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イキり野郎とスパーリング

 俺の所属する団体のアマチュアキックのルールでは選手の戦績によりA・B・C・ビキナーズの4クラスに分かれており、まずビギナーズクラスで1勝すればCクラスでの試合が可能になり、Cクラスで3勝すればBクラスに上がり、Bクラスで2勝すればAクラスに上がる。


 プロボクシングのA・B・C級ライセンスと似た制度だ。


 因みにAクラスはプロ予備軍であり、麗衣はこのAクラスの中でもトップ選手だ。


 クラスにより試合時間と防具が異なり、ビギナーズクラスとCクラスは1分2ラウンドで行われ、分厚い16オンスグローブ、ヘッドギア、レッグガードとファールカップを着用する。


 ビギナーズクラスとCクラスのルールはプロと違い首相撲と顔面への膝蹴り、テンカオ、肘打ち等危険度が高い技は反則となり、バックハンドやバックスピンキック等回転系の技も禁止である。


 Bクラスではテンカオ、Aクラスでは掴みからの膝蹴りは一発だけならば許されるがCクラスでは禁止だ。


 大雑把に言えばボクシングのパンチと足が伸び切った蹴り技以外は反則だと思えばいい。


 あとは故意に相手を押すのは禁止となる。


 麗衣がこのルールをボクシングキックと揶揄しているが、大体イメージ的にはそんなものだ。


 今回のスパーリングはこのビギナーズクラス・Cクラスのルールで行われる。


 練習スペースで一つだけ設置されている試合よりも小さめのリングに俺と足振さんが立つ。


「よろしくお願いします」


 俺が頭を下げながら両手のグローブを差し出すと、足振さんは上から激しく俺のグローブを叩いた。


「チビの癖にチャラチャラと女とばかり仲良くしやがって……テメーは前からぶっ殺したかったんだよ!」


 ……実際は良いようにいじられているだけなんだが、そういう見方をする奴も当然居るだろうな。


「では、よーい始め!」


 ゴングの代わりの合図とともにレフェリー役の恵がタイムウオッチのボタンを押した。


 足振さんは合図とともに顎でガードを固めながら突っ込んできた。


 16オンスグローブで顎にガードを固められると正面からのパンチがほぼ通らない。


 ムエタイの基本の構えではないが、肘打ちが禁止されているこのルールでは有効なのかもしれない。


 あとは通常体重の差で圧し潰すようにしてパンチを連打してくるつもりだろう。


 ならば―


「シュッ!」


 俺はジャブの連打でグローブを叩く。


 身長差がある為、ジャブの刺し合いでは俺が不利だから、必ずジャブは連打で放つ。


 グローブの上からでもジャブを受け、足振さんは足を止めたところ、俺はガードの上からでも構わず、ティープで突き放した。


「テメーっ!」


 頭に血を昇らせた足振さんは案の定ワンツーでいきなりラッシュをかけてきた。


 真っすぐ下がると足が揃ったタイミングでパンチが入ったらダウンを取られるので真っすぐ下がる訳にはいかない。


 相手がラッシュをかけてきた場合の回避方法としてまず考えられるのは、ガードを固め、下がらないで踏ん張ってプッシュし、離れ際にローキックを打ち、足を止める事だ。


 だが、このルールでは相手をプッシュするのは禁止されている為、俺は他の方法を取ることにした。


 ダッキングでワンツーを躱すと、右のガードは上げたままの状態で、足振さんに左フックを二発連打した。


 足振さんもガードを上げ、左フックを防ぐがこれはダメージを狙ったものではない。


 俺はバスケットボールでも使われるようなピボットターンでくるりと外側に回り、足振さんの突進を回避した。


「アイツやるじゃねぇか。Cクラスだと前後の動き以外大体の奴が下手くそなんだけどな」


 麗衣が感心したような声が聴こえてきた。


「まぁボクサーの忠男さんを倒したぐらいだから、あのぐらいの動きは出来て当然だよね」


 恵はかつて俺が「天網」のボクサー、岡本忠男を俺が倒した事を言っていた。


 岡本や亮磨先輩のようなボクサーのステップに比べれば、足振さんのステップなど素人に等しい。


「この……ちょこまかと、うざってーチビだ!」


 足振さんがまた距離を詰めながら、ジャブを放ってきたところ、俺は後ろ足を引いて、間合いを外しながらパリングでジャブを弾くと、後ろ足の膝を伸ばしながら前足で踏み込み、すかさずジャブで足振さんの頬を突いた。


「くっ!」


 足振さんが右ストレートを放ってきたところ、俺は後ろ足の右足を軸にして体を反転させる様に左足の前足を引き、右ストレートを躱した。


 そして、足振さんが右ストレートを引ききる前に脇腹に左ミドルを打ち込んだ。


 このスパーリングで初めてのクリーンヒットだ。


 だが、レッグガードを付けている為にダメージは低い。


 まぁ、危険性を極力減らしたルールだから当然だし、そもそも相手を倒すのが目的ではない。


「この野郎!」


 足振さんは下から切り崩そうと考えもせず、性懲りもなくジャブで詰めてくる。


 今度は左足を軸にして、右足を斜めに回転させると半身に体を入れかえしてジャブの方向から体を外し、斜め前から足振さんの顎に左フックを放つと、足振さんは右の拳でガードした。


 だが、ガードされるのは想定内であり、誘いである。


 すかさず、足振さんの右太腿にローキックを叩き込むと、足振さんの表情は険しく歪んだ。


 左フックを防御する時、右足に重心がかかる為、そこで右ローキックを放つと絶対に当たるのだ。


 ローでバランスが崩れかけたところ、間髪入れずワンツーで顎を打ち抜くと、足振さんは尻餅を着いた。


「ダウン! ワン・ツー・ス……」


 レフェリー役の恵がカウントを始める。


 10カウントまで数えるプロと違い、アマチュアの場合は3カウントで立ち上がらなければ負けであるのだが。


「スリップだ! カウントを止めろ!」


 スリーと言いかけた恵のカウントを足振さんは大声で遮った。


「こんなチビにダウン取られる訳ねーだろ……続行だ!」


 そう言い足振さんが三秒以上かけながら立ち上がったところ、タイムウオッチが鳴り響いた。



 ◇



「んだよ。アイツのKO負けじゃねーか?」


 インターバルの間、リングサイドで麗衣が不満を口にした。


「良いんだよ。あのぐらいで止められちゃ練習にならないしね」


「はははっ! 余裕だな! 良いぜ。アイツが二度と舐めた態度取れない様にしてやれ!」


 30秒のインターバルが終了し、麗衣の声援を背に受けながら2ラウンド目が開始した。


 相変わらず足振さんはフェイントも使わず、正面から突っ込んできた。


 このレベルだとかえってこちらがフェイントをかけても引っかからないっぽいので、正攻法で攻略する事にする。


 俺は足振さんの出足に右のローキックを当てると、立て続けに左ミドルを加えた。


「ぐっ!」


 それでも強引に右ストレートを打ってきたが、前蹴ティープりで突き放した。


 強引に体重差で圧し返そうとしたのかも知れないが、ローでバランスを崩されてはそれも思うようにならないようだ。


「これならどうだ!」


 やっとパンチ主体では良いようにやられていると判断したのか、足振さんも前蹴ティープりで対抗してきた。


 俺は左手で足を空手で言う下払いで受け、右ボディストレートを足振さんの鳩尾に打ち込んだ。


「ぐえっ!」


 今度は足振さんの顔が苦痛に歪む。


 蹴りによるカウンターの危険がある為、キックボクシングではあまり使われないボディストレートだが、蹴りを払った直後であればその危険度は減少する。


 それに身長差がある場合、ボディストレートは有効な武器なのだ。


 ヘッドギアで守られた顔面を16オンスのグローブで打ちKOするのは困難だが、それよりもボディへの攻撃ならば有効ではないかと思ったが、正解だったようだ。


 俺は手を緩めず、左右のボディをアバラに放つ。


 相手との中間距離で鳩尾狙いは難しいが、アバラを狙うとフック気味のパンチになり下から掬うより遠心力が付き、打ち方も簡単である。


 しかも身長差があるのでガスガスとパンチが入った。


「つうっ!」


 ボディブローと言えば普通はレバーを狙い、ダメージを蓄積させるのだが、これは直ぐに効かせるための痛いパンチである。


 堪らず足振さんが上体とガードを下げたところ、俺は右アッパーで足振さんの顎を大きく跳ね上げた。


「一方的になって来たな。もう止めた方が良いんじゃね?」


 麗衣が恵にそんな事を言っているのが聞こえてきた。


「うーん……でも、足振さん、ここで止めたら『俺は負けてねぇ。止めるんじゃねぇ!』とか言うのが目に見えているよね」


「そりゃそうだよな。ああいう馬鹿は徹底的にやられた方が良いだろうな」


 なんかやり過ぎると俺の方がトレーナーに怒られそうな気がするが……。


 まぁその時はその時か。


 それに足振さんの方が格上なのだから、怖くてやり過ぎたとか、マス以外のスパーリングはまだ慣れていないとか適当に言い訳すればいいか。


 そんな事を考えながら、俺は終始圧倒し、パンチで上に意識が向いた足振さんの足にローキックを叩き込んだところで、2ラウンド目の1分間が終了のアラームが鳴った。

 アマチュアキックボクシングのルールは団体によってかなり違います。分かり易くする為に著者が知っている複数の団体の制度やルールを都合よくミックスさせましたが、ご了承ください。

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