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死闘の先は

今日もはじまり、はじまり


 「はぁ」


 山の中腹にある物見台から双眼鏡を構えて、アザレア博士は大きく溜め息をついた。

 晩夏の早朝はまだ肌寒い風が吹き、徹夜明けの頭をひんやりと覚醒させて白衣を揺らす。

 視線の先では激しくぶつかり合う二機の巨神と、その合間を跳び回る黄金の獣の戦いが繰り広げられている。

 幾度となく相まみえたワッジとアレックスであったが、博士は自身が用意したゴーレムと勇神とが戦うのを直接目にするのは初めてであった。


 「これだから男って……」


 黄金の大鷲を足場にして、空中から舞い降りた勇神に蹴り飛ばされる『大』を確認し、歪めた口から思わず漏れるつぶやき。


 「どうしたでヤンス姐御?」


 先ほどから横でやかましく兄貴分に声援を送っていたザッカーが、博士の溜め息を耳ざとく聞きつけて顔を覗き込んでくる。

 

 「アニキは三対一でもいい勝負してるでヤンス。姐御が造った鎧ってのは、とんでもない性能をしてるんでヤンスねえ」


 「格闘戦で五分なら火器を使用すれば優勢に持ち込めますね師匠。いかに勇神が頑丈だとはいえ自慢の火砲を自分に向けられればただでは済まないかと思うのですが……博士は何か心配事でも?」


 ザッカーに付いてゴーレム戦を観察していたルシルも、おかっぱ頭をかしげて博士の袖を引く。

 この少女は出会った時はもう少し無機質な鋭さがあったように思ったが、隣にいる金髪マッチョの大男に師事して剣の稽古を始めたからか、感性まで似てきたようだ。

 目の前にて繰り広げられる大質量の衝突と、男の意地と意地をかけた熱気に充てられた頬は上気し、握りしめた小さな手は寒さに赤らんでいながらも関節は白くなるほどに力を込め、うるんだ眼にはその一瞬をも見逃すまいと力が宿っている。

 身も蓋ない簡潔な言い方をすれば脳筋化しつつある。


 それはつまり、誰も出撃前の博士の話をまともに聞いていなかったということ。


 「……そうね、いい線いってるとは思うわ。だけどこれまでなのよ」


 「「何で??」でヤンス」

 

 馬車をゲットした興奮から徹夜で調整した銀色の魔神こと『大』は昆虫型の流体金属ゴーレムと、ブレイブキャリッジが変形した鎧との複合体。

 現行最大最強のゴーレムに遺跡鉱山から発掘した超兵器が合わさった、王国史上初の勇神を凌駕する唯一の存在と言ってもよい。

 しかしその実態は、本来勇神しか操れないブレイブキャリッジを、メンテナンス用のコネクターから流体金属を介して無理やり操作している状態であり、その稼働には常に流体金属を消費し続けている。

 大型昆虫を模した尻尾の部分に蓄えられた流体は動き続ける限りダメージの修復やエラーの除去に消費され、分離した骨型の本体と鎧とを繋いで戦闘を行っているのだ。


 「……えーっと、つまりそれは、戦いが長引くとアニキが不利って事でヤンスか?」


 「そんな!アレックス王子と違って、ただの魔法使いであるワッジ殿には限界があります。あのいけ好かない魔女から受け取った薬があるとはいえ……」


 「……だからね、開幕の100秒で薬を使って全力斉射一択だったのよ。流体に余裕があるうちに一、二機を行動不能にしておけば良かったものを、なんでわざわざ殴り合いをするのかしら? もう一回言うけどこれだから男って!!はぁ。マジはぁ……」


 アザレア博士の吐き出した長い吐息が、白く流れて消える。

 彼女の口元と吐息の先で倒れる兄貴分のゴーレムを交互に見て、ザッカーはその大きな体をぶるりとふるわせた。


 「っつ……!こうしちゃいられないでヤンス!アニキイィィィィィ!!」


 「!! 師匠!? 待ってください私も行きます!!」


 助走もなく物見台から飛び降りて行ったザッカーと、そのあとを追おうとして手すりに踏みとどまり、ばたばたと方向転換して梯子を降りて行ったルシル。

 

 「私だってねぇ……自分が乗れさえすれば……」


 ただの人間が介入できる戦いではあるまいにと忸怩たる思いを込め、手の中の双眼鏡がみしりと音を立てるまで握りしめて、アザレア博士は再び深く深く溜め息をついた。







 「決まった……かな?」


 『気を緩めるなアレックス、勝利は確信するものではなく、確認するものじゃ』


 先の戦いから慎重さを増して、勇神とアレックスが立ち上がる。

 隕石の如き威力でもって叩きつけられた跳び蹴りは、本来ならばありえない質量差を覆し、ワッジの乗る銀の魔神を大きく吹き飛ばして遠方の山壁にめり込ませていた。

 緩やかに晴れる土煙の中で崩れ落ちる魔神のあちこちからは火花がちり、ブレイブキャリッジの変形した鎧を覆っていた流体金属は固体化することを解除されて流れ出し、黒い装甲は銀の流血にまみれたかのようだ。

 だがその下から漏れる魔法光はまだ黄色く、ワッジの意識、ひいては巨神の操作権はまだ失われていない事をしめしていた。


 『我が鎧ながら呆れた頑丈さよな。じゃが、下郎を生きたまま捕らえる事が出来るのは僥倖である』


 「降参するんだ強盗!そのゴーレムがどこから来たか、お前には聞きたい事がたくさんあるんだ!」


 「……嫌だね」

 

 勇神の構える拳の先で、揺らめく土煙からゆっくりと体を起こす「大」。

 だがその動きは先ほどの精彩を欠き、糸で吊られた人形のように関節に力が入っていない。

 特に胸部は相当なダメージ相当なダメージを受けたらしく、銀のヒトガタを収めた観音開きの装甲が半開きとなり、波打つ流体が集まってぼこぼこと蠢動し装甲の隙間を埋めてゆく。

 

 「痛ってて……やってくれたなクソが……それに好き勝手いってくれる」


 コクピットの中で額を押さえるワッジ。その指に掛かる髪の毛はもう、ない。

 あるはずの感触がない、その侘しさに少し戸惑いながら、だがそれは決意に伴う痛みであったと思いなおした彼は、胸から小さな瓶を取り出す。


 「全てを失う、か……やってやろうじゃねえか。アイツらに出会わなくちゃ半端者のままで終わっていた身だ、今更惜しいものなんてそうそうねぇよ」


 人は自分の大切なものの為に生きるという。

 それは夢か、名誉か、富か、それとも家族や仲間、絆や愛だというものもいるだろう。


 だが、この男は。


 (俺は一匹狼のろくでなしだった。田舎を棄て、夢に破れて、悪の道に呑まれても、誰に頼った事も無ぇし、誰かの為に命を張った事も無ぇ……)


 騎士になるという夢を果たせず、王都の暗がりを生きた若い日々。

 汚れ仕事に慣れて荒み切った10年。

 ただ日々を食つなぐ為に非道を働いた次の10年。


 世話してやるといった親分の誘いを断り、寝床にしていた情婦の部屋を追い出され。

 行きつけの飲み屋の親父が息子に代わり、田舎行きの船が廃便になっても、誰にも心を開かずに留まり続けた人生。


 「人はそう簡単に変われねえ!! これはアイツらなんかの為じゃねぇ!! 俺が!! 俺で!!ある為に!!」


 小瓶をあおる。


 喉を焼く液体が胃に落ちる。


 殴られたような酩酊感と爆発するような昂ぶり。


 鼻から温いものが流れ出し、体の痛みが消えるとともに訪れる全能感。


 全身から湯気が立ち、酸素を求めて自然と口が開き舌を出す。


 「だぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁ!!」 


 笑え!笑え笑え笑え!!


 そうだ、俺の背中を見ている弟分に、みっともねえ真似は見せられねえ。

 だからこれは自分が踏みとどまるためだ、半歩下がれば奈落、一歩進めば地獄へ落ちる、右も左も魔獣の住処、そんな生き方で自分を保つためには!!


 「ハイになるしかねえんじゃねぇの?」


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