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十一話

「魔王って、どんな奴だろうな」

「今は情報がなさ過ぎて何とも言えん。ただ」

「ただ?」

「余程想像力のない奴か、完全に自他を切り離して考えている奴か、あるいはそもそも人の感性では語れないのか。いずれかではあるだろう」

「幅広いなー」


 さらに、いくらでも解釈を広げられる言い方をした。


「それぐらい語れないということだ」

「だよな。悪い、つい。どんな奴がどんな考えで命を奪えって命令してんのかなって思ってさ」


 ユーリにはきっと、想像もつかなければ理解もできないんだろう。どのような主義主張であろうとも、他者の命、尊厳を踏みにじってまでやるべきことなど彼の中には存在しないのだ。


 俺も納得はしたくないと思っている。ユーリ程確固たる意志を持ってやることはできないとも自覚があるが。


「とりあえず、今日の所は片付いた。家に戻ろう」


 人形士がきちんと宿まで辿り着いて手配できるか、心配がないわけではないが……。ここまで来れてはいるんだ。大丈夫だろう、多分。


 ……不安だ。


 俺が今さらながら人形士の去って行った方を見ていると、皆も目線を追って少し考え込むような顔をした。


「大丈夫かな? 今、ノーウィットに飛び込みで泊まれる宿とかないだろ」

「どうかな? 貴族街の方なら泊まれると思う。領主依頼だから許可されると思うし」


 彼女が慣れていれば、そちらに行くかもな。

 注意して音を探ってみると――先程の馬車の音が貴族街に向かっている。リージェの推測が当たりだな。


「貴族街ならいいけど。下手に市民街とかで野宿とかはしない方がいいよな」


 俺が歩き出したのに合わせて、皆も帰るために付いてくる。ただ、歩みはいまいち遅い。


 それは気掛かりがあるせいだろう。市民街の方面からこの外周区へと、ちらほらと人が訪れ始めている。

 宿に帰るにしても奇妙だ。


 確かにこの外周区にも移民のための仮宿舎があって、月日が流れた分何部屋かは空いていると思う。そこを宿泊施設として利用は可能だろう。


 だが人数が多すぎる。空き部屋の数など軽く超えているぞ。


「え、どうしてこっちに来るの?」

「宿が取れないから。んで街だと警備隊の目がより厳しいから。空き空間も広い外周区の方で寝るんだってさ」


 やっぱり足りてないじゃないか。住居。


「それでも、こっちは外門があって門衛たちの詰め所がある分だけマシだな。リージェ、町の端には近付くなよ」


 外周に近くなるほど人気は疎らになる。行き場のない者たちの溜まり場となれば、治安の悪化は避けられない。


「分かった。絶対行かない」

「……開発を急ぐ必要がありそうだな」


 その辺りは領主であるカルティエラが判断することなのだが、一市民として、急ぎ取り組んでもらいたい。


 ともかく一介の錬金術士である俺がやるべきは、町の結界の完成。それに尽きる。

 住んでいる以上あらゆる物事に無関係ではいられないが、できることは限られるのだ。もどかしい気持ちにさせられる。


 そうして皆で俺の家まで戻って来たものの、漂う空気感は重い。明るくなれる要素がないのだから仕方ないと言える。


「ニア。俺、しばらくラズィーフの皆の様子を見に行きたいと思うんだ。さっさと魔王を倒すための行動をしろって言われるかもしれないけど、やっぱり気になって無理だ」

「構わないんじゃないか。そもそも、相手は『軍』だ。個人が突出してどうにかなるものでもない」


 ある程度、数には数を揃えないと戦えない。


「そ、そういうものか? 英雄譚だと、やっぱ勇者の活躍で勝利しました、みたいな感じで語られるじゃん?」

「それも正しい。魔王と戦えるのはお前だけだし、魔王以外の相手にだってお前が宿す神呪は絶大な力を発揮する」


 事態を決定づけるのに足る力だ。


「だからこそ、その瞬間に至るまでお前を支えるのが軍の役目だ。向こうもそうしているだろう?」


 殺されるのを前提に兵を向かわせ、消耗を強いて討ち取りやすくする。


 魔王軍の場合、その兵として使われるのが概ねダンジョン産の魔物だ。いくらでも生み出せる命だから、容赦なく消耗品として扱われる。


 ダンジョン産の魔物でも、感情や意思はあるんだがな。


 おそらくだが、『外』の――ダンジョン産以外の魔物、魔人にとっては、ダンジョンで創造される命は己と等価ではないのだろう。


「軍の戦いって、正直嫌だよな。いっそ俺と魔王だけで戦って決着付けたい」

「残念だが。兵力が豊かな側はその意見にうなずきはしない」

「分かってる。そーゆーところもすげー腹立つ」


 ユーリは、そうだろうな。きっと自分が豊かな兵力を持つ側にいても。


「怒ってばかりいると疲れるから、程々にしておけ。食事にするぞ」

「あ、悪い。今日の当番俺だったよな。すぐ作るから」

「別にそこまで遅くはないから、急ぐ必要はないぞ」


 下手に気を他所に散らされて、怪我でもされたらそちらの方が問題だ。


「大丈夫。集中は得意だ」


 俺がした心配を見抜いてにやりと笑うと、ユーリは調理台へと向かう。

 どんなに手際のいい人物でも、完成までは時間がかかる。アトリエに戻って過ごすことにした。


 さて。明日は何事もなく過ごせるといいんだが。




 コン、コン。

 翌日の昼過ぎ、珍しく工房の扉が叩かれた。


「え、来客? 初めてだな」

「ほぼないからな」


 ここが一応店であることを思い出した気配のあるユーリの言葉に応じつつ、席を立つ。部屋に戻ってフード付きコートを取ってくるためだ。


 急な来客の対応は、今もリージェがいるときは彼女に任せている。


「はーい。どちら様でしょうー」

「リェフマ。姫様のお使いと、人形の納品の護衛に付いてきた」


 来客は知った相手だった。用件も新しいものではない。


「あ、ありがとうございます」


 用件に納得したリージェが、すぐに扉を開ける。


「お邪魔します」

「……ま、……ます」


 躊躇なく入ってきたリェフマに続いて、昨日の人形士の声がした。ただし、ほとんど声は出ていないが。

 いかにフォルトルナーの耳でも、発されていない音は聞こえない。

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