援軍
今日もはじまり、はじまり
たき火の照らす薄暗い屋外。街道脇の小さな森のほとりでアレックスは目を覚ました。
生ぬるい風が頬を撫ぜ、見上げた星空が時の経過を知らせる。
(あれ、ボクはどうして……モニカ……じゃない?)
心配そうに自分の顔を覗き込む、見慣れない男。
「!! アレックス様!ああ、良かった。勇神様!お目覚めになりましたよ!」
軍人にしては線が細く、軽薄そうに伸ばした前髪を垂らした彼は、確か辺境軍のマッコイと言ったか。
「……ぅあ、あの、モニカは?勇神様は?ボクたちは、どうなって……ぎっ!痛たぁッ!」
体を起こそうとするアレックスの全身に、鋭い痛みが襲う。
僅かに体をねじっただけで関節を突き刺す灼熱と、稲妻のような衝撃が彼の小さな体を駆け巡った。
「ああ、まだ動かない方がよろしいですよ。敵は去りました。モニカさんは今馬車に、王子の着替えと食糧を取りに行ってますよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、そう、ですか……」
「勇神様はあちらに。自分が王子の治療をするのをずっとご覧になっていらっしゃいましたが、先ほどからはあのように……」
そう言ってマッコイの指し示す先にゆっくりと頚を傾けると、ぎりぎりたき火に照らされる距離に勇神が座り込んでいた。
白磁の装甲は泥にまみれてくすみ、いつもの輝きはうしなわれて暗く、俯いた機械の顔の表情は見えない。
そして何より――
(勇神様の魔法光が消えてる、ブレイブキャリッジもない。そうか、ボクたちは……負けた、のか)
「ぅぅぅ、うぇっ、ぐすっ、う、ぁぁぁぁぁ」
熱いものが目から溢れ、頬を伝って地面に流れる。
守護神としてあってはならない敗北という事実と、王国の最大戦力たる大勇神を奪われた失態。
そして自分に与えられた役目を果たせずに、敵に見逃された屈辱が彼の小さな心を押しつぶした。
敵が去った理由はわからなかったが、自身が倒れた後にはモニカが、王国の民が蹂躙さてれもおかしくはなかったのだ。
「ぁぁぁぁああああああああああ!! ううああああああぁぁぁぁ!! わああああああああああああん!!」
傷ついた体を小さく折り曲げて、アレックスは慟哭する。
呼吸の度に走る痛みが自分への罰だとでも言うように、震える拳を握りしめ声を張り上げて少年は大声で泣いた。
「え?ちょっ?アレックス様! あわわわどうしました、何処か痛みますか?」
「なぁに王子を泣かしてんですかぁぁぁあ!!」
アレックスの泣き声に慌てたマッコイが立ち上がるのと同時に、何処からか飛んで来たモニカが彼を突き飛ばした。
「ずーっと魔法使って王子を治したってのに、酷い扱いだなぁ……って、聞いてないか」
「私は見てたよおにーさん。少年を助けてくれてありがとうね。お水飲む?」
昼の戦いから半日、治癒の魔法の使い手であったマッコイは勇神から吐き出されたアレックスを生かす為に手を尽くし、精根尽き果てるまで魔法を絞り出したのだ。
王国の中でも使い手の少ない循環操作魔法は無能怠惰の名を欲しいままにしているマッコイが辺境軍を首にならない理由。対象の代謝を促進し怪我の回復を早める貴重なものであった。
感染症や不可逆の変化には効果が薄いものの、アレックスの怪我が出血を伴わない打撲と疲労だけに留まっている事も幸いし、半死半生であった状態から数時間で会話が出来るまでに治してみせたのだ。
「こう見えても軍人なんで理不尽には慣れっこですお気遣いなく。でもお水は頂きます」
マッコイはリューズが手先に出した卵大の水球をぱくりと呑み込むとため息をつく。
「あああ王子!モニカはもう、王子が目を覚まさなかったらどうしようかと!」
「うえええええ!ごめんねモニカぁぁぁ!あああああああん!!」
アレックスに取りすがって頬をすり寄せるモニカと、彼女にされるがまま泣き続けるアレックス。
「まぁ、あれを見りゃあ怒る気は失せましたよ」
「さすが大人ー。私もそんなに付き合いある訳じゃないけどさ、モニカちゃんのあんな顔は初めて見たねー。この体になって便利な事もあったけど、泣いてる友達の手一つ握ってあげられないってのはちょっと堪えたかなー」
「友達、なんですね」
草臥れたマッコイは額に張り付いた前髪をかき上げて姿勢を崩した。
――我が友が到着したならば儂を起こせ。それまでアレックスを頼むぞ――
眠りにつく守護神の最後の言葉。
神の友など想像も付かなかったが、街道を離れずリューズを見張りを立ててもう夜になった。
誰とも知れず、いつ来るかも判らない援軍を待つのはストレスになるものだ。
「そういやネリネは何してんだ? 領境の砦まで歩いて戻ったにしても、援軍呼んで来るのにこの時間までかかるのは遅すぎるような……!!!」
先に逃げ、もとい報告の為に帰った同僚を思って、星空を見上げたマッコイの真上を巨大な影か横切る!
羽根の間から青白い魔法光を放ち、星の輝きをその身に散らして、彼らのいる場所へ舞い降りたのは黄金の猛禽。
「うえぇぇ、え?え? グライガルーダ? ボク呼んでないのに」
「王子、向こうからもう一機来ますよう」
夜目をこらして街道を指さすモニカ。
その先、遙か彼方より音も無く、闇を映して風のように走り来る黄金の獅子。
「本当だ。なんでファングリオンまで」
「はわぁ何これ、でっかいねー」
「リューズは初めて見るんでしたね。いつもは王都にいるんですよう」
何とか体を起こしたアレックスを覗き込んで、たき火の僅かな明かりに照らされ聳え立つ二頭の獣。
それは勇神の支援機にして、王家の紋章に記された建国の聖獣を模した守護神の分神ブレイブワイルド。
彼らは魔法光を失った勇神に近づくと、ぶるりと体を振るわせたかと思うと口から次々と光球を吐き出した。
「リペアブラウニー……」
「え?アレックス様、アレをご存じなんですか?じゃあ勇神様が言ってた友って」
蛍のような光球を体に集めて、勇神の修復が行われる。
くすんだ白磁の装甲に輝きが戻り、青白い魔法光が関節から漏れ出して、勇神は機械の顔をゆっくりと持ち上げた。
『……来たか、友よ』
今日はここまで
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