01 異世界召喚の前に・・・
ハアハアハア・・・・クソ!なんでこんなことに・・・!
自分でもよくわからなかった。
なぜこのような目に合っているのか。
俺が何をした?
今日の晩御飯を残したから?
洗濯物を裏返したままだったから?
それとも、テスト勉強もせずにゲームばかりしていたからか?
それ以外に心当たりが見当たらなかった。
これといって悪いことはしていない。
だが、その程度の事象で喰らい尽くそうと普通思うか?
素早く動かす足を止めることなく後ろを振り返ってみると、蛇の頭部に人間の体をした女体が伺える。
もしかしたら、蛇が俺を喰らい尽くそうとしていて、本当の素顔はその後ろ側に隠されているのかもしれない。
だが、そんなことをいちいち確認している余裕は今の俺にはない。
その蛇から逃れられるように必死に駆け抜けるしかなかった。
逃げる・・・逃げる・・・逃げ切ってやる・・・・
だが、奴の攻撃は蛇顔だけではとどまらない。
どこから出てきたかもわからない蛇の尻尾で足を引っかけられてしまったのだ。
ろくに体幹トレーニングもしてないせいで盛大にすっこけてしまった。
痛ってぇーな!ふざけんなよ!
振り返る余裕もなく、再び立ち上がり、もう一度駆け抜けようとしたがどうやらゲームオーバーのようだ。
右足には生暖かいスルスルとした感覚が神経を通じて良く伝わった。
間違いなく蛇の持ち物だった。
必死に抗うも、蛇の尻尾はさらにきつく足を締め付ける。
確か蛇は獲物を圧迫して喰らうんだったか・・・?
走馬灯のように意識は朦朧とし、以前テレビで取り上げられていた蛇の生態系について脳裏に過る。
血の気が全身に渡っていないせいで体から力が抜けて行き、そして気が付けば蛇の口の中が丸見えだった。
どうやら、蛇の顔はすぐそこにあるらしい。
そして、嫌なタイミングで我に返ってしまったのだ。
う、うわあああああ!やめてくれ!やめてくれー!
虚しいことに、蛇には人語は通用しない。
こうして、俺----平島陽輔は人生の幕を閉じ・・・
「うわあああああああああ!!!」
部屋一体に陽輔の悲鳴が響き渡った。
それだけじゃない、四面に仕切る壁をも貫通して隣に住む住人が陽輔の部屋に飛び込んできたのだ。
「兄さん!大丈夫!?」
怒鳴るように陽輔の部屋に入ってきたのは、一つ下の妹の平島優紀。
見た目が凡人の陽輔とは違って、美しい容姿に顔立ちをしている女の子だ。
艶々の茶髪の髪に、少し黄みがかった垂れ目がチャームポイント。
俺と同じ高校に通っており、学校では高値の優紀さんと奉られているぐらいの美少女だった。
兄としては誇り高きわが妹なのだが、多少なり違和感が小学生の時から持ち続けている。
それは、兄妹ゆえの遺伝子問題だ。
優紀はこんなに美女なのに、兄である陽介はなぜこんな平凡な顔立ちなのか。
同じ遺伝子なら陽輔だって美男子で生まれてもいいはず。
だが、現実はそうではない。
どう考えても遺伝子操作とか遺伝子組み換えをしているとしか思えなかった。
まあ、陽輔はその件について親に追及するつもりはないのだが。
「兄さん、汗びしょびしょだよ?」
「ああ、悪い夢みたんだ。ちょっと風呂にはいってくるよ」
「早くしなよ?学校に遅れちゃうから」
「優紀だけでも先に行ってもいいんだぞ?」
陽輔がそう言うと、優紀は必要以上に頬を膨らませて、
「もう、私は兄さんと一緒に学校に行きたいの!」
「わかったから!叩こうとするのはやめて!?」
手を出そうとする優紀を陽輔はなだめると、優紀は踵を返し扉の向こう側へと姿を消そうとする。
「兄さん、早くお風呂入って制服着てね」
「ああ、優紀も制服に着替えて待っててな」
「はーい」
優紀を自室へ戻っていくと同時に陽輔はベッドから起き上がった。
とんでもない夢だったな・・・蛇が出てくるホラーなんて見たことないぞ?
そんなことを思いながらも寝起きの覚束ない足どりで風呂場へと向かって行く。
そして、風呂から何事もなく上がり、リビングに顔を出すも、両親の姿はやはりない。
仕事忙しいからと家を空けている時間はかなりなものだ。
事実上、妹と二人暮らしがと言うことだ。
しかし、血が繋がっているからこそ妹に欲情する訳がなく、ただ平凡な日常に浸っているのだった。
何か刺激が欲しい・・・
先ほどの悪夢までとは言わないが、退屈な日常に刺激を求めていた。
平凡だからこそ恋人もできるはずもなく負のスパイラルだけが陽輔を襲っていた。
そうこうしている間にも陽輔の身支度は整い、優紀が用意してくれていた朝食を口に流し込むように食べる。
いつものことだ。
そして優紀と一緒に学校に登校する。
いつものことだ。
それで今日も今日とて数学の三角関数について解いていく。
前回と同じことだ。
陽輔の周りには、特に変わった出来事や事件は起こらない。
強いて言うなら妹に告白した男子生徒が撃沈したとか。
しかし、それも日常茶飯事なことで特に刺激にはなってなかった。
「どうしたんだい?いつも以上に元気がないね」
休み時間の間に陽輔に話しかけてきたのは、学年随一のイケメンの小暮誠也。
運動神経抜群で勉学でも学年五位には入る完璧超人だった。
なぜ凡人の陽輔と仲がいいのか不思議なくらいだ。
そんな二人の会話に割り込んでくる一人の女子生徒の影が。
「小暮、あんまり気にしなくてもいいよ。どうせまた妹関連のことで悩んでるんでしょ?」
彼女の名前は、山桜優花。陽輔の隣の席に座る女子生徒だ。
優紀ほどではないが彼女もなかなかの美人と言えるだろう。
透き通る銀髪にサファイアのように輝く蒼い色の瞳。
彼女に好意を寄せる男子生徒は多いらしいが、陽輔には関係なかった。
なぜなら、美人には人一倍目が肥えているからだ。
いくら優花が美人だろうと優紀の前では一人の普通の女の子でしかないのだから。
「どうせってなんだよ。それじゃあ、まるで俺がシスコンみたいじゃねーか」
「いや、シスコンだよね?」
「・・・・否定できない自分が情けない」
陽輔の人生は全て優紀を中心に回っていた。
そのせいかもしれなかった。
毎日退屈な日常を送っているだと感じているのは。
いや、そんなことはない!絶対に!
決して妹のせいじゃない。
陽輔は自分でもわかっていた。
自分が心の底から熱中できるものがないということに。
だからこそ、陽輔はそれを恐らく認めたくなかったのだろう。
何も行動しないで、ただ毎日が退屈だと嘆いている自分が惨めで汚いから。
すると、次の授業の始業を知らせるチャイムが学校全体に鳴り響いた。
「まあ、陽輔元気出せよ?」
「ああ、頑張って元気もりもり出すよ」
「うわ、きっも」
「うっせほっとけ」
陽輔の席は窓際の一番後ろの席だ。
この席の特権は先生に邪魔されることなく、いつまでも外の景色を黄昏ていられるということだ。
陽輔は各時限の授業中の間も外を黄昏続けて、学校中には終業のチャイムが鳴り響いた。
しばらくすると、誰かが陽介のことを呼ぶ声が聞こえ、その声の主の方に視線を向けると、そこにいたのは優紀だった。
「帰ろー?」
「ああ」
陽輔兄妹は部活動に所属しておらず、学校が終われば帰宅する、まさに帰宅部だった。
いつも一緒に帰宅するにつれて、兄である陽介は優紀にある疑問を持った。
「なあ、優紀?」
「ん?なーに?」
「ちゃんと友達出来てるか?」
これだけの時間を一緒に過ごせば、妹に友達がいるのか不安になるのも自然な流れだ。
兄のその問いかけに優紀は不安を一切感じさせない笑顔で、
「私なら心配ありません。それより兄さんはちゃんとエンジョイできてる?」
「エンジョイできてるかわからないな」
「えー、そうなのー?」
隣でクスクスと笑う優紀。
もしかしたら、退屈な日常でも優紀がいれば別に変に行動を起こす必要ないのかもしれない。
この笑顔さえ見られればそれだけで・・・
その後もいつも通りの時間が過ぎて行った。
一緒に夜ご飯を食べ、一緒に同じテレビを見て笑い合い、各々がお風呂に入り就寝する。
だが、いつもと違う日常は今日はあった。
陽輔が就寝しようと部屋の電気を消した時だった。
陽輔の部屋の扉は何の前触れもなく開いたのだ。
逆光の中、姿を現したのは紛れもない優紀だった。
優紀は少し怯えた表情で、
「兄さん、昨日怖い夢みたから一緒に寝て?」
「なんだ、優紀も怖い夢見たのか」
「うん・・・」
優紀はまだ悲鳴を上げなかっただけ陽輔よりマシだった。
陽輔に断る理由はなく、掛け布団を大きく上げて優紀の入るスペースを作ってあげる。
「ほら、こっちにおいで」
「う、うん・・・」
枕を胸の真ん中で抱きしめる優紀は迷うことなく陽輔のベッドに潜り込んだ。
その際にほのかに甘い香りがしたが、相手は妹。
性欲が権化することなかった。
「ほら、寝るぞ」
「はーい、おやすみなさい」
すると優紀は数分と立たずに吐息と吐き始めた。
陽輔も優紀と同じように眼を瞑り、夢の中へとすぐさまもぐりこんだ。
それと同時に新生活がスタートするのだった。