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ザッカーという男

今日もはじまり、はじまり



 遺跡鉱山内部の格納庫、発掘が終了した剣神の見下ろす視線の先。

 邪神像のような古代ゴーレムがならび、不気味に蠢く壁が発する魔法光で照らされた空間の奥で、ザッカーは大剣を振っていた。

 左右の手にそれぞれ一本づつ、溝に渡せば人が歩ける程に幅広の鉄塊を握って操る様はまるで鬼神の如く、裸の上半身には綱をねじり束ねたような筋が浮かぶ。

 間断なく、緩急をつけて空を切る剣はそれぞれの死角を埋めて、縦に、横に、切り上げ振り下ろす度に 轟々と音を立て、体の周りを踊るように暴れ回った。


 今彼が振るうのはガルシア家開祖が健国王のために振るったとされる二降り。

 重すぎて泥棒には持ち出せまいと、屋敷のエントランスに掛けたままこれ見よがしに飾ってあった物を、王都を脱出する際に着替えと一緒に失敬した家宝であった。


 二刀流の難点は獲物を一点で制御しなければならない所。

 刀身を梃子の原理でコントロール出来る両手持ちと異なり、支点のみで重量、刃の角度、剣筋と反動、当たった際の衝撃全てをそれぞれ両手で個別に扱わねばならぬ。

 振り抜いた慣性を御するだけの筋力が無ければ勢いが付きすぎた剣の重さで肩を外し、踏ん張ろうとしすぎれば足が開いて自分を切りつける不便なものだ。

 では剣が短く軽ければ容易なのかと言えばそうでもない。攻撃に重さが無ければ実戦で使い物にならず、威力とリーチに勝る両手剣の間合いに入る事も出来ない。

 片手で防ぎ、もう片手で切りつけるあるいは突くならばどうか、と言う者もいるが、それならば盾でも持てば良いだけである。


 そうだ、こんなものは曲芸と変わらないのだ。


 実際の所使い物になる二刀流というのは、長剣以上のリーチを両手剣以上の精度と威力で扱える者に限られた変態の技術。

 それだけの身体能力があればもっと使いやすい武器を学び、体を痛めない鍛錬をした方がずっと効率的で実践的なはずだ。


 汗を散らし、演舞の締めとなる回転動作に入るザッカーの心中は荒涼とした虚無感で満ちていた。


 建国五剣の一角「武」のガルシア家に伝わる大剣二刀流、その秘伝を最年少にして修めた彼は今現在、逃亡者として追われる身である。

 貴族に生まれ、何不自由ない生活を保証され、時代遅れの剣術を習得して家督を継ぐことが約束されていた彼は、魔法が使えなかった。

 彼が平民であったならば、それは何の問題もなかったであろう。だが、魔法使いがゴーレム乗りを兼ねるようになった昨今においては、武門の務めを果たせぬ出来損ないと見られたのだ。 

 王国の起源が魔獣と対抗する為に武装組織を所有した都市国家群にあり、それ以前には聖国の宗教的支配下にあった以上、為政者とその親族は魔法使いである事を求められる。

 個人の資質に依存する魔法は発現時期もまちまちであるが、成人するまでに何の兆候も見られないとなれば、その才能な絶望的。

 手を触れずにグラスの水に小さな波紋を立てればいい、暗闇でしか見えない火の粉一つ起こせればそれでよかったのに、彼の魔法は応えてくれなかった。

 剣を修めた時のように、次から次へと家へやって来る教師に付いて、ひたすらに訓練と自分の魔法を探る日々。

 そして教師たちが力なくかぶりを振って、両親へ詫びながら去っていくのを見送って幾年か。

 何時しか彼の心は荒み、酒と喧嘩に明け暮れ放蕩を繰り返すようになっていった。


 そんな時に出会ったのがワッジだった。

 やけを起こして酔い潰れた自分を世話し、家へ帰れと親身になって説得してくれた男だった。

 平民に生まれ、社会の闇にもまれた男は、その痩せた身に不相応なほど強力な炎を操る魔法使いでもあった。


 --弟子にしてくださいでヤンス--


 何度めかの飲みの席で、彼はワッジに何もかも打ち明けて頼んだ。

 彼に師事すれば魔法が使える、と思った訳ではなかった。 

 ただこのぶっきらぼうで親切な男から、離れるのが嫌だった。


 子供じみているとは思う。

 

 本当は悲しい眼をした両親が待つ、うちへ帰りたくなかっただけなのだから。


 --勝手にしやがれ--


 薄い頭を酒で赤くして、ワッジは机に突っ伏して寝た。

 その日から彼らは兄弟分になった。



 「ほい、これで終わりでヤンス」


 高さを変え、二刀を揃えて回転していたザッカーは大剣を大きく振り抜くと、自分の正面に二本の剣を束ねてゆっくりと腕を下ろした。


 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち


 ザッカーが肩を下ろし、剣を鞘に戻したタイミングで横から響く拍手。

 

 「流石はガルシアの男、見事なものだ!」


 小柄な少女を連れて彼の演舞を見物していた初老の偉丈夫が、感極まったように白い歯を見せて賞賛を送る。


 「ドライスタ候、いつの間に。いや、お目汚し失礼したでヤンス」


 「何を言われるか!王国全ての武技の源泉、ガルシア家でも受け継ぐ者が少ないと言われる秘中の秘を、生きている間に拝めるとは至福である。ルシル、お前もそう思わぬか」


 「はい」


 汗を拭いて服に袖を通し剣を片付けたザッカーは、ドライスタ候と横にいるルシルに歩み寄る。


 「真似出来そうでヤンスかね?女子にはちょっと難しい気がするでヤンスが」


 「うむ、難しかろう。だが剣神の実戦投入までには何とか形にして貰わねばならん。やれるな、ルシル?」


 「はい。それが私の務めです」

 

 アザレア博士を迎えた遺跡鉱山は古代ゴーレムの解析と修復が加速し、最大の課題であった剣神の機動も目前にまで迫っていた。。

 剣神は水牛のような二本角の兜のみならず、重戦士のように堅牢で黒光りする全身と、身の丈に匹敵する長剣をあらわにして格納庫の最奥で静かにたたずんでいる。

 問題はその長剣。二本同時に発掘されたそれは古代ゴーレム装甲よりも硬質な素材で出来ているにも関わらず、自重での変形を無視出来る程に柔軟で弾力に富み、ゴーレムが扱う武器としては際だって鋭利で強力なものであると判明した。

 剣神の名前の由来ともなったそれを扱う為に、ザッカーはルシルに剣術を教えるよう、ドライスタ候より依頼を受けたのであった。

 

 「剣神の能力は勇神単体を遙かに上回るとの解析値が出た。しかし奴には博士の作り上げた鎧と眷属の獣、そして奴自身が蓄えた戦闘経験がある。これらを同時に相手取るには、操者である娘の腕を上げねばならんのだ」


 「そりゃあ道理でヤンスが……」


 アレックスと同じくらいだろうか、大柄な男達の間にいるルシルは普段よりも小柄に見え、そのおかっぱ頭は彼らの腹か胸の高さ。

 手足も細く、とてもザッカーが先程見せた動きが出来るとは思えない。


 「心配は無用です。北部のゴーレム乗りは皆、機体に合わせて鍛錬をするもの、人とゴーレム、どちらが勝るかと言えば考えるまでも無いでしょう。性能を十全に引き出す為に出来る事があれば、それを怠るべきではありません」


 「そんなもんでヤンスかねぇ」


 アイリスの新型機のように、人間に合わせて負荷の少ない設計が主流になりつつある王都では見られなくなった奇特な思想。

 彼の兄貴分、ワッジのような類い希な才能でも無い限り、人とゴーレムには埋めがたい動作のラグがあるのだ。

 人型ゴーレムでも初期のものはその性質と動作は重機に近く、森林開発の最前線であり魔獣との戦いに明け暮たかつての北部のゴーレム乗り達は皆、機体の関節可動域に慣れるよう鎧を着込み過ごしたと言う。

 黒いゴーレムを魅入られたように見上げる少女がなぜそこまでして力を求めるのか、生まれながらに屈強な彼には今一ピンと来ないままである。


 「私は先日二刀を扱う勇神を見たばかりです。あれが勇神本来の力か、取り込んだ魂によるものかはわかりませんが、使いこなせば強力な技術に違いありません」


 「ウチのご先祖かもしれないでヤンスねそれ。自分は無理して二本同時に使う事はない、と思うでヤンスが」


 「そう言わず頼むぞ。貴公の武技は欠くべからざる計画の一部、勇神を討ち取る目的は同じはずだ」


 ドライスタ候はそう言うと、ルシルの背を押してザッカーの方へ寄越す。

 自分の背後にある剣神を見上げるおかっぱ頭の少女をちらりと見て、ザッカーは鼻の頭をこすった。

 どうにもここはジメジメして肌に合わない。ここにいる人間は皆日の光から追われた者達、考え方がまともではない。

 古代ゴーレムが動けば、武技を修めればと何もかもが仮定の話ばかりで、自分たちのように勇神と相対した者はいないのだ。

 ドライスタ候は30年前の勇神を知っているようだが、実際に戦った訳ではあるまい。

 勇神の発するあの威圧感、迫力、そして戦闘能力。それは数字では計れない守護神としての強さ。

 人間の様でいて機械の冷徹さを併せ持ち、神の威信を賭けて戦う割には時に不意打ちも辞さぬ、馬鹿馬鹿しくて理不尽な存在。

 後手に回っては絶対に勝てぬし、同じ土俵に立つのに精一杯なら挑むだけ無駄だとさえ思う。


 だが……


 「アニキが外で頑張ってるのに休んでいる訳にいかないか……自分は人に教える程器用じゃあないんで、見て覚えて貰うしかないでヤンスけどね」


 「それで構わぬ。我が娘ならば仕てのけてくれよう」


 自信ありげに頷くドライスタ候に気付かれぬよう、ポケットの中の覆面を握って、ただ一人その理不尽に挑む兄貴分を思うザッカーであった。


今日はここまで

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