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きぼうダイアリー  ~三つ目看板猫の平凡で優雅な日常~  作者: 矢立 まほろ
○第1話 三つ目看板猫とミステリー少女
11/30

 -11『そして少女は今日もうるさく』

「結局。マスターさんが言っていたとおり干支でした」


 タイムカプセルを掘り出したあの日の帰り際、少女は答えあわせとばかりにマスターにメモのことを報告していた。


「なるほど。干支の寅年から戌年までが八年。そして小学校の卒業から成人式までも八年。ちょうど重なるんだね」


 感心した風にマスターが頷く。


「びっくりですよね。わざわざこんな変な暗号を残してまで見せるものかって思いますし」

「その書かれていた内容は僕にはわかりませんが、きっと、あなたに読んでほしかったんですよ」


「……はい。そうですね」


 もし美咲がこのメッセージの意図に気付かなくても、きっと彼女が二十歳になった時に自然と開かれていたかもしれない。


 それでも、少年はわざわざメッセージに遺した。

 気付くかどうかもわからない、たった一言だけを。


 夢に挫折したみっともない姿を見られたくないという気持ちと、反面、想い人である彼女に気付いてもらいたいという気持ち。人生を奪われた思春期の少年の複雑な心情がそこにはあったのだろう。


 人間の子どもの思慮などソルテには到底わからないが、彼にとっては大切なことだったに違いない。


 そしてきっと、少女にとっても。


「まったく。スポーツ馬鹿のくせにらしくない頭の使い方するんだから」


 そう小さく呟いていた少女の顔は、どこか慈しむような優しいものだった。


「よし、あいつの置き土産のことはこれで終わりです! あー、すっきりした!」


 少女はキッパリとそう言って手を叩いた。表情に笑顔を浮かべさせる。

 そうして丸い瞳を大きく見開かせると「ありがとうございました」と言って元気よく喫茶店を出ていったのだった。


 まさに台風一過。

 喫茶店を騒がせた少女のいなくなった店内は、虚しさすら感じさせるほどの静寂に満たされていた。


 いや、しかしこれが本来なのだ。


 これからは彼女の喧騒に煩わされることもなく、静かにお昼寝することができるというものだ。喜ぶべきことである。


 そうして少女の姿を見なくなってから数日。

 ソルテは久方ぶりと思えるような静かで平穏な時間を迎えられていた。


 わからないわからないとワンワン喚く声はもう聞こえない。


 マスターのかすかな衣擦れの音とたまに聞こえる咳払い、そして時計の秒針がゆっくりと時間を刻んでいく音。たまに客がやって来ては、珈琲を沸かすサイフォンの湯を沸きたてる音が静かに響く。


 お気に入りの天窓の前には暖かな日差しが照らされている。太陽に当てられた木材の香りと挽かれたばかりの珈琲の香りが芳香に漂ってくる柱の上は、ソルテだけの極上の空間である。


 誰にも邪魔されず、陽だまりの暖かい心地よさを腹に感じながら、ソルテは眠気に誘われるがまま転寝をした。


 ぬくぬくとお昼寝できる。

 ああ、なんと至福の時間だろうか。


 願わくばそんな毎日がいつまでも続いて欲しいものだ、と呑気に舟をこいでいた時だった。


「失礼します!」


 突然、ドアベルの音と同時にけたたましい声が店へ飛び込んできた。


 慌てて顔を飛び上がらせたソルテの視線の先には、どういうわけか、いなくなったはずのあの少女の姿があった。


 どうして、と疑問を抱くよりも先に少女が手を挙げて快活に言う。


「アルバイトの面接に来た、赤穂美咲あこうみさきです!」と。


 ――いったいどんな冗談か。


 彼女がいなくなり、平穏が戻ってきたと思った矢先のこれである。


「いらっしゃい」とにこやかに迎えるマスターを遠目に、ソルテは素っ頓狂な阿呆面を浮かべながらただただ眺めることしかできなかった。


無事に1章が完結しました。

早速の評価とブックマーク、ありがとうございます。とても嬉しく、これからの励みにさせていただきます。

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