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三話

「とりあえず、明日領主館へ行ってカルティエラと話をしてこよう」


 彼女もきっと、頭を悩ませているはずだ。


「じゃあわたしも行く。ユーリとルーハーラ様は?」

「俺は庶民だからやめとく。畑に行っとくよ。あの野郎、次も来たら追い返してやる」


 怨嗟の呟きを漏らしつつ、刻んだ野菜を鍋に投入。今日はスープか。


「神力一色の食材で作る料理か。いいね」


 ルーの関心は、町の件より味より属性に向いているようだ。


「シャーレクアレの属性だけどな」

「神力なだけで充分さ。もちろん、大将の力が満ちてるのが一番嬉しいけど」


 属性が違っても、崇める対象であるのは神人たるルーでも同じか。

 だが、ふむ。


「シャーレクアレのみというのも均衡を崩しそうだと思っていたところだ。ヴェルガハーラの神殿も建設してもらえないか打診してみよう」

「いいのか?」

「別にお前のためじゃないぞ」


 顔を輝かせたルーに、誤解させないようはっきり告げておく。


「動機なんて些細だね」


 それはそうかもしれん。結果が欲しいときなんかは特に。


「でも本当に、どうして神殿?」


 あとは煮込む時間を待つだけとなったか、リージェとユーリもテーブル周りに戻ってくる。


「ヴェルガハーラは闘神でもあるが、安らぎを司る神でもある」

「あ、うん。それは知ってるけど……」


 歯切れの悪い言い方で最後を濁しつつ、リージェの視線がそっとルーへと向けられた。

 気持ちは分かる。ルーには安らぎを感じたりはしないからな。


 ヴェルガハーラが司る性質だから重視はしているが、自信には反映させていない。ルー本人の性質から言えば、おそらくさほど重視する部分でもない。


「でもそれ、解決方法じゃないよな?」

「さっきも言ったが、解決には多すぎる移住者を制限するしかない」


 どう考えているのかは問いかけるつもりだが、その権限を持つのは領主たるカルティエラのみ。俺が実行できる立場にはない。


「それにすでに迎え入れた者を追い出すのも難しいし、できたとしてもどうかと思う」

「う。そりゃそーだ」


 知人に迷惑を掛けられたという悪感情が先立っていたユーリだが、いざ相手の事情を考えてからは言葉の勢いが弱くなった。


「今のお前が、ヴェルガハーラの神殿を建てようという答えだ」

「?」

「互いに冷静に、穏やかな平常心で向かい合う必要があるだろう」


 ノーウィットの元からの住人の中にも、新しく来た人々への悪感情が生まれていた。

 一つの町で暮らすのに、絶対に良くない。


 一度覚えた悪感情が消えるわけではないが、ヴェルガハーラの安らぎがもたらす作用は理性を強くしてくれる。


「そりゃ、上手くやれたらそれが一番いいけどさ」

「うん。魔王軍から攻められているときに、人間の間で諍いなんか起こしてる場合じゃないよ」


 魔王軍の動きも関係はしている。少しでも身の安全を高めようとして移住してきている者もいるようだから。


「でもまずは、ご飯食べよっか」

「そうだな」


 腹が減っては何とやら、だ。




 そして翌日。俺とリージェは早速領主館へと向かった。


「あれ。なんか、随分変わった……?」


 リージェが戸惑いの声を上げたのも無理もない。


 上層と下層の境目。かつては階段と門衛しかいなかったそこに、文字通りの門ができている。見れば階段も化粧石に変わっていて、見栄えよく作り替えられていた。


 ただ変わったのはその一部だけなので、階下との落差が激しい。物凄く場違い感がある。いっそ滑稽に感じる程に。


 唖然とした気持ちで階段を上る、と。


「あ……。貴方がたですか」


 疲れ果てた様子の門衛と会った。


「どうした。随分疲れているようだが」

「え」


 俺の問いかけに門衛は驚いて目を見開き、十数秒たっぷりと固まる。


「そんなに意外なことを言ったか?」

「そりゃあ、まあ。だって、ほら」

「確かに俺とお前の間に友好関係はないが」


 それどころかはっきり嫌い合っていると言える。何とも思っていないより、さらに悪いな。


「だが具合が優れないのを気にかけるぐらいはする」


 命の価値は俺の好悪でなど変わりはしない。もちろん、俺の中では変わるが。


「……貴方は、凄い人ですね」

「唐突だな」

「ほら、最近本当に色々あって……。それで、色々考えさせられまして。俺が凄く偉くて価値があるものだって信じていたものって、本当にそんなに凄いものだったのかなあ、とか」

「少なくとも公には」


 王や貴族は生まれで貴賤に差をつける。法で明確に定められているのだ。

 私たちとお前らは違う、と。


 武力で強要されれば従うしかない。だが心の内側は別だ。


 己の心が尊敬していないものに嘘は付けない。だが法は従うことを強要してくるし、自分の生活を左右する強権も有している。


 ならば公に語られるような、優れた人物であってほしいと願うものだ。


 ……ああ、そうか。そういうことか。

 トリーシアやマリーエルザが何に必死であったのか、ようやく得心が言った気がする。


 彼らは見栄を気にしているが、同時に誠実なのだ。己の立場というものに。


 きっと、息苦しいと考えることさえ許されないのだろうな。衣食住に困ったこともない奴が悩みなど語るなと言われるのが精々だろう。


 命の活動という意味では、正しい。だが心は割り切れまい。

 生まれたときから貴賤を付けるその制度。果たして上手く使いこなせる時代が来るのだろうか。


「はは。そうですよね。公には、そう。俺が知る前も知った後も、何も変わりはしないんだ」

「だがお前自身は変われるだろう」

「え」


 世の中の価値観を一人が変えようなど、途方もないことだ。徒労に終わる可能性の方が高い。

 だが自分の意思は自由だ。


 そして自分が変わることで、世界は一つ変わる。それも事実だ。


「自分の在りたい己を目指せばいい。いつからでも」


 これまでの己が嫌になったのなら尚更な。

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