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十八話

 ここでダンジョンを失って俺の支配権を一時的に無くしても、再び出会えば配下にできる。そういうことだろう。


 今の俺はマスターによって名前付きにされた身だから、一層容易になっているはず。


 俺はあえて、口出しはしない。俺が負けることを望んでいるのをマスターは知っているから、下手に出たがれば余計に機会を失うのが目に見えている。


「後方支援なら、お前より先に死ぬこともないだろう」


 いや、戦場に出ればどこからでも攻撃される可能性はあるだろう?


 エイディは俺の命にそこまでの価値は見出していないので、妥当といえば妥当な意見だが。

 俺の命を惜しむよりも、負けて魔王軍の機運が削がれる方がエイディにとっては大事なのだ。


「そんなに大切なら護ればいい」


 ゆえに、一応コストに入っている俺のことも、エイディは戦力として動員しようとする。


「……まあ、いいか。死なないと思うし……」


 侵略メンバーを見たことで、マスターにはより強い確信が生まれた気配がする。

 余程運悪く巻き込まれる事故が発生しない限り、死なないとは俺も思う。


「分かった。じゃあ――ニア」

「っ」


 魔力を込めて名前を呼ばれる。これは命令だ。


「ボクとエイディの支援をすること。それ以外は認めない。いいね」

「……理解した」


 戦えと言われるよりはマシか?

 そうしたらしたで、上手く捕らえてくれそうな気はするが。


「では、出るとしよう」

「ま、たまにはいいね」


 役割がまとまり、俺とマスター、エイディはコアルームを出る。そして手前の最終防衛線となるフロアに移動した。


 魔力を探ると、いる。シープスライムも。


 こいつも殺すことになるかもしれない。マスターを倒すとは、そういうことだからな。

 迷ってはいない。だが気持ちは沈む。


 敵対はしているが、エイディやシープスライムに遺恨があるわけじゃないんだ。

 騙して裏切るのも、言葉を親しく交わした相手を死に追いやるのも、気分がいいわけがない。


「どうした、ニア。戦うのが初めてというわけでもないだろう」

「もちろんだ。だが……最近、少し思う。戦うのはあまり好きではないかもしれない」


 生きるために必要だったときは、考えもしなかった。考える必要も、余裕もなかった。自分が生きるために、明確な敵しかいなかったから。


 今更だが、思う。


 敵とは『敵』という生き物ではない。

 俺や、俺が大切に想う者たちと何ら変わりない生命なのだ。


「私も好きではないが、己の求める道のために必要であればためらうつもりはない」

「……そうか」


 俺とエイディは別の生き物で、別の意思を持って生きている。

 だからその意思は変えられないし、そんな権利も持っていない。侵されざるべき部分だとも思う。


 同時に確信する。

 こいつとは相容れない。


 世の属性を塗り替えること。神々の求める創世の母の器を産み落とすこと。異なる神を信仰する者を殲滅させること。


 そのいずれも、俺にとっては目の前の命と幸福を奪うに足る理由だとは思えないから。


「お前は甘いようだな」


 否定的な俺の返事に、エイディはやや気分を害したように言う。


「甘いのとは、違うと思う」


 共感できないだけだ。

 ただ、エイディも共感するだろう意思も俺の中にはある。


「護りたいものを壊そうとする奴を滅ぼすのには、俺もためらわない」


 必要であれば、やる。どれほど後味が悪かろうとも。

 おそらくその方が、まだ後悔しないだろう自分を分かっているから。


「お前は本当に、セェイラの所で生まれた魔物とは思えないな」


 生まれたのはマスターのダンジョンで間違いない。育った環境が違うだけで。

 だが要は、生まれなんぞよりも育つ環境の方が重要だと、そういう事なんだろう。


 全員が全員同じように育つとも思わないから、個性もあるとは思うけどな。


「さっ。二人とも、無駄話はそれぐらいにしようか。――もう来るよ」


 マスターに促されて、俺とエイディが扉に視線を向けるのとほぼ同時に、開かれた。


 そして侵入するより先に、部屋に神力が流される。素材の性能を確認するときに使う解析の魔法に似ていた。

 部屋にあるものを調べたか。


 危険物はないが、おそらく今のでシープスライムの存在もバレただろう。

 入り口に罠の類がないのを確認してから、一行は入ってくる。


 その際に見えたが、道具の力があろうともさすがに全員が無事というわけではなさそうだ。人数も減っているし、無事ではない者も多かった。


 部屋はそれなりに広いが、デュエル参加者全員が入れるだけの空間はない。整列すれば入れるとは思うが、立ち回りができないという意味で。


 ここの設計はおそらく、マスターが一度に戦っても問題ないと考えている人数以上は、むしろ動きを阻害する程度の広さにしてあるのだ。


 今回は俺とエイディも入っているから、余計に侵入の人数は絞られる。多くても三、四人だ。

 向こうも同様に判断したらしく。


「ごきげんよう~。魔王軍の方々~」


 入室の人数は絞ってきた。


 まず先頭に立ったのは、名目上ダンジョンデュエルを仕掛けた総大将であるリーズロット。

 後ろに続いたのはヴァレリウス、イルミナ、そしてユーリ。ここまでだった。


「ああ、久し振りだな。我らが神の手を振り払った愚かな魔物よ」


 リーズロットとエイディに直接の面識はないと思うが、組織を代表してのやり取りだな。


「そんなことを言われても~。リズを仲間にしたいのなら~、もっと魅力的な条件で誘ってくださいね~」


 脅して支配下に置くのは、下策だからな。

 とりあえず従いはしても、それ以上の貢献は絶対にしない。どころか虎視眈々と反逆の機会を窺う。


「我らが神の世を作ることに魅力を感じない時点で、愚かだ」

「見解の相違ですわね~。お話し合いになりません~」


 重きを置く部分が違っていて、互いに歩み寄らなければそうなる。

 話し合いとは、要は意見のすり合わせだ。互いの主張を百通すためのものではない。


「まあ、話し合いに来たわけではないので~、仕方ないですけれども~。では、時間制限もある事ですし~、早速始めましょう~?」


 ダンジョン内では必要なさそうな日傘をさしていたリーズロットは、くるりくるりと回転させてからたたんで持ち直した。


 散歩の供に持ってきたと言わんばかりに、先端を地面に向けて両手持ちをしている。

 ただ俺は知っているが、その日傘、鈍器だよな?


 武器を構え直すという意味では実に無駄な動作を行ったリーズロットの後ろから、魔力の輝きが現れる。

 話の最中に魔法の構築を始めていたらしいヴァレリウスのものだ。


星閃(スターレイ)


 発動と共に魔法が生じたのは、天井付近。一瞬だけ光が不自然に収束して。


 キュン!


 空気を焼く音と共に、線状の光が部屋の隅に近い位置に降り注いだ。


「あッ!」

「!」


 マスターは嫌そうな声を上げ、俺もつい、息を飲んでしまった。


 ヴァレリウスが真っ先に排除したのはシープスライムだ。正確な役割は知らないだろうが、確実に厄介になると踏んで始めに狙った。


 シープスライムは仲間の燃料となるための生態。本体は強くない。むしろ弱い。

 その魔力が消えたのが、すぐに分かった。


「ああもう、もったいないことを! 決めた! 君には責任取ってボクの燃料になってもらう!」


 苛立ちの解消と回復を兼ねて、ヴァレリウスは喰うことに決めたらしい。元々喰ってなり替わろうとしていたし、目的にも叶うだろう。


 ……今憶えているかどうかは謎であるが。


「あらあら~。それはちょっと困りますわ~」


 そのヴァレリウスを庇うように、リーズロットが立ち塞がる。


 間違いなく魔物のリーズロットの方が肉体的には強いので、妥当な布陣だと言えるだろう。

 この段階で、互いに相手がほぼ決まったと言っていい。


「まったく、勝手なことを。期待はしていなかったがな」


 連携など取りそうもないマスターの様子にエイディは息を付く。そして双剣を構えてイルミナとユーリを見た。


「では、残り二人を私が請け負おう」


 エイディの警戒の七割ほどは、ユーリに注がれている。ユーリ本人というより、彼が使う神の権能にだろうが。


 神呪は発動させるだけで大量のマナを持っていくので、ユーリの剣も今は普通の金属だ。


 エイディはイルミナの戦い方をすでに知っている。まずはユーリの力量を図るつもりか、自らも神呪を使わずに床を蹴り、接近する。


 あるいは、使うのに条件があるのか。


 出来る限り傍観しておく……つもりだったのだが、ダンジョンの魔物とはその程度の自由も与えられないものらしい。


 思考が勝手にエイディへ行う支援の最適解を探し、実行する。


 俺がエイディの戦い方を詳しく知らなかったことだけが幸いか。おかげで効果的というより、無難なものしか思いつけなかった。


 まずは肉体を強化する魔法――だが、これはすでにエイディが自分でかけている。必要ない。

 あとはユーリやイルミナの魔法を妨害するぐらいだが……。


 エイディの剣を捌くイルミナと、死角を取って切りかかるユーリ。妨害に入る余地があまりない。

 直接的な戦闘を命令されていればもっとやることもあっただろうが、マスターは支援以外を禁じている。


 おかげで精々、エイディが負った傷を適時癒すのと、ユーリの剣の軌道を逸らしたりといった程度だ。


「ああ畜生! 敵になると本っ当うっとうしいなニアって!」

「うん。分かってたけど」


 それでも俺の邪魔のせいで、ユーリたちはエイディにまともな攻撃を一撃たりとも入れられずにいる。心底厄介がって憤慨された。


 俺もやりたくてやっているわけじゃないからな? むしろ上手く出し抜いてくれ。

 ユーリをかわし、一度大きく飛びのいてエイディが近くに戻ってきた。


「セェイラがお前の行動に枷を付ける理由が分からない。ニア、お前戦うの上手いだろう」

「上手いかどうかは分からないが」


 どうにかやってきてはいる。

 背中越しに掛けられた言葉には、曖昧な答えしか返せない。


 ただ、エイディにとって俺の答えなど然したる意味は持たないだろう。彼が俺の力を判断した結論を告げられただけなので。


 ゆえに続いたのはまったく別の言葉。


「大体分かった。どうにかなる。――ニア、私に魔力を送れ。一気に片付ける!」


 宣言したエイディの体内で、魔力の質が変わる。より正確には、深い場所で眠っていた別の魔力を使い始めた、という気配だ。


 これはエイディの魔力じゃない。別人のものだ。俺の中にマスターの魔力があるのと少し似ている。

 そしてその中に、ステラの魔力の波長も感じ取れた。


 つまり魔神の神子である魔王の魔力を、体内に宿しているということか。それを使って、本来神子にしか使えない神呪を行使している……?


「何という無茶な!」


 理解した瞬間、思わず愕然とした声が出た。


 マナというのは、一人ひとり別の構成をしているもの。異なるマナが体に入れば、経路を傷付け死に至らしめることさえある。


 俺の中にマスターの魔力が混ざっても無事なのは、俺がダンジョン産の魔物だからだ。マスターの支配を受け入れるための器が、始めから用意されている生態なのだとやられた後だから実感できる。


 それでもやはり別物は別物。下手に扱えば身体を破壊してくるだろうことが感じ取れもする。


 親和性のある俺とマスターでさえ危険だというのに。エイディと魔王のマナはまったくの別物。力を得るために、何という暴挙を。


 呆然とした俺に、エイディは笑みさえ浮かべて見せた。


「私は魔力の扱いに長けている。問題ない。お前にも期待しているぞ」


 自身の魔力を変換して相手に送る魔法はあるにはあるが、高難度だ。エイディの見込み通り、俺はできるが。


「宿れ。不壊の燐光(シュナ・ヴェール)


 刀身をなぞり、神呪を発動させる。

 エイディが宿した光の魔神スィーヴァの輝きに、イルミナの表情が一層引き締められた。盾さえ軽く切り裂かれた過去は、記憶にしきれるほど遠くない。


 そして不本意だが、俺も自身の魔力をエイディの持つマナと魔王のマナの二種類に変換して送る魔法を行使する。使用時間を延ばすことになるだろう。


 両方のマナに変換するのは予想外だったか、エイディが驚いた顔で振り返ってきた。そして嬉しい誤算を得たときの、満足そうな様子でうなずく。


 だが今――エイディは魔力を使った。体内に取り込まれた神力が、魔力の膜が裂かれて滲み出すのが分かる。


「慈悲の眠りを。絶命の刈月(ゼロ・クロウ)


 応じて、ユーリも神呪の輝きを宿す。

 制限時間的には圧倒的にユーリが不利。勝利を確信したエイディが足に力を入れた。

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