危険な相手にスパーリングを持ちかけられた
ドレッドヘアに黒人と見紛うばかりの黒い肌。
異様に目をぎらつかせながら俺にスパーリングを持ちかけてきたのは足振辺さんだった。
確か高校三年生らしく、不良偏差値75と呼ばれるヤンキーエリート校、首師高校の生徒であるらしい。
確か今どき番長を自称していたっけな?
そんな彼が何故か俺のスパーをしてくれるという。
「ええっと、待ってください足振さん」
恵は俺と足振さんの間に立った。
「何だよ? コイツにスパーした方が良いって言ったのはお前じゃねーか?」
足振が薄気味悪い顔でにやつきながら親しげに恵の肩に手をかけようとすると、恵はスッと身を引いて距離を置いた。
「そうかも知れませんが、足振さんは確かフェザー級でアマチュアの試合に出場した経験もあるんですから、フライ級が適正体重の武君とスパーリングするのはどうかと思いますけど?」
足振さんは身長が174センチあって、竹内さんよりも更に身長が高い。そしてフェザー級なので俺の適正体重より2階級上になる。
既にCクラスで3勝以上しており、Bクラスの試合にも出場出来るのだが、何故かCクラスに留まっているのだ。
「あ? だからって女としかスパーしねーんじゃ強くなれねーだろ? それとも小碓の試合相手って女に決まったのか? ハハハハハッ!」
足振さんが笑い出すのを見て、恵は不快そうな表情を浮かべた。
麗衣は何かを言い返そうとする恵を遮るようにして前に立った。
「いやぁ、足振先輩。丁度良いっすね。あたし、アンタとスパーしたかったんスヨ。どうっすか? この前みたいにあたしとやりませんか?」
以前、足振さんは麗衣とスパーリングをして圧倒された事がある。
足振さんが舐めてかかったところ、終始麗衣のペースでスパーリングが行われ、終盤に麗衣の狙いすましたハイキックがヘッドギア越しに脳を揺らし、失神KOしたのだ。
「あ? 美夜受? テメー、前俺に勝ったと思っているのか? 手加減してやったらテメーだけマジになってたんだろうが!」
そもそもスパーリングで勝ち負けを競う考え方が間違っているのだが、年下で、しかもフライ級にも満たない女子にKOされたとあっては率直に相手を称えられないのは分からなくもない。
麗衣は俺の事を心配して、敢えて足振さんを挑発し、自分が代わりに足振さんの相手をしようと考えているのだろう。
でも、折角良い機会なのに、ここで足振さんと麗衣がスパーリングをやってしまい、また麗衣が足振さんをKOしてしまうような事になれば意味がない。
俺は言い返そうとする麗衣の肩に手をかけた。
「麗衣。足振さんはわざわざスパーリングしてくれるって言っているんだから、邪魔しないでくれよ」
麗衣は驚いた様子で振り向いた。
「でも武、階級が違うぞ?」
「実は俺、フェザー級で試合出たいんだよ」
「はあっ? フェザー級? お前馬鹿か!」
麗衣が呆れた表情で声を上げたのも無理はない。
俺の体重が55キロなので通常体重でやっとフェザー級で、しかも上限より2キロ軽い。
フェザー級の適正身長は大体170センチぐらいと聞いた事があるが、俺よりも10センチ高いのだ。
「ははははっ! 笑わせてくれるぜ! まさか小碓みたいなおチビちゃんが俺と同じフェザー級で試合に出場するつもりだなんてなぁ~!」
足振さんは腹を抱えて笑い出した。
俺は足振さんを無視して麗衣に言った。
「麗衣だってわざわざ通常体重から増量してまでフライ級に上げる訳じゃん? 俺が通常体重のままフェザー級に出ておかしいか?」
「それはそれだろ? あたしはミニフライじゃ敵が居ねーから階級上げるんだよ。デビュー戦のお前とは違う。それによぉ」
麗衣が俺の首に腕をかけ、足振さんに背を向けると顔を寄せながら言った。
「アイツが気に入らない新人を潰すつもりでスパーを持ちかけてくるって噂、聞いた事あるだろ?」
格闘技のジムでスパーリングをする際に注意しなければならないタイプが居る。
それは自分の力を誇示したいだけのタイプだ。
恐らく足振さんは新人を潰すことで自分の力を誇示したいのだろう。
初心者はこう言ったタイプを極力避けて色々なタイプとスパーリングをして経験を積むべきだが―
「勿論知っているよ」
「知っているってお前……」
「まぁ俺を信じてスパーを見ていて欲しい」
「……OK分かったぜ」
麗衣は「ハアッ」と小さく溜息をつきながら腕を離した。
「わざわざスパーリングして頂けるのにすいません。足振さん。お手柔らかに頼みます」
俺は頭下げ、床を見ながら思った。
お手柔らかじゃなくて本気で来い。
その方が好都合だ。




