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夜の街

今日もはじまり、はじまり


 王都の地下にあるアジトで、アザレア博士はせっせとリュックサックに荷物を詰めていた。

 研究資料と書きかけのノート、双眼鏡、ハンカチ、ちり紙、筆記用具に化粧セット、雑誌、予備の白衣、時計に胃薬の錠剤、バインダー


 「靴下は2足あったほうがいいかしら」


 眼鏡ケース、缶詰、缶切り、マッチに水筒にロープと小さな工具箱、ランタン、包帯、地図、財布、コンパスに飴玉、帽子、木彫りの何か、鍵束

 既に閉まらなくなったリュックは奇跡のバランスでまだ上を向いて立ってはいたが、口からあふれ出した内容物が積み上げられる為の土台にと、その役目を変えていた。


 「ああもう!上からしか取り出せないなんて効率悪いわねこのっ」


 博士のすらりとした足がぎうぎうと、吐き出された中身を押し戻そうとリュックに突っ込まれる。


 「戻りましたぜ姐御。何してるんすかそりゃあ?」


 「引っ越しでヤンスか?」


 扉を開けて入ってきたワッジとザッカーが、散らかった部屋の中でリュックを折檻していた博士に驚く。

 博士は薄く汗をかいた美人顔にはらりと前髪を垂らしながら、ずれた眼鏡を軽く直すとリュックから手を離し、腰を伸ばして二人の方を見た。

 残念なことに片足はリュックに突っ込まれたままになっており、乱れた服装をあちこち引っ張って直すたび、バランスを崩して倒れそうになる。

 

 「今夜の準備よ!で、どう?話はできたの?」


 「ええ、話は付きました。ちょいと予定外のこともありやしたが、おおむね姐御の思うようにすすめてますぜ」


 揺れる博士のスカートから伸びる脚線美と、倉庫の一件に軽く目をそらしながら、ワッジは答える。


 「チンピラの頭が変わってたでヤンス」


 「あっ!馬鹿てめぇ!」


 あまりにも正直に喋る弟分に焦るワッジ。ザッカーも失言に気付いたのか、大きな手で口を押さえている。

 半眼の博士に睨まれて、ワッジは渋々事の顛末を説明した。


 「ふーん、わかったわ。じゃ、後は今夜の準備ね。」


 話を聞き終わった博士から返ってきたのはあっさりとした返事だった。


 「怒ってねぇんですかい?」


 何を?と言わんばかりに作業に戻る博士。

 リュックに突っ込んだままになっていた足を再び動かし、荷物と格闘を再開する。


 「大丈夫って判断したからそのまま進めて来たんでしょ? 中期目標は相互に確認してるし、大きくずれなきゃ平気よ。いちいち相談されたら何のために管理職にしたのかわからないじゃない!」


 「はぁ、そうでやすか」


 「たすかったでヤンス」

 

 「ただし、今度から事後報告をするように!忘れた場合はペナルティにするわよ」


 きらり、と眼鏡を光らせて博士が釘を刺す。

 ワッジとザッカーを部下にしてまだ数日。しかし確かな上下関係が構成されようとしていた。


 「へい、気をつけます」


 「徹底するでヤンス」


 「じゃあ日暮れまで休んでもいいわよ。夜には配置に着いてね。 っと、これ以上は無理か」


 博士はようやくリュックとの格闘を終えるつもりになったのか、長い毛玉が付いたままの綺麗な足を抜き出した。

 

 「それじゃあ姐御、また後で」


 「失礼するでヤンス」


 「はいはい、 あ、あんた達これ要らない? これだけ入らないのよ」


 足の毛玉を外して振ってみせる博士。


 「ぬいぐるみでヤンスか?」


 「変装用のカツラよ!どう?」


 ワッジは黙って部屋を出た。







 深夜でも、王都の一部は光と賑やかさを失わない。

 色町や飲み屋の連なる通りは行き交う人々も多く、悲喜こもごものドラマを飲み込んで終わらない祭りのような騒ぎを繰り広げる。


 酔っ払い達の話題の多くは、つい最近また姿を現したと噂の勇神であった。

 先代王が推進した辺境開発に比例して、増加した魔獣との接触は多くの開拓村に被害を出し、危険を恐れた地方民の都市部流入を加速させた。

 かつての勇神は国中至る所にも駆けつけて魔獣を除き、時には遅れた開発を大きく前進させ、夢破れた若者が地方で再起する土台を築き、都市で悪化する貧富の差と犯罪率を低減せしめた。

 勇神の歩いた道を人と富が移動し、巨神は多くの人々の崇拝を乗せて、この国を大きく羽ばたかせるはずだった。


 30年前までは。


 酒を飲む男達の半数はその栄光の時代を知る者達。

 勇神の帰還を歓迎し、祝杯を挙げ、昔口にした神を讃える歌に酔う。


 もう半分は若者達。そして暗い顔をした大人達。

 勇神の名しか知らぬまま産まれ育ったた世代と、

 勇神なき空白の時代に、何かを失ったものたち。


 「おねーちゃんもう一杯ちょうだい!! いっちばん高いのねうえへへ」


 「はいよ!!もって来るから尻触んじゃないよ!!このスケベ!!」


 あと、そんなのどうでもいい連中。


 「うちの屋台の串焼きは~ヒック、おーじさまが召し上がったぁ~、王都一の串焼きなんだぜ~!!ヒック、わかる?」


 「ハイハイ、ちょっと景気が良くなったっからって、そんなに飲んだら稼いだぶんすぐ無くなっちまうよ!触んなって!」

 

 化け蟹の一件から数日、ひょんなことから噂になった串焼き屋台の親父は、王子が掲げた串焼きを復活焼きと名付けて荒稼ぎをしていた。

 日に焼けて浅黒くなった団子鼻を真っ赤に染めて、客の帰った小さな飲み屋に一人で居残っている。


 「大体許可も取らずに、勝手に王子さまに乗っかって!いつか騎士団からお咎め受けても知らないからね!はっ!!」


 今度は察知したのか、ぱちんと尻に伸びてきた手を払うおかみ。

 串焼き屋が誰彼構わず絡むものだから、いつもは閉店まで飲んでくれる常連たちも引き上げてしまっていた。

 面倒な客にこれ以上居つかれてはたまらないと、店じまいをすることに決めた彼女は外の方を見て止まった。

 客寄せの看板灯に照らされた通りを、皆が同じ方向に移動している。

 日付が変わって客の入りが悪くなるはずの時間に、通りを駆けてゆく者たちが多いのだ。


 「なに、おねーちゃん?外に誰かヒック、来たの~?ん?」


 「ちょっと見て来るから待ってなよ。多分喧嘩か火事みたい」


 持っていたお盆をテーブルに置いて外に出る。

 扉の外はさっきまで騒がしかった酔っ払いたちがいなくなっていた。

 喧嘩や火事なら行った先に騒ぎがあるはずと、皆が走りゆく方をみるが何もない。

 

 「へんだねぇ。」


 店に戻ろうとしたおかみがなんとなしに振り返った先に、それはあった。

 飲み屋通りを密閉するようなシルエット。

 二本の角に大きな頭、圧倒的質量を備えて闇夜になお存在する黒い威圧感。

 黄色の魔法光を放ちながらゆっくりと迫りくるものは猛牛型ゴーレム!!


 息をのむより早く、風のように自分の店に逃げ込んで酔っ払いにタックルしたおかみの後ろで、路端に止めてあった串焼き屋の屋台は踏みつぶされた。

 

 

今日はここまで 次回「猛牛侵攻」

お読みいただきありがとうございました。


豪雨に遭われた方々のご無事をお祈り申し上げます。

これから雨の強くなる地域の方もどうかお気を付け下さい。

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