核を埋め込む。
木像本体のマナと結合させ、樹脂で固定させれば完成だ。
それからも流れが定着するまで、外から干渉し続ける。マナが行き渡った頃には、経路も大分しっかりしてきた。よし。
「司令官となるゴーレムは、やはりアルノエルか」
人間側から見たら、同族の英雄の方がしっくりくるか。
いや、だからこそ、アルノエルの方が向いてるかもしれん。
アルノエルに選ばれた初代の勇者、エルトランサとどちらにするべきか……。
しばし考えて、結論を出す。やはり自身の感性通り、アルノエルを司令塔にすることにする。
命令を受診するだけの核はともかく、アルノエル像の製作にはもう少し手間がかかる。
基本的な行動パターンは一応設定するとしても、より効率的に動けるよう、学習していくようにしたい。
今こそミスリルが欲しい。侯爵からの依頼もあるし、採掘に行くことを真剣に考えよう。
そうやって、二体目に取りかかっているところで扉が叩かれた。
「ニアー? もういい時間だから、一旦休憩にしないー?」
呼びに来たのはリージェだった。時間を確認すると、確かに昼を回っている。
まだ続けることはできる。しかし若干、集中力が落ちている自覚もあった。
休憩を入れるか。
せっかく声を掛けてくれたのだし、疲れつつあるのも間違いない。
こうして声を掛けてもらえるのは、ありがたいことだな。俺一人でやっていたら、時間の経過に気付かず続けていた。
「ああ、休憩しよう」
応じて立ち上がり、念のために防護布を被せてアトリエを出る。待っていたリージェと一緒にダイニングへと戻った。
今のこの状況が、とても心安らぐ。
『誰か』と共に暮らすのは、楽しいものだ。
ゴーレム製作に明け暮れているうちに、二日間はすぐに過ぎた。
ユーリとルーは変わらず外周区に行っていて、リージェは一日、領主館に出かけていた。目的はいまだ存在しているだろうアトリエだ。
各々、それなりに充実した日々を送った、と言っていいと思う。
そして約束の十時を前にして、リージェの方がそわそわしだした。
「どうした」
「今更だけど、ご案内する順路の予定とか、ちゃんと立ててる?」
「一応は」
カルティエラの時間が限られるから、視て回れる場所は二ヶ所、せいぜい三ヶ所といったところだろう。
それに、今必要だからと殺伐としたところばかりを見せたいわけでもないんだ。
カルティエラが『街』という外の世界を歩ける機会は多くあるまい。その多くない機会で、気が滅入るような思いばかりをさせたくない。
自分が護っているものの意義を感じて、やり甲斐を心に生んでほしい。
「そ、そっか」
「そう緊張するな。カルティエラが理不尽な性質じゃないのはお前も分かっているだろう」
「う、うん」
そもそも、リージェは同行しないのだし。
だからこそ気になる、という部分はあるかもしれないが。




