ありきたりな魔法 お題:それいけ凡人 制限時間:30分
「つまらない人ね」
ほらきた、またこのセリフ。
人生で何度いわれたことか数える気力すら失せた。
どうやら俺は、相手を退屈させることに関しては天才的らしい。当然ながら恋人なんていないし、友達だって--作ろうと努力はしているのだ。でも、こういう対人関係というものは、相手があってのことだろう? 自分がどんなに前のめりになんとかしようと思ったところで、相手がそうでなければうまくいくわけがない。
もっとも、俺の場合、前のめりだろうが後ろのめりだろうが関係ない。
気持ちではどんなにグイグイいこうと思っていても、相手の最終返答は「つまらない」。
どうしろというのか。
イギリス人よろしく、ウェットに富んだジョークのひとつやふたつ、ポンポンいえなきゃ友達もできないのか。
そんな気持ちで本屋に入った俺は、「趣味・実用」などと書かれたコーナーにこそこそと行くと、背丈のいびつな背表紙に目をこらした。
『人をひきつける話し方』『その場でできるテーブルマジック』『将棋の定石』……ひとつひとつ眺めていた俺の視線が、ある一冊にひきつけられた。
『魔術で作る友達』
ははっ。バカらしい。この世界には魔法なんてものは存在しない。
内心そう思いながら、体は勝手に本を手にとっていた。
本屋にはにつかわしくないやけに重厚な革表紙のそれは、どこにも値札がついていない。
最後のページをめくって奥付をみると、一昨年に出た本らしかった。そのくせ初版。隅のほうに、申し訳無さそうな値段の表記がしてあった。豪勢な装丁のわりに、おかしなほど安い。
俺はページをめくってみた。
印刷はすこぶる雑というか、デジタルというよりはハンコの文字を押して作ったようなアナログな雰囲気が漂っている。デザインブックとかいうやつだろうか。
最初の「はじめに」の項目をすっとばして目次をひらく。
『友達を作る魔術』。
これだ。
どうやらいくつか触媒となるものが必要らしい。
一ページまるまる使って魔法陣のイラストも載っている。本格的すぎて逆に怖い。
ただ、これで本当に友達ができるのなら……やってみる価値はあるかもしれない。
材料は百均やスーパーで買えるようなものばかりだったので、俺は本を買うと、その足で店をまわった。
あらかた買い終わって家に帰ると、百均で買った品物をごそごそと取り出してセッティングする。
まずは魔法陣だ。
ホワイトボードに、本に描かれているイラストを丁寧に模写する。
一時間かけて描き終わると、触媒となる素材を焦げるまで焼いたり煮たり砕いたりして、魔法陣の中心に盛る。
それが終わると、今度は呪文だ。
何語かすらわからないカタカナを、たどたどしく読み上げ、最後に自分の血を一滴、触媒に落とした。
すると、信じられないことに触媒が青白く発光したかと思うと、泡立つように膨らみ、次第に人型をとると、表面がパリパリと割れて、中から裸の美少女が現れた。
白髪のセミショートに、瞳は金色。わずかに褐色の肌は、まだ幼さを感じさせる。
俺は、あまりの出来事に頭が完全にパニックになった。
魔法を使ったこともなければ、なにかを作り出したこともなく、女の子の裸だって見たことがない。それがいっぺんに起こったのだ。いつも想像していた「俺が活躍するシチュエーションの詳細なシミュレーション」を超える展開に、完全に機能不全に陥った。
しかし相手の女の子は、そんな俺をかいがいしく待ってくれた。
冷静になった俺は、彼女に俺の服を着せると、思いついたあらゆることを話した。
友達ができた! しかもかわいい女の子だ!
一晩中話して……そして朝、彼女は言った。
「つまらない人ね」