第六話 竜胆
『きっと、戻る・・・。月が照らす夜に・・・また君に逢いに来るよ』
ーー 一夜の戯れだと分かっていた・・・はずなのに。
『キミの名は、鈴蘭だ。俺の一番好きな花だよ』
ーー 貴方様のその笑顔が・・・。
『愛しているよ・・・心から』
ーー 声が・・・。
『鈴蘭・・・』
ーー 忘れられないのです。
妖町遊郭『華梅』には、怪しげな光が灯り始める。
「金魚、指名されてるよ」
暗い暗い部屋の中の隅で、一人マフラーを撒いて蹲る金魚と呼ばれたその女性は、すっ・・と立ち上がりなにも言わずに先輩の遊女たちの横を通り過ぎる。
「本当に薄気味悪い子だよ。」
「ん?誰のことだい?」
「金魚さ」
「ああ、自分のことを『鈴蘭』だって言ってる子だろ?」
「必ず、月が綺麗な日は華梅を飛び出すのさ。それで、朝になったら帰ってくる・・・意味がわからない・・・気味の悪い子だ」
『金魚』は、マフラーを外して大切そうに抱きしめてから部屋に案内してきた妖に渡した。
「良いかい。そのマフラー落としでもしたら許さないからね」
「お、おう・・・」
彼女は、いつも赤いマフラーを持っていた。それは、ボロボロでところどころ切れていたり解れたりしている年季の入ったマフラー。
襖の前に、正座をして頭を下げる。
「鈴蘭でございます」
部屋に入って彼女は、驚きを隠せない。そこにたのは、紅葉だったからだ。
「やぁ。こんばんわ」
「え?!なんで、アンタ・・・こんなところにいるのさ!?」
「アンタとは、酷いですね」
「アンタは嫌いだよ」
「なぜ?」
「・・・その声、顔気に入らない」
「それはそれは」
「昨日の子たちは、どうしたんだい?」
「葉月ちゃんたちに頼まれたんですよ。鈴蘭さんを救ってくれって」
「やめておくれっ」
彼女は、立ち上がり紅葉の布団の上で座っていた紅葉を突き飛ばした。紅葉は、そのままコロンッと勢い良く後ろの布団に転がる。
「私は、ここにいないといけないの。竜胆様が・・・あの方がまた来るからっ!!」
『竜胆』その言葉に、紅葉はあることを察した。
「アンタは、あの方に顔も声も似ている・・・だから、嫌いだよ」
「やっぱりそうでしたか・・・」
「え?」
「あなたの待っているその人は、僕の兄です」
まさかの紅葉の言葉に、目を見開く。
「バカにするのも大概にしなっ!!証拠は?!証拠はあるのかい!?」
紅葉は、おもむろにズボンのポケットから古い手紙の様なモノを彼女に渡した。
「昔、兄からあなたのことをよく聞きました。意地っ張りで、本音を決して言わない。辛い時に辛いと言えないそんな女性がいると。あなたは・・・人間と妖のハーフですね。その真紅の瞳が意味するものそれは、血液。人間の血を濃く受け継ぐ妖が稀にいると言われています。兄は、その人のことをこう呼んでいたようですね」
手紙を読みながら、彼女はぼそっと呟く。
「真愛者・・・。竜胆様は!?竜胆様は、一体・・・今どこへ?」
「兄は・・・僕がまだ幼い頃に病気で亡くなりました」
「え・・・?」