俺もご存じないんですけれど!
「で、俺に用があるんだろ? 棟田?」
遠目に俺の様子を伺っていたのはかつて俺を苛めていた元同級生の棟田だった。
亮磨先輩の話を聞いていたので驚きはしないが、タイミングは最悪だった。
棟田はぞろぞろと8人程の仲間を引き連れて俺の前にやってきた。
「ありゃあ逆ナンか? サンドバックの癖に随分偉そうになったよなぁ~小碓!」
相も変わらずニラ臭い口を近づけ、棟田は俺に凄んできた。
半年前の俺ならビビッていただろうが、麗衣達と一緒に暴走族と喧嘩を重ねてきた俺には痛痒にも感じない。
「そんなんじゃないけどね。で、喧嘩でも売りに来たの?」
俺が強気なことに棟田は少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに醜悪で気味の悪い笑みを浮かべた。
「話が早えーな。テメーはあん時のタイマンで勝ったつもりだろうけどよぉ、美夜受が止めなきゃ俺がテメーをボコっていたんだよ!」
あの時の棟田は俺のガゼルパンチでダウンをしていた。
あの日は麗衣にも失神させられていたので、あれ以上続けていたらアイツの方がヤバかったのだが、それを麗衣は止めたのだ。
「いや、あれが負けじゃないとしたら、どうしたいんだ?」
「決まってんだろ? あん時の決着を今着けるんだよ」
「だったらこれだけゾロゾロお仲間を連れて来てどうするつもりなんだ? タイマンも出来ないのか?」
「あ? コイツ等はテメーを逃がさねー為だよ。テメーなんざ俺一人で充分だぜ」
かつては鮮血塗之赤道の亮磨にパシリで、メンバーになる事を望んでいた棟田が元・鮮血塗之赤道の連中をコイツ等呼ばわりするとは。
まさか棟田も何か格闘技でも始め、強くなっているという事だろうか?
少し用心した方が良いかも知れない。
「信用できないな。棟田が一人になったら相手してやるよ」
「テメーに拒否する権利が無い事ぐらい分からねーのか?」
棟田の仲間が退路を塞ぐように俺を囲んだ。
これは本格的にヤバいな。
麗衣か勝子、あるいは恵の内、誰か一人でも居れば八人ぐらい何とかなりそうだが、俺一人ではこの人数は無理だ。
流石に焦った、その時だった。
「おやおやぁ~これはこれは懐かしい。鮮血塗之赤道の親衛隊の方々じゃないですかぁ~」
そう言いながら俺を囲んでいる棟田の仲間達の間を堂々と割って入り、俺の前に現れたのは、身長170センチはあろうかという美少年にも見える赤い短髪の長身の中性的な美少女、赤銅澪だった。
この子は元々麗衣と喧嘩をして敗れた空手の使い手だが、その麗衣と、どういう訳か俺なんかを気に入り、麗入りした元・鮮血塗之赤道のメンバーだった。
「ゲッ! 澪……さん。お久しぶりで……す」
棟田の仲間達はぎこちなく年下の澪を「さん」付けで呼んでいた。
鮮血塗之赤道の幹部、赤銅三兄弟の妹で、実力からして事実上のナンバー4であった澪は彼らにとって恐るべき存在であったのだ。
そうか、さっき亮磨先輩が言っていた助っ人とは澪の事だったのか。
澪は親し気に俺の肩に腕を廻しながら棟田の仲間達を見回して言った。
「親衛隊の皆さんも鮮血塗之赤道が解散する前、麗と共闘して邊琉是舞舞を潰した経緯はご存じですよねぇ~。で、オレが麗に入った事。小碓クンと付き合っている事も当然ご存じですよねぇ~」
オイ、マテ!
俺が澪と付き合っている事は俺もご存じないんですけれど!
まぁこの場はそう言う事にしておいた方が収まりそうなので、俺は肯定も否定もしなかった。
「で、もし麗の小碓クンに手を出したら亮磨兄貴の顔を潰す事になりますよ? あと、オレを敵に廻す事になりますけど、それで良いんですか?」
澪はかつての仲間達に鋭い視線を向けると、皆俯いて下を見ていた。
「いや……解散は葛磨さんや鍾磨さんの意志では無いので……俺達が従う必要はありません」
「じゃあオレと喧嘩するって言うのか! ああん?」
辛うじて反論した奴も澪に気圧されて下を向いて黙り込んだ。
「言っとくけど今の小碓クンはオレよりか強いからね。お前等が束になっても敵う相手じゃないから」
流石にそれはリップサービスが過ぎるというものだろう。
大分強くなった実感はあるが、それでも元々硬式空手(防具装着で顔面ありのフルコンタクト空手)の使い手で、打撃を磨くためにボクシングまで始めた澪の実力には程遠い。
麗のメンバーが毎週集まって行っているスパーリング会ではせいぜい3回に1回ぐらい優勢になる程度だ。
「あ、何だこの男女は? テメーから輪姦ぞ?」
恐らく澪とは初見の棟田は事情を知らないのだろうか?
コイツの仲間が澪を恐れている空気も読まず、棟田は澪を睨みつけた。
「あー、アンタの事なら亮磨兄貴から聞いているよ。亮磨兄貴のパシリで、鮮血塗之赤道のメンバーの前で小碓クンとタイマンしてボコられた雑魚先輩でしょ? その後引きこもりになって人知れず学校辞めたんだって? オレだったら恥ずかしくて家から出てこれませんけどねぇ~アハハハッ!」
澪は棟田の事を恐れるどころか、挑発を始めた。
「この男女が……小碓の前にテメーからぶっ殺されてぇのか?」
棟田が今にも澪に殴りかからんばかりの勢いだったので、俺は二人の間に入った。
「用があるのは俺だろ? 良いよ。相手になってやるぜ」