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あの頃には戻れない悲しみを  作者: 無位無冠
1/4

前編

※本作はシリーズ『とある王国の物語』の五作品目になります。先に前の四作品をお読みください。


2/21 ご指摘により誤字を修正しました。

 雨に濡れながら花の手入れをしていた。傘もさしていないため、ドレスが雨と泥で汚れてしまっている。

 でも、そんなことは構わなかった。ただ、今はどうしても花の手入れをしたかったのだ。


 誰にも見咎められず、黙々と花の手入れをしていると、すっと頭上に影が差した。


 雨が強くなるのかな。やだな。こんな日にテオフィル様のお葬式をしないといけないなんて……。


 手を休めることなく、花の手入れを続けようとして気がついた。自分に雨が降り掛かってこないのだ。

 

 不思議に思い、ふと振り返ると、すぐに人影が目に飛び込んできた。突然のことに、キャッと小さく悲鳴を上げ、尻餅をつきそうになる。


「危ない!」


 人影が、とっさに肩を掴んでくれたおかげで、どうにか尻もちをつかずにすんだ。


「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ」


 優しい声に、恐る恐る顔をあげると、自分と同じ年くらいの少年が心配そうにこちらを見ていた。


「あ、ありがとう」


 お礼をいうと、少年はにっこり笑った。そして、手を貸して立たせてくれる。そこで、ようやく少年の身なりが、自分のとは比べようがない上等のものだと気がついた。


「失礼いたしました。わたくしはベンゼン男爵の子、ウルストラと申します。危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 ウルストラは緊張しながら、できるだけ丁寧にお辞儀をする。


「いや、わたしもすまなかった。君が雨に濡れてしまっていたから、傘をさしてあげたくなってね。手入れに集中している様子だったし、声をかけなかったんだ。でもこれじゃ、女性への気遣いが足りないって、エルサに怒られるな」


 失敗したと頬を掻く少年に、ついウルストラも笑顔になってしまう。貴公子然としながらも、まだ子供らしさが抜けない少年の不釣り合いな様子がおかしかったのだ。おかげで緊張がほぐれてくれた。


「あの、すいません。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 ただ名前を尋ねただけなのに、少年はキョトンとした顔をする。そして、すぐに合点がいったとばかりに何度もうなずいた。


「そういえば、いつもみんなわたしを知っているから、名乗ったことはなかったな。そうか、これがわたしの初めての名乗りになるのか」


 いつの間にか、雨も止み、雲間から陽の光が差し込んできている。少年の初名乗りを寿(ことほ)ぐが如く、光が音楽を奏でる光景にウルストラの頬は、自然と赤くなっていた。


「わたしの名前はラディスラウム。国王アルブレヒト陛下の長子にして、王太子だ!」









「ウルストラ様、何を考え込んでいらっしゃるのです?」


「えっ! あ、その、えっと、そのぉ」


 ウルストラの取り乱した姿に、家庭教師は盛大にため息をついた。


「何度も申し上げましたでしょう? そのようになさってはいけません。どのような時であっても揺るぎない姿を示さなくては。上に立つ者が狼狽えると、下の者がついてこないのです」


「はい、先生。気をつけます」


 これには、家庭教師は満足気な様子を見せる。

 以前なら謝罪をして、むやみに謝ってはいけないと怒られていたところだ。


「今日はここまでにしておきましょう」


「え、でも、まだ……」


 ぼうっとしてしまっていたが、まだいつもの勉強量をこなしていないはずだ。


「あら? お聞きになっていないのですか? 夕方には、王太子殿下が屋敷にいらっしゃるのですよ」


「ラースロー様が!?」


 愛称で呼んでしまってから、しまったと両手で口元を押さえる。家庭教師が目を吊り上げて怒っているからだ。だが、すぐに目元を和らげて、仕方がないとばかりに笑った。


「久しぶりに殿下とお会いになるのですから、今日は勘弁しておきます。でも、愛称で呼ぶときは二人だけのときか、よほどの信用のある者といるときだけですよ。しっかり、その癖はつけておかないと失敗してしまいますからね」


 ウルストラも家庭教師の教えにしっかりうなずく。ラディスラウムに恥をかかせるわけにはいかないのだから。


 そうして、家庭教師はきれいな礼をして退室していった。そして、それと入れ替わるように、エイチンクが自分につけてくれた専属の侍女が入室してくる。


 ベンゼン家にいるときにも侍女はいたが、それは家のことをするのが主で、だいたいのことは自分でしていた。エイチンク伯爵家の養女となったときに、専属の侍女がついて戸惑ったものだ。


「お嬢様、昼食のときにお伝えしました王太子殿下のご来訪ですが、予定通りにいらっしゃるとのことです」


 どうやら聞き逃しただけで、ちゃんと伝えてくれていたようだ。どうも最近、気もそぞろになってしまっている。


「お義父様もご一緒に帰ってくるの?」


「いえ、旦那様はまだドワルド領に留まられるとのことです」


「わかったわ。じゃあ、お出迎えの用意を手伝って」


 養父と一緒ではないということは、ラディスラウムと二人きりで過ごすことができる。それがウルストラにはうれしかった。

 もし、養父がラディスラウムを誘ったのなら、自分たち以外にも養父と義兄、義兄の母親である奥様との食事になってしまう。彼らには良くしてもらっていると思うが、どうしても息が詰まってしまうのだ。


 侍女に手伝ってもらいながら湯で身を清め、髪を整える。エイチンクの養子となってからは、ラディスラウムと会う前は身支度を徹底するようにされた。ベンゼン家にいるときでも、逢瀬の前は身ぎれいにはしていたが、ここまではしていなかった。


 養父が大金を費やし、大急ぎで作らせたドレスを身につける。鏡の中にいる自分は、雨と泥に濡れたドレスを着ていた頃の姿とは正に別人であった。最初は高価なドレスにおっかなびっくりしていたが、ようやく慣れてきた。


 うっすら化粧を施し、そして宝石箱に目をやる。本当なら装飾品も身につけるのだが、宝石選びには自信がないのでやめておく。奥様に頼めば選んでくれるだろうが、二人きりなのだから必要ないだろう。


「せめて殿下からの贈り物は身に着けておかれたほうがよろしいのでは?」


「そうね。でも、今の装いには多分合わないわ。お忙しいのに、催促しているようになってしまうのは嫌なの」


 ラディスラウムから贈られたものは、男爵家で身につけていたドレスにはよく似合っている。だが、今のドレスにはふさわしくないだろう。

 食事を共にしたときや手紙で宝石を贈ると言ってくれているが、ラディスラウムに物を選ぶ時間がないためにまだ果たされていない。忙しいのは、自分たち二人のためなので責めたりはしないし、ましてや強請(ねだ)ったりはしたくなかった。


「かしこまりました。では、殿下がいらっしゃるころにお呼びしますので」


「ええ、お願いね」


 侍女が部屋から出ていく。ウルストラは椅子に腰掛け、もうちょっとで終わる刺繍に手を伸ばす。図案はお気に入りだった花だ。


 刺繍よりも、本物の花を育てたいんだけどな。


 花を育てるのはウルストラの趣味であった。だが、エイチンクに養子に来てから土いじりは禁じられている。庭造りは造園師の仕事であり、指示はしても手を出したりしてはならないのだそうだ。

 許嫁であったアーネストのクライン男爵家では、家族総出で花壇を彩っている。手入れも行い、自分も小さい頃からよく一緒に土まみれになって手伝っていたというのに。


 昔を思い出すと、少し殺風景な自室を見渡し、花が一つもないことに寂しくなる。


 鉢植えくらいならいいよね。今度帰ってこられたら聞いてみようっと。


 刺繍を進めながら、時季の花を思い浮かべて、どの花にしようか考える。いっそのこと種から育てるのもいいかもしれない。花が咲く頃には、きっと情勢も落ち着くだろう。


「お嬢様。先触れが参りました。殿下が到着されますので、お出迎えにお越しください」 


「もうお着きになられたの」


 考え事をしていたのでノックの音にも気づかなかった。慌てて刺繍道具を片付けて広間へと向かう。


 正装の時は歩き方にも注意をしなければならず、どうしても歩みはゆっくりとなってしまう。そのために急ぐことなんかできるはずもなく、広間につく頃にはすでにラディスラウムは到着してしまっていた。


 待たせてはいけないと駆け寄りたかったが、家庭教師の教えを思い出し、ぐっと我慢をする。

 そして、ラディスラウムがこちらに気づいたら、にっこりと微笑みを浮かべる。


「ラディスラウム殿下、いらっしゃいませ」


「無沙汰をしてしまったな、ウルストラ」


 ラディスラウムが大きく腕を広げて、しっかりと抱きしめてくれる。ウルストラもうれしくてラディスラウムの背中にそっと手を回した。


 アーネストは真面目な良い人であったが、ラディスラウムのように愛情を示してはくれなかった。だから、自分はアーネストではなくラディスラウムを選んだのだ。誰に何と言われようと、王太子という地位で選んだのではない。彼に愛され、自分も愛を返すことがうれしかったのだ。


 ラディスラウムにエスコートされて食堂に向かう。エスコートひとつとっても、やはりアーネストと較べてしまう。ラディスラウムのほうが当然洗練されているし、大事にしてくれているとわかるのだ。


 食堂での食事も、楽しく過ごすことが出来た。手紙でやり取りはしていたが、不安な情勢下にあって会えないとどうしても心配になってしまっていたのだ。それが、こうして食事をするだけで慰められる。


 だが、食事の終盤にラディスラウムが顔を曇らせていることに気がついた。


「ラースロー様、どうかされましたか。お顔がすぐれませんが……」


「ああ、せっかくの二人でいるというのに、すまない。実は……」


 言葉を切るラディスラウムに、ウルストラの不安は高まっていく。ドワルド侯爵の反乱を治めたというのに、何があるのだろうか。


「実は、父上が見つかったのだ」


「国王陛下をお見つけになったのですか!?」


 国王アルブレヒトはドワルドの反乱によって行方不明となっていた。王宮に遺体はなかったことから、無事に逃げたと考えられたが、どこにいるのかはわからなかったのだ。


 祝福しようとするが、ラディスラウムの沈鬱な表情に、事態を察する。


「王家の森でご遺体となっておられた。……無残なお姿であったよ。ドワルドが城を捨てたときに、わたしはもっと調査させるべきだったのだ。それを、うまくお逃げになられたと思い込み、討伐を優先してしまった」


「そんな……」


「ドワルド討伐にしても、公爵一派の働きが大きい。それに、今の王宮を支えているのはウィケッド公爵たちだ。敵対していたのに、その者たちが仕事をしてくれているおかげで父上を発見できた。皮肉と言うしか無いな」


 ウルストラは、ラディスラウムが気落ちしている姿を初めて目の当たりにした。どう慰めていいかわからず、沈黙するしかなかった。


「すまない。ウルスラに、こんな愚痴めいたことを言う気はなかったんだ。せっかくの食事であったのに、それを台無しにしてしまったな」


「いいえ。お父上を亡くされたのです。私はまだ、ラースロー様をどうお慰めしてよいかわかりません。でも、そばにいることはできます。それしかできない私を、お許し下さい」


 ラディスラウムの表情に、少し笑みが戻る。


「君がそばにいてくれるだけで、わたしは慰められるよ。ありがとう、ウルスラ」


 ラディスラウムの礼に、不謹慎ながらもウルストラはぽっと頬を染める。そんなウルストラを見て、ラディスラウムは表情をやわらげた。


「ウルスラ、実は君にやってもらいたいことがあるんだ」


「何でしょうか?」


 改まった声のラディスラウムに、ウルストラも姿勢を正す。


「ああ、ドワルド討伐の祝勝会をすることになった。それに、わたしのパートナーとして出席して欲しい」


「祝勝会ですか? 陛下がお亡くなりになったのに……」


「不適切なのは承知だ。しかし、急なことだったので、父上の棺も作り始めたばかりだ。それに、どこに棺を安置するかも決まっていない。正直、葬儀はいつできるかもわからない。勿論、葬儀を先にやるべきとの意見もあるが、正式な論功行賞もやらなければ不満も高まってしまうからな」


 どちらにしても不満が出るのだから、功績を評価することで、誰が上位者かを示したほうが得だと判断したのだ。


「祝勝会と言っても、弑逆者を討伐したことを父上に報告し、神の御下へ向かう魂を慰撫する目的もあるんだ。叔父上、マーロム司教も賛成してくれている」


 ウルストラは一度だけ会ったマーロムを思い出す。緊張してしまった自分を、優しく応援してくれた。あの方が賛成しているのなら大丈夫だろう。


「わかりました。殿下のパートナーとして出席いたします。義両親には私から?」


「エイチンク伯には連絡しておいた。間に合うように王都に戻るはずだ。奥方には伯から連絡がいくだろうが、君の方からも伝えておいたほうがいい」


 ドレスやら宝石やら髪型まで相談しなければならないのだから、早めに自分から伝えておいたほうが良さそうだ。


「ドレスや装飾品については、ある程度私が用意した。前々から注文していた物だから、明日には届けさせよう」


「お忙しい中でご用意して下さっていたのですか?」


 まさかの贈り物に目を丸くする。


「本当なら、わたしとの婚約の儀で着て欲しかったものだよ。なに、そのときにはまた注文しておく」


「ラースロー様、ありがとうございます」


 義母と相談することは減ったが、その分だけ教えを請わなければならない。ラディスラウムのパートナーとして公式の場に初めて出席するのだ。失敗することは出来ない。


 ラディスラウムが帰ったら、さっそく義母に時間を取ってもらおうと決めた。

 拙作をお読み頂きありがとうございます。


 思いの外、早く書き上げることが出来ました。

 本作ではエリザベートにとっての怨敵ウルストラによる視点になります。


 前後編にするつもりでしたが、前中後編の三話の予定です。

 それでは『あの頃には戻れない悲しみを』をお楽しみいただければ幸いです。

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