北の旅
今日もはじまりはじまり
北部に伸びる街道は新しく、多くの馬車がすれ違えるほどに広い。先代王が森の開拓を始めてより人を、物資を、ゴーレム達を迅速に移動させるために造られたからだ。
開拓時代にゴーレムが踏みしめたルートはいつしか馬車が通れるように平らに整備され、一昔前は大河に頼り切りであった流通に新たな力を与えている。
ほんの数十年前には雪に覆われた荒れ地が広がる中に、僅かな穀物畑と鍛冶場の集落があるばかりだった魔獣の森手前の平野部は特に発展著しく、今や王国有数の食糧庫として黄金色の実りを湛えて輝いていた。
その広い街道をのろのろと、大きな荷台に大きな樽をいくつも積んで、辺境軍の旗印を掲げた大きな大きな馬車がゆく。
「で、今度は何やらかしたんすか先輩?」
皮衣の上に金属の胸当てと手甲を着けた軽装の女が手綱を握り、横で樽に寄りかかっていた男に尋ねた。
短く切った金髪に帽子を被り、引き締まった体を樽の間に押し込める様にした彼女は、見るからに不機嫌でそうに男を先輩と呼びはしたものの、その声にはどこか咎める様な音が混じる。
「……作戦行動中に不適切発言があったんだとさ。命懸けでゴーレム操ってる時にまあよく聴いてたもんだよウチの隊長は」
宙を見ながらぽかんと口を開けていた男は目にかかっていた前髪を手櫛で持ち上げると、女の方を見向きもせずに答える。
同じような皮衣に鎧を着けたこの男は辺境警備軍のゴーレム乗りで、名をマッコイと言った。
彼らは領境の駐屯地から冷凍された鹿肉を運搬する任務を負って、ドライスタ領の中心に向かう途中である。
「勇神様と姫様に随伴してる時に「もう帰りたい」って言ったの噂じゃなかったんすか。あの隊長地獄耳っすからね、ウカツ過ぎて笑うっすわそんなん」
「うっせーよ、ちゃんと魔獣と戦ったんだからいーじゃねーか。お前あの場にいなかっただろネリネちゃんよ?ただでさえ偉いさんの尻追っかけて半日走らされて、一戦やらかした後に災害魔獣だぞ。疲労と緊張でどうにかしてたんだよ」
「その言い訳まんま隊長に言ったんなら先輩ウカツ通り越して馬鹿っすわ……いやホント懲罰くらわなかったの奇跡っすよ」
「当の姫様は気にしてねぇって仰ってたんだぜ、それで懲罰は無し。だがまぁ辺境軍ったって半分は貴族の子弟の掃き溜まりだろ?一枚岩の下はドロドロしたもんが渦巻いてるんでな、後でもめ事になるよりは今のうちに何か分かり易くイモ引いておけって事だろうよ」
「なーるーほーどーねー。それでゴーレム降ろされてお使いなんて、もしかしてあたしはとばっちりだったりするんじゃないっすかね?」
ネリネと呼ばれた女は片手で手綱を握ったまま、男の寄りかかった樽を片手でごんごんと叩く。
「やめろ、響くからやめろって。向こうに着いたらなんかおごってやるからよ」
「っしゃ!!絶対っすよ。最近塩漬け肉ばっかりだったから何か甘い物がいいっす」
「はいはい、でもあんま高いのは勘弁な。減俸は無かったが、ゴーレム降ろされたから今月手当足りなくなるんだ」
「あっはっはっっはっはっは!知らねっすよー。だいたい先輩の家なら金に困ることないでしょ?」
「あのジジイが五男坊風情に遊び金渡すと思うかよ、商人より銭に汚いと噂のパクストン家だぜ。偉いさんと繋がりを作るならまだしも、お前なんかににおごる分を接待費で落とすのは無理があるわ」
「酷い言われようでへこむっす。あたしも一応貴族なんすけどねぇ」
ぐだぐだと不毛な会話を続ける二人を乗せた馬車が道程の半分を進んだ所で、彼らの目の前の街道が爆発した。
「少年、見て見てー。なぁんと私、お水が出せるようになりましたー!」
青髪の幽霊リューズが日差しに透け、手先から細く水を出してスプリンクラーのようにくるくる回る。
「おおー。涼しい~」
「便利なものですねぇ~。 はい、王子じっとしていて下さいよう」
日傘を差したモニカがアレックスに飛んでくる水しぶきを遮り、リューズの回転が収まるとポケットからハンカチを取り出して主人の水滴を拭った。
「ありがとうモニカ。最近はリューズがいても驚かなくなったね」
「ええ、おかげさまで。出る時は出るって一言かけてくれますし。幽霊はまだアレですけど、怖さはだいぶ薄れました」
お化け幽霊が大嫌いなモニカも最近は、アレックスと一緒にいればリューズと会話が出来るまでになっていた。
「幽霊はまだ怖いんだ~」
いつかの悪戯っぽい笑顔をして、アレックスが白い歯を見せる。
「うう~!からかわないでくださいよう。怖いもんは怖いんですしょうがないじゃないですか」
赤面して日傘に隠れるようにしてアレックスの視線を遮るモニカ。
二人の会話を聞いていたリューズは地を這うように近づいてくると、モニカの傘の下から滑り込み嬉しそうに纏わりついた。
「ね!モニカちゃん?それって私が特別って事?だよね? えへへへ~」
「うひゃあ!いきなり何ですか!あたしの特別は王子だけですよう。リューズはそう……見慣れた?」
「何それ~?まあいいや、嫌われてないだけでも前進したよね少年!このまま友達になるまで頑張るよ!」
「ボクには充分二人が仲良しに見えるよ。さて、休憩はこれくらいにして先を急ごうか」
先の魔獣討伐より姉のアイリスと別れて旅を再開したアレックスとモニカは、先代操者の遺した開発の名残を目に納めつつ、北部の奥へと向かう途中であった。
「はい。ほら、リューズちょっと離れて」
「へーい。さてさて~、この先の道はどうなっているのかな~?」
モニカに振り払われたリューズはふよふよと空に浮き上がり、透ける手で目の上にひさしを作って辺りを見回すと、下にいるアレックスに声をかけた。
「少年!少年!誰かこっちに走って来るよ~!」
「……それで積み荷を捨ててここまで引き返してきた、と」
アレックスの頬に流れる汗の一筋をハンカチで押さえ、日傘を傾けたモニカが相づちをうつ。
リューズの出した水を飲んで肩を上下させている二人の騎士は、辺境軍所属の者達であった。
血相変えて走り来る二人のただならぬ様子に声を掛けたと言えばなにやら親切にも思えるが、互いに小突きあい罵りあいながら猛スピードで走る騎士というものにアレックスの好奇心が興味を示したのが実際の所。
呼び止められた二人は緊急事態だ!と息巻いていたが、アレックスの馬車に施された紋章を見るや態度を変えて平伏し、地面から幾本も突き出した剣のような怪物に襲われたとまくし立てたのであった。
「捨ててないっす一旦置いて来ただけっす。それにアレックス様、敵前逃亡を命令したのは先輩っす。あたしは最後まで荷を守ろうとしたっすよ」
「あっ、ネリネてめぇ!!「あたしは一足先に情報を持ち帰るっす-!!」とか言って真っ先に逃げたのお前だろうが!!」
「記憶に無いっすね~。上官である先輩の指示なくして勝手に撤退なんかしないっすよ。あたしは模範的な辺境軍士官として表彰もされた出来る女なんすからね、失敗だらけの先輩とは信用が違うっす信用が」
「嘘つけこの!誰が失敗だらけって……ぅぐあ!!」
馬車の上で思案しているアレックスを前にして片膝を着いて敬礼しながら、一瞬の目を盗んで隣にいる相手に肘撃ちを見舞う自称模範的な何者か。
「あの、大丈夫ですか?」
「先輩ってばゴーレムばっか乗ってるから運動不足なんすよ。ちょっと走ったくらいで情けないっすねぇ」
「ッてめぇ…覚えてろよクソが、痛ててて」
すまし顔で答えるネリネに、目を丸くしているモニカと笑いを堪えているリューズとを交互に見て、アレックスは小首をかしげる。
「仲良し、なのかな……」
「少年にもそう見える? しかし軍の馬車を襲うなんて、一体何者なんだろう~」
「地中から出てきたとなれば、この間の土甲熊でしょうか?二頭目がいたとか」
「そうだったら大変だね、被害が大きくなる前に調べておこう。マッコイさん、ネリネさん、馬車が襲われた場所まで案内してください」
守護神の務めに意識を切り替え、左手の腕輪を一撫でしたアレックス。
「了解です……しかし辺境軍への報告のために、どちらかはこのまま砦に向かわせて頂きたい、の、ですが……」
「あたし戻るっす先輩。超特急で応援呼んで来ますから、今度は失言しないようにして王子をお助けするんすよ。では!」
ネリネはそう言うとイタチのような身のこなしで立ち上がり、貴族らしく綺麗に一礼すると駆けて行った。
今日はここまで
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