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七話

「そっか」

「そういうお前はどうなんだ?」


 本来なら王妃の護衛に付いている王宮騎士が城を離れてこんな辺境の町にいるんだ。何もないということもないのでは。


「急ぎじゃないんだけど、実はニアさんに依頼があってノーウィットに来てるの。わたしがじゃなくて、スティレシア侯爵家から」

「侯爵には、俺とのことを話しているのか?」

「ううん。まだ」


 だろうな。その方が良いと俺も思う。


 今話しても否定されるだけ。余計な警戒と悪感情を買うだけだ。それよりも、まずは俺が侯爵の好意と信頼を勝ち取らなくてはならない。


「では、魔除けの熾火の件で名前を覚えてもらえたか」

「そうなの。市井にこんな腕のいい錬金術士がいるとはって、驚いてた」


 少ないとは思うが、他にもいる気はする。


 まあ、表に出てこないということは出ないようにしているということで、早々見付からないのはそうだろうが。


「依頼は何だ? 侯爵からの依頼なら優先的に取りかかるぞ」


 まずは身分を乗り越える名誉を得なくてはならない。侯爵からの依頼なら上流階級の人々に名を広めるにも打ってつけだ。


 対外的な体面とは別の部分でも、親族の好意を勝ち取っておくのは重要でもある。


「さっきも言ったけど、急ぎじゃないから大丈夫。依頼の方は言い訳で、実際の所はニアさんと接触したいだけだから。家として、ね」

「高く買われたものだな」


 侯爵に興味を持ってもらえているのは、こちらとしては悪くない話だ。


「ニアさんの名前は、もう知っている人なら知ってるから」


 色々やってきた成果が出てきた、と言ったところか。


 出世などしようと考えていなかった頃にやった仕事も、評価の中には入っているのだろう。

 不要だと考えていたものが助けになるとは。我ながら都合がいいとは思うが、やってきていて良かった。


「ダンジョン討伐のときに関わったことがあるならって、個人的に知り合えるよう工作を頼まれたの。ちょっと今更な感じで、変な顔をしちゃってたかもしれない」


 くすくす、とイルミナは悪戯っぽい笑い方をした。

 スティレシア侯爵は、当然、娘と市井の庶民が懇意にしているなどと考えまい。自然な発想である。


 ただ、共有している秘密が後ろめたいような、くすぐったいような何とも言えない感覚なのは同じだ。


「ならば尚更、普通に依頼をこなすべきだな」

「じゃあ、これからニアさんのアトリエに行ってもいい? 依頼書を作ってしまおう」

「いいぞ」


 これから個人依頼を受けることが増えるかもしれない。

 そのときにギルドを通さない可能性もある。戸惑わないためにも、初めにイルミナから教われるのはありがたい。


 ……というか、ギルドを通さない個人依頼だと、税がかからないのでは。早速穴を発見してしまった。

 が、穴ではない可能性もある。


 それこそ、貴族が自分で抱えている錬金術士に納品させるときとか。

 ……考えるのはこの辺りでやめておこう。今の俺にはどうにもできない領域だ。ただ、帝国ではどうしているのかをヴァレリウスから聞いてみたい気持ちは湧いた。


「そうだ。あと、せっかくだからカード登録もしちゃおう?」

「やっておくか。しないうちに機会を逸して、またやっていればよかったと後悔はしたくない」


 懐からカードを出しつつ、ふと気になったことを訊ねてみる。


「俺の持つギルドカードと、お前やリージェが持つ物は名前が違うだけのおなじものなのか?」

「物としてはほぼ同じかな。ただ、職業を表すって意味での違いはあるね」

「俺が持っているのはギルドカードだが、リージェが持っているのはインペリアルと呼ばれていたな? イルミナが持っているものもそうか?」

「ううん。わたしが所持しているのはロイヤルカード。アストライト王国所属の証だね。リージェちゃんのは、ほら、錬金術協会は帝国の下部組織でもあるから」


 そう言えばそうだったか。王宮の名を冠した資格のある職業でも、所属はより上が優先されるんだな。

 錬金術という存在は、国の枠を超えて帝国の人材という扱いをしているのか。


 もっとも、カードの材料であるマナシェアが全て帝国に管理されている以上、カードの名前がどうでも大差ない気がするが。


「……」

「ニアさん?」


 ギルドカードを見詰めて動きを止めた俺に、イルミナは不思議そうに名前を呼んでくる。


「やはり、登録は止めておこう。帝国で、誰とも知れん奴に情報を抜かれるのは面白くない」


 これからは俺と繋がっていることで、面倒を掛けることが生じるかもしれないのだ。

 皇子付きの侍従というぐらいの地位にある奴が、その場でさらりと情報を引き出すんだぞ。


 正直言って、拒否感が強い。できる限り情報を入れたくない気分だ。


「気持ちは分かるけど……。でもほら、この間の時みたいなことが起こったら、そっちもやっぱり後悔する気がするんだ」


 リージェは拒否感よりも利便性を優先するつもりのようだ。

 使わないと不便になる、という仕組みだからな。よくできているものだ、まったく。


「要は、お前とイルミナ、ルー、ユーリ……。それぐらいの限られた相手と連絡が取れるようになれば問題ないんだ。帝国が配布しているマナシェアとは共有しない物を自分で作ってしまった方がいい」

「ええっ!? 作るの? っていうか、作れるの!?」

「概要は分かっている。何とかなるだろう」

「……ニアって本当、容赦なく天才だよね」


 そうか? レシピが公開されているわけではなくても、物は流通しているんだ。

 流通しているということは、現在進行形で作られているものでもある。既出だ。

 物を視れば、その構成も何となく分かるものであるし。


「ニアさんが作れるなら、その方がいいかも。でもすぐにって訳にはいかないと思うから、やっぱりわたしとは登録してほしいな」

「確かに、すぐには無理だな」


 その間に新たな事件に巻き込まれないとも限らない、か。


「え、じゃあわたしも」

「いや。人数は少ない方がいい。そして何か理不尽に見舞われそうになったとき、拒みやすい件が多いのはお前よりイルミナだろう」


 何しろイルミナには皇家の血が入っている。しかも現皇帝ともかなり近い血が。

 身分は力だ。少なくとも、現在形作られている人の社会では。


「そ、そうかもしれないけど……」

「あと、念のためにルーとも登録しておく。二人いれば十分だろう」


 あいつはそもそも地上の生き物でさえないので、最悪、神界に帰ればすべてが片付く。


「……」


 利で判断するなら正しいことを言っているはずなのだが、リージェは納得していないようだ。両手の指を突き合わせたり、離したりを繰り返している。

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