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アマチュアキックあるある反省点

「スゲーじゃねーか武! やったなあっ!」


 リングを降りるや否や、麗衣が飛びつくようにして俺に抱き着いてきた。


 体当たりするかの如き勢いはたわわに実った果実がクッションとなり、髪から流れる甘い香りが俺の鼻腔をくすぐった。


「れっ……麗衣どうしたんだい?」


 内心の動揺を隠すようにして麗衣に聞いた。


「いや、あのクソ野郎。あたしにまで挑発して来やがったから、余程あたしが代わりにぶちのめしてやろうかと思っていたぐらいだからよう……」


「オイオイ。それやったら俺の失格じゃん……セコンドなんだから勘弁してくれよ」


「まぁな。武ならやってくれるって信じていたからな」


 キスをせんばかりの距離まで顔を近づけた麗衣はドヤ顔を浮かべていた。


「ああ。ありがとう。でも、一寸離れてくれないか?」


 嬉しい事は嬉しいのだが、こんなに人目がつく場所では流石に恥ずかしい。


「んだよ。テメー、童貞の割には最近女慣れしてきたくせに照れているのかよ? テメーなんざ弟みたいなもんだろ?」


 弟……か。


 だから多少過剰なスキンシップも恥ずかしくないって事なのか?


 普通の友達よりは仲が良いと思ってくれているのであれば、それはそれで前進したのには違いないが、意識する異性とは思われていないと宣言されているようなもので、複雑な気分になった。


「俺の方が誕生日先なんだけどね。だから、麗衣の方が妹だろ?」


「あ? テメー妹萌えだったのか?」


「何で麗衣がそんなヲタっぽい用語を知っているの……」


「まぁ弟がアニヲタだったからな」


「え? 麗衣に弟居たんだ。初耳だなぁ」


「お前みたいに可愛い奴だぜ。だからって合わせてやらねーけどな」


「……言っとくけど俺はゲイじゃないぞ?」


「そうなんか? いっつも香月とべったりしていて、お前も満更じゃなさそうな面しているけどな」


 真顔で俺を見つめ返してくる麗衣の表情を見て俺は頭が痛くなってきた。


「おっほん……麗衣ちゃん。姉弟ごっこも良いけれど、そろそろ十戸武の試合も近いからアップ付き合ってあげた方が良いんじゃないの?」


 勝子がそう言うと、麗衣は俺から身を離した。


「ああ。そうだったな。じゃあ恵のところ行ってくるわ」


 麗衣は駆け足で恵の待つ控室に向かった。


「お楽しみだったところ引き離しちゃって悪かったわね」


 以前、勝子は俺がもし麗衣の事が好きであれば付き合っても構わないとは言っていたが、やはり自分以外の者が麗衣と仲良くしているところは見たくないのかな?


「いや、恵の試合ももうすぐだし、こうして貰った方が良かったかも」


「まぁ、十戸武なら、わざわざ麗衣ちゃんがセコンドしなくても勝てるとは思うけれどね」


 恵の専門はMMAだが、ジムが所属する団体がMMAクラスを開設して日が浅く、まだ大会が開ける体制が整っていない。


 そこで恵はMMAで大会を開かれるようになる前に少しでも実績を積む為にキックの大会に参加することにしたのだ。


 事実上、姫野先輩の後を託された形である恵だが、格闘技の大会の類で実績が無いのは俺と同じである。


 だから、俺と考えている事は同じで、アイツも麗での立場を固める為にも必死なのだろう。


「アンタ、十戸武にだけは負けたら駄目よ。麗で一番信頼できるのは武なんだから」


「勿論負けるつもりは無いけど、お前も恵と少しは仲良くしろよな?」


「嫌よ。アイツの総合的な強さは認めるし、チームプレーを乱さないように足を引っ張るつもりは無いけれど、仲良くするかどうかは別よ。私にはアンタと麗衣ちゃんが居ればいいから」


 以前よりは刺々しい感じは薄れて来たけど重いのは変わらないんだよなぁ。


 俺は着替えてくることを告げ、一旦勝子と別れた。



 ◇



 着替え終わり会場に戻ると、試合は予定よりも早く進行しているようで、恵の試合は直ぐに始まった。


 女子のビギナーズクラスは16オンスグローブとレガース、アブスメントガードと呼ばれる下腹部を守る防具の他に、フルフェイスのヘッドギアが着用されて試合が行われた。


 フライ級で行われた恵のデビュー戦は手数の多さで終始恵が圧倒したが、ほぼ前後のステップしか使わず、防御にも粗がある為、被弾も多かった。


 まるで顔面ありのフルコンタクト空手の試合とでも例えるべき殴り合いの末、判定になり恵の勝利に終わった。


「動きが直線的で全然足が使えていないわね。アレで男子の格闘技使う相手と喧嘩したら怪我するわよ?」


 勝子は辛口だった。


「仕方ないよ。恵はMMAメインだからキッククラスには週三回しか参加してないからね」


 恵の真骨頂は手数の多い打撃から繋げる投げ技にある。


 それに、喧嘩で見せる打撃は首相撲以外にバックハンドブローや後ろ回し蹴りなど回転系の技が得意だったから、それら全てが禁止されている女子アマチュアキックボクシングのルールでは彼女の本領を発揮しきれないのだろう。


 仮に俺がMMAの試合に出場すれば本領を発揮できないどころか敗北する可能性が高い。


 それを考えると恵が特技をほぼ使えないルールでも勝利を収めたのは凄い事だと思う。


「それでもあのディフェンスじゃあとても姫野先輩の後釜には成れないわよね。まぁ、その事は本人が一番わかっていそうだけれど……」


 確かに空手の防御技とボクシングの躱し技の要素を取り入れている日本拳法の使い手である姫野先輩のディフェンス能力は麗の中でも勝子に次ぐ高さだったと思う。

 

 同じ総合格闘技を使うとはいえ『後の先の麗人』の異名を持つ姫野先輩は前に出て手数でガンガン攻める恵とは正反対の戦い方と言える。


 そんな事を考えていると着替え終わった恵が麗衣と共にこちらにやってきた。


「二人とも応援してくれてありがとう」


 恵は俺達に礼を言ってきた。


「別に。私は貴女の応援なんかしてないわよ。それにしても無様な試合だったわね」


 勝子が容赦なく言い放つ。


 何時もであれば恵も言い返すのだが、頭を掻きながら笑った。


「あはははっ。確かにその通りだね。キックに関しては週3回の練習でなんとなかるかもって、キックルールを舐めていたかも知れないね。ところで周佐さんから見て、私の修正点て何処だと思う?」


「幾らでもあるわ。まず、相手の真正面に立って殴り合って通用するのはせいぜいBクラスまでよ。もっと上のクラスを狙うなら、攻撃の間合いには真っすぐ入っていかないでフェイントで撹乱しながらもう少し足を使って、打撃も顔ばっかり狙ってないで上下、対角線上のコンビネーションで相手の意識を散らしなさい」


 基本的な事ばかりではあるけど勝子はちゃんと恵にアドバイスを送っていた。


「MMA出身だとキャッチされるのを恐れて打つのが怖いかも知れないけれど、アマチュアキックではポイントになりやすいミドルキックをもっと積極的に打つべきよね。それが最低限の修正点ね」


 そう言えば、あるグローブ空手のルールで帯から上への蹴りを何発以上打たなければ減点と言うルールもあったな。


 何時もは勝子と対立している恵だが、反発した様子もなく、うんうんと勝子の言う台詞に素直に頷いていた。


「あと、このルールでKO狙いは諦めなさい。フルフェイスのヘッドギアを付けていたら、16オンスグローブを嵌めた貴女程度のパンチじゃあ幾ら殴っても相手は倒れないから」


 恐らく勝子が指摘したような内容は恵本人もよく分かっていた事だと思うが、初試合と言う緊張や試合経験と言う意味では場数が足りていない恵は思ったように動けなかった部分があるのかも知れない。


「確かにそうだよねー。スパーリングでMMAとの違いは何と無く掴んではいたつもりだったけれど、実戦で痛感したよ。でも、修正すべき課題が明らかになって良かったと思う。ありがとう! 周佐さん!」


 随分辛口の事を言われていたが、恵は気にした様子も見せず、礼を言った。


「まぁ、勝子の指摘はもっともだけど、適切な指示を送れなかったセコンドのあたしにも責任があるよな」


「「そんな事無いよ!」」


 勝子と恵は声を揃えた。


 麗衣の事になると気が合うんだよなコイツ等……。


「とにかく恵もキックボクシングで初勝利おめでとう」


 俺は恵を祝福してやった。


「ありがとう。武君のド派手な勝ち方には敵わないけれどね。しかも、ヘッドギアを付けていて、あんなに大きな相手に秒殺KO勝ちなんて凄すぎるよ」


「いや、12オンスグローブだからKO出来たのかも知れないし、俺は恵と違ってキックが本職だしね。それに、あのネロって奴はどうせ本気で選手目指しているような奴じゃなかったんじゃない?」


 ウェイトの管理すら碌に出来ない意識が低い奴だ。

 今回のKO負けもあり、今後もキックを続けるとは思えない。


「武の言うとおりだぜ。ビギナーズクラスじゃ記念に一度は試合に出てみたいって言う練習生に毛が生えた程度の参加者も居るからな。人はそれぞれだから、それが悪いとは言わねーけど、キックボクサーとは口が裂けても言えやしねぇよ。お前が本当のキックボクサーを目指すなら、これからがスタートだと思った方が良いぜ」


 次からの試合はCクラスの試合になる。


 どの様な形であれ、俺と同じく1勝、あるいはそれ以上の勝ち星を重ねた人が対戦相手になる。


 真の闘いはこれからなのだ。

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