表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/52

小碓武VS美夜受麗衣(1)

 この後、床ずれ防止に再びタケル君の体を動かしてあげた後、麗衣の自宅に向かった。


 ウォーミングアップを行った後、すぐにスパーリングを行う運びになった。


「ルールはどうするんだ? 武の好きなルールに合わせてやるよ」


 お前相手ならどんなルールでも負けないとでも言いたげだった。


「一般的なプロのキックボクシングのルールで良いよ。防具はヘッドギア無し、レガース無し、攻撃は肘有り、膝有り、回転系の攻撃有り、首相撲の制限が無いルールでね」


「良いのかよ? お前お得意のボクシングキックルールでも構わないんだぜ?」


 麗衣は肘や首相撲が禁止されているアマチュアキックボクシングのルールを常々ボクシングキックと揶揄していた。


「麗衣だってアマチュアのAクラスのルールまでしか経験ないじゃん?」


「言うじゃねーか……グローブは12オンスで良いか?」


 俺が通うジムの所属する団体のアマチュアキックボクシングのAクラスの試合ではボクシンググローブは12オンス、B、Cクラスは16オンスと定められている。


 つまり、俺が試合で使うのは16オンスで麗衣が試合で使っているのは12オンスだ。


 使い慣れている麗衣に有利とも思えるが、オンスが軽くなるほどグローブが薄くなり、その分ダメージが伝わりやすくなるので比較的パンチの方が得意な俺に有利であるという見方もできる。


 因みにプロの軽量級の試合では遥かに軽い6オンスのグローブが使われるが、俺も麗衣も持っていない為、本気でやり合うには12オンスしか選択肢が無いと言える。


 オープンフィンガーグローブで試合を行う団体もあるが、流石にガチのスパーリングでそこまでやるのは危険すぎる。


「ああ。12オンスで良いよ。時間は如何する?」


「Aクラスの2分2ラウンドで良いだろ? お前相手に3分3ラウンドなんか要らねーよ」


「俺も麗衣を倒すとしたら2ラウンドかと思うからね」


「上等だ。さっさと始めようぜ。恵! 時間測れよ!」


「ハイ。分かりました。じゃあ二人ともいったん離れて」


 コーナーポストは無いので、俺は壁、麗衣はサンドバッグをコーナーポストに見立て離れる。


「ラウンド1……ファイト!」


 恵がタイムウオッチのボタンを押すと、麗衣は距離を詰めていきなり左ハイキックを放ってきた。


 俺は後足を後ろに引きながら上体を反らすスウェーバックで躱すと、麗衣はすかさず右ローキックを放ってきたので、俺は左足を上げて脛で受けると、骨がぶつかり合う固い音が鳴り響くとともに、まるでビール瓶で強く叩かれたような激しい痛みに顔を顰めた。


「うわっ!」


 恵の同情するような声が聞こえてくる。


 今までガチのスパーリングでも必ず防具を着けていたので麗衣の本気の蹴りをレッグガード無しで受けるのは初めてだったが、これ程の衝撃とは想定外だった。


 だが、これぐらいで怯んでいたら麗衣の代わりのタイマンなんてとても努められない。


 俺はガードした足を落とすと素早くスイッチして左足を払うようにして右のローキックを返す。


 麗衣の褐色の太腿に命中し、肉を弾く高い音が部屋に鳴り響く。


「つうっー!」


 麗衣が一瞬端正な顔を顰めると、後退した。


 幾ら麗衣でも男子から本気のローキックを喰らう経験など滅多になかったのだろう。


 俺は一気に畳みかける為、両足ステップで一気に間合いを詰め、殆ど頭の高さが上下にブレる事も無くノーモーションで踏み込んだ。


 通常、ステップはまず前足から出して後ろ足を引きつける、1・2のリズムでステップするが、これは1だけで両足で前方へ跳ぶ事で遠い間合いへ距離を詰められる。


 キックボクシングよりも間合いが遠い総合格闘家が使うステップで、キックボクサーがキックのルールでも総合格闘家と対戦する時に苦戦するのはこのステップによるものが大きい。


 恵が得意とするステップで、かつて勝子から学んだテクニックではあるが、MMAクラスでも練習して実戦で使えるレベルに昇華させていた。


 サイドに踏み込んだ俺は体重移動と足・腰・肩を回転しながらガードの位置から腕を倒し、力強く外の軌道から左フックを放つ。


 縦拳から横拳へスクリューしながら放たれたロングフックは麗衣のテンプルを打ち抜くと、麗衣はマットレスに尻餅を着いた。


「麗衣ちゃん!」


「麗衣さん!」


 勝子と恵は心配そうな声を上げ、麗衣に近付こうとするが―


「来るな!」


 麗衣は手を地面に付きながら叫んで制すると、膝を着き、きっちり八秒程待つとスッと立ち上がった。


「アマチュアのルールじゃカウント3であたしの負けだけど……如何する? まだ続けたいか?」


 並みの選手であれば失神していたであろう一撃を喰らって尚、立ち上がった麗衣は俺に聞いてきた。


「いや、KOはプロと同じ10カウント、3ダウンでKOで良いよ。勝子。悪いけどレフェリー頼むよ」


「あっ……うん。分かった!」


 勝子としては俺が勝ちそうになったらやりづらいだろうから悪いけれど、麗衣にタケル君の元へ行く事を喋ってしまったのだからこの位損な役回りは我慢して貰おう。


「ファイト!」


 勝子の合図でスパーリングが再開した。


 こちらの距離を測っているのか、麗衣は右のジャブを放ってくる。


 麗衣はサウスポースタイルの為、こちらからうかつに左ジャブを打つとカウンターを貰ってしまう。


 だから、こちらは極力左手は防御かフェイントに使うのが基本だ。


 俺は軽く打たれた麗衣のジャブをパリングすると、麗衣の外側に身体を出す意識で左足を外側に開き、いきなりの右ストレートを打つと麗衣の顎を跳ね上げた。


「このっ!」


 すぐさま麗衣も左ストレートで切り返してくるが、俺は頭の位置を一つずらし、ヘッドスリップでパンチを躱しながら麗衣のスポーツブラの下から剥き出しのよく締まった腹に右ボディストレートを打ち込んだ。


「ぐふっ!」


 麗衣の息が短く漏れる。


 パンチの距離は俺の距離だ。


 幾ら麗衣でもこの距離ならば俺が優勢だ。


 俺は更に至近距離に踏み込むと、踏み込んだ足に体重をかけ、前足、腰、肩を廻して強く左ボディを打ち、麗衣のガードが一瞬下った瞬間、続けざまに顎に引っかける様にして左フックを放つと、糸が切れた人形の様に麗衣は前のめりに倒れた。


「麗衣ちゃん!」


 綺麗に左のダブルが決まり、危ない倒れ方をした麗衣を案じ、レフェリーの役割を勝子は忘れかけた様だ。


「勝子! カウント数えろ!」


「あっ……わっ……ワン……ツー……」


 俺に指摘され、慌てて勝子がカウントを進めると、カウント6ぐらいで麗衣は立ち上がって来た。


「平気? まだ出来る?」


 足だけ見るとフラフラな様子でとても続けられそうには見えないが、その眼光の鋭さはまだ鈍っていなかった。


「あんな貧弱なパンチであたしがKOされるかよ! 続けてくれ」


「わ……分かった! でも次のダウンでKO負けだから。それは理解してね」


「ああ。分かっているぜ」


「じゃあ……ファイト!」


 女子相手の試合では麗衣がここまで苦戦した姿は記憶に無いが、男子相手の暴走族の喧嘩では何回も見た事がある。


 男子の圧倒的なパワーを前に殴り倒され、地面を舐め、これ以上殴られたら危険じゃないかという程ボロボロの状態から本領を発揮して逆転する雄姿を幾度見せられた事か。


 喧嘩であればまだまだ俺は麗衣に及ばないかも知れない。


 だが、今やっているのは3ダウンでKOのルールだ。


 ならば俺にも勝機がある。


 俺は立ち上がった麗衣に攻撃を畳みかけるべく、小刻みなパンチで距離を詰め、壁際に追い込んだ。


「麗衣さん! 危ない!」


 当然麗衣を応援しているであろう恵は悲鳴を上げた。


 悪いな恵。


 これはお前の好きな麗衣の為にもなるんだ。


 だから一気に決めさせてもらう。


 俺は大会決勝で堤見選手を倒したコンビネーションブローで麗衣に止めを刺すべく、背中から回り込む様にして左のリバーブローを放った。


 顔面への攻撃では男子の攻撃すら耐え凌ぐ麗衣でも、元インターハイボクサーにも効かせた俺の左リバーブローは耐えきれないだろう。ましてやレバーが近いサウスポーなら当てやすいはずだ。


 だが、麗衣は上体を内側に捻り、背中で俺のパンチを受けた。


「なっ!」


 元WBA・WBC世界スーパーフライ級スーパー王者、元IBF世界スーパーフライ級王者であるクリスチャン・ミハレス選手が元WBC世界スーパーフライ級王者、川嶋勝重選手相手にボディブローを防ぐ為に見せたテクニックだ。


 川嶋選手は初戦でこそダウンを奪ったものの、このボディブロー封じで得意技が攻略され、2度の対戦でミハレス選手に敗北している。


 ミハレス選手と同じくサウスポースタイルである麗衣であれば上体を僅かに捻れば背中でリバーブローを受けるのは容易だ。


 すかさず麗衣は俺の頭を引き込む様にして組むと、左足を大きく引き、俺の体を引き寄せながら腹に膝蹴りを入れてきた。


「ぐふっ!」


 鳩尾に膝を入れられ、俺は息が詰まった。


 首相撲の練習はムエタイ初級クラスやMMAクラスの練習で俺も多少やっていたとはいえ、キックの上級クラスやムエタイクラスでも首相撲を練習している麗衣には敵うべくもない。


 俺は間合いを外そうと腕を内側に入れ、麗衣を押し離そうとした。


 だが、顔が正面を向いてしまったところ、腕の合間を縫って、褐色の膝頭が飛んできた。


「……なっ!」


 俺は気付くと天井を見上げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ