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閑話2 大勇神の帰還 後編

今日もはじまり、はじまり


 交易都市ゴサロ。

 大河に架けられた大橋によって飛躍的に向上した物流と、北部方面に度々発生する魔獣災害から王都を防衛する拠点として、商業、軍事の双方から発達した官民一体の都市。


 400年前に整備された王都の歴史ある港湾地帯とは異なり、大きく新しい船着き場と広い市場を持つ都市は、王国中の品物が集まる一代マーケットであった。

 各地の特産品と共に訪れる観光客相手に機を逃すまいと若々しくぎらついた商人達がひしめきあい、荷を乗せた馬車が所狭しとすれ違う。

 船着き場に、馬車のターミナルに、繁華街に活気ある声が飛び交って、夏の熱気にも負けない圧力が満ちていた。

 

 だが、そんな街に近づく大勇神は足取りは重かった。


 (なんたる交通量……徒歩ですらこうも進まぬとは、あの少年に遭わなんだら儂はどうなっていたことか)


 行き交う馬車が密度を増し、足下の街道には旅人と荷物が溢れんばかり。

 当初の思惑通りにこの中を武装馬車で突破しようとしたならば、もはや迷惑を通り越して災害級の経済的損失を起こした事であったろう。


 『ああ、無理に止まらずとも良い、仕事を続けよ』


 彼の装甲に施された紋章を見て足を止め、馬を下りようとする商人達に声をかけながら大勇神は街へと辿り付く。

 

 「お待ちしておりました」


 街の門に整列して彼を出迎えたのは、王都に居るはずのオットーに率いられた騎士団であった。


 「物見よりお姿を確認したと報告がありましたゆえ、お迎えにまいりました」


 兜を外して禿頭を光らせ、ぴしりと背筋を伸ばすオットー。


 『おお、御苦労である。お主がここにおるとはのう』


 「アレックス様が捕縛した山賊を、王都へ移送する任務で参りました。が、アントニオ様が彼らをお引き受け下さるとのことで、我々は本日中にも王都へ引き返す所でございました」


 『そうであったか。まあ性根が邪悪な者達ではなし、それなりに腕も立つ連中であるから辺境軍でなら良く働くであろうな』


 「私もそのように存じます。して、勇神様。御身は王都へとお戻りになる所でありましょうか?」


 『いかにも。そこでじゃがオットーよ、任務中とは思うが儂がこの街を抜ける間、混乱が起こらぬよう取り計らえぬものかの』


 「御意に!  総員!大通りを空けて勇神様をお通しするのだ!!」


 「「「「ははっ!!」」」」


 整列していた騎士達が街へ散って行くのを見届けて一安心した大勇神は、オットーに先導されてゴサロ市へと踏み込んだ。


 「勇神様がお通りになるぞ!!」「押すな!!」 


 「前にでるなって言ってるだろ!!」「危ないから下がって!!」

 

 噂の守護神を一目見ようとひしめく野次馬を抑え、大勇神が通れる道幅を確保する為に四苦八苦する騎士達。

 巨神の進み一歩一歩に伴う地響きに驚き、波が寄せて返すように歓声と人の群が動く。

 ただでさえ流行に敏感な交易都市の住民は、降ってわいたイベントにわらわらと群がった。

  

 「これが、守護神、なのか……」

 「おーっきいー!! ママ-!! どん、どん、どんー!!」

 「そうね、おおきい神さまね。ほら、だっこしてあげるから先に行かないの」

 「勇神様ってのは白いんじゃないのか?黒いぞ?」

 「なんて大きさだ、普通のゴーレムの数倍はある」

 「あってめぇ、この間俺が見たって信じてなかったのか!?」

 「街道でドラゴンと戦ったあれか……時代は変わったなぁ」

 「生きてるうちにまたお姿を拝めるとは。ああ、ありがたや、ありがたや」

  

 ざわざわと聞こえる観衆の声を聞き分けながら、街を見回し歩く大勇神。

 30年の時を経ても人々のあり方は変わらずに、400年前からひ弱く、身勝手に騒がしくて逞しい。

 それは彼が守り続けた、命の活力にあふれた者達。誇らしく、手のかかる、愛おしい我が子たち。

 いつしか数の不利から野次馬に押され気味の騎士達が限界を迎えそうになって、急ぎ街を出ようと足を速めた彼にオットーが小走りで続く。


 『便利に使って済まんのう』


 「何を仰せられますか。復活なされて以前にも増した御身のご活躍は、いまや国外にまで鳴り響く程。こうして立ち働ける事は光栄であります」

 

 鎧姿のままでも息も乱さず快活に返すオットーと大勇神が、街の中心に架かる大橋を脇目に通り過ぎ、船着き場と市場が重なる広場へと差しかかった時であった。


 「ぶつかるぞー!!!」

 「飛び込めー!!」

 「きゃああああー!!」


 少し先から響く怒号と悲鳴。それに何かがぶつかりバキバキと砕ける音。


 「勇神様!!」


 『何事か起きたようじゃな!!』


 即座に向かう先を変更し、声のした方へと路を曲がる主従。野次馬を慎重にまたぐ大勇神を見上げて、オットーは近くにいた騎士に声をかけて応援を呼ぶように指示した。

 音の出どころを探って建物の間を抜けた大勇神の目の前には大河、そして開けた港。

 そこには今まさに大型の定期船と、これまた大型の貨物船とがぶつかり合って諸共に傾いてゆくところであった。


 「荷を乗せ過ぎて舵が効かなかったんだ、避けるも何もあったもんじゃない」

 「小舟が出せる奴は救助に当たれ!」

 「駄目だ近づくな、沈んじまうぞ!!」

 「まだ子供が中に!!誰か助けてー!!」


 船着き場を出てすぐの事だったのだろう、まだ帆も広げ切っていない客船の横腹に貨物船が突き刺さり、押し込まれるようにして沖へと流れゆく。

 耳障りな音を発する二隻の上から水面まではかなりの高さがあるものの、決死の思いで人々が飛び降り、船の起こす大渦に捕まって木の葉のように波にもまれた。

 近くの船に引き上げられるもの、なんとか岸まで泳ぎつくものはまだ幸い。

 力のないもの、足がすくんだものは飛び込むのをためらい、手摺りやマストにしがみついて身を固くし、船と共に沈むのを待つばかり。

 いよいよ客船の構造が限界を迎え、胴体が二つに裂けて横倒しに近くなり、人々の悲鳴が頂点に達しようとしたときのことであった。 


 『諦めるな!!大勇神が助けるぞ!!』


 港に集まった人々の頭上を飛び越えて、黒き巨神が舞い降りる。


 ドドドドドドオオオオォォォォン!!


 両肩のブースターから火を噴いて大河の真上から沈みゆく船の近くへと跳躍した彼は、その大質量が着水した大波で波間にもがいていた者達を一気に岸へと押し流した。

 自身の周囲から遭難客が遠のいて周りの小舟にに救助されるのを確認した大勇神は、機械馬の変形した両足を踏ん張り両膝の榴弾砲を起動する!

 

 『馬蹄ランチャー!!アンカー射出!!』


 ドゥドゥドゥドゥ!!


 撃ち出された鎖付きの錨が水面を這うように進み、割れた客船へと絡みつく!

 

 ジャラララララララ! ガキン!


 四本の鎖はまるで生き物のように船体に巻き付き、割れて傾いた客船を大勇神のがっしりとした足に繋ぎ止めた。


 『でぇいやあぁぁぁぁっ!!』


 装甲の隙間から魔法光を吹き出して、機械の巨腕が鎖を引く。

 慣性が、水圧が、客船の重量が巨神の関節を軋ませて拮抗し、衝撃転換装甲で出来たフレームがうなりを上げた。

 大勇神は現行最大級のゴーレム。辺境軍や騎士団が扱うゴーレムを倍する背丈と重武装を施された最強の存在。

 だが客船は巨神とは比べるべくもない程に大きく、船体に侵入した水の重さも相まって重量比は巨神の10倍かそれ以上。

 その上に貨物船が上乗せされた大質量の暴力に綱引きを挑むなど、まるで子犬が馬車を引こうとするような行いである。


 『ぬうううううう! おおりゃぁぁぁ!!』


 ドザザザザザバァァァァ!!


 だが多くの者の予想に反して大勇神の膂力は絶大であった。

 根が生えたように水中で脚を踏ん張り、慣性と負荷を魔法光に換えて鎖を引き絞る大勇神は、みるみるうちに傾いた客船を立て直し、ついに沈み掛けた船体の殆どを水面にまで引き上げた。


 「嘘、だろ……」

 「すげー!!」

 「あれが、守護神」

 「ぼーっと見てんじゃねえ!救助再開だ!」

 「お、おう!!」


 ギギギギギ……ゴオン…ズズズズズ……


 揺れと波飛沫が周囲を襲う中、不気味な音を立てて客船の横腹から離れる貨物船。

 操舵不能のまま後退をはじめたそれは救助に働く小舟と野次馬の居る埠頭へ向かって、ゆっくりと衝突コースを取る。

 

 『おっと、お主はそこで控えておれ』


 大勇神は片手で鎖を引きながら貨物船の舳先に手を伸ばし、指先をめり込ませて掴み止める。

 たったそれだけで巨大な貨物船はがくりと一度軋むと、水の上で凍り付いたように静止した。


 『今のうちに逃げ遅れた者を下ろすのじゃ。急げ!!』

 

 あっけに取られていた観衆が喝采を起こす中、周りの船から客船へと次々にロープが渡され、身の軽い船乗り達が乗客達を助けてゆく。

 遅れて駆けてつけた騎士団が怪我人を運び、客船の乗客名簿を検めて行方不明者がいないかを確認してまわった。






 「幸い命を失ったものはおらぬようです。勇神様のお力で大惨事は回避出来ました」


 鎖を掴んだまま客船を支える大勇神の側へ小舟を回し、声の届く所まで来たオットーが胸に手をあてて敬礼する。

 大勇神の側は関節が発する魔法光で青く照らされ、関節と船とが拮抗する礫音が低く響いていた。

 乗客を降ろして数分、陸ではまだ騒がしく人々が立ちまわり混乱冷めやらぬ様子であったが、大勇神の周りにはオットーの乗った一艘だけがある。

 遠目に救助された我が子を抱きしめる母親を見て、巨神は腕に力を込めたまま頷く。


 『左様か。儂の中へ来たものもおらぬようじゃし、ひとまずは安心じゃな』


 「はい。後はこの船を如何するか、でございますが……」


 『見たところ客船は竜骨が折れておる。このまま沈める訳にもいかぬであろうし、調査の為に鎖を解くなら陸に上げた方がよかろう。騒ぎが落ち着いたならば場所を空けさせよ』

 

 「早急に手配させましょう。貨物船の方は船主と船員を拘束しております。荷を積み過ぎたゆえの操舵不全が原因のようですが、ここまでの事故を起こしたとあっては見逃す訳には参りません」

 

 『そうじゃの。起きた事は仕方がないが、再発を許してはならぬ』


 「はっ!港の管理局と商業組合にも通達を行います。勇神様がいらっしゃらなければ、まだまだ大きな被害が出た事でしょう」


 『偶々の事であったのじゃがな』


 今日この時街を通りがかったのも、大勇神形態であったのも偶々だ。

 だがその偶然から、人々を助けるという守護神としての本懐を遂げる事が出来た。もし馬車と分離してしまっていたならば……その時はその時で、何とか対処しようとしたに違いないのだが。

 

 (それにしても1日に二度も水に入る事になろうとは。修理したばかりだというのに、グレイセルにはまた面倒をかける事になるのう)


 船を返して陸の指揮に戻るオットーを見送って、大勇神は空を仰ぐ。

 朝に人造湖を発ってより彼の装甲を灼き続けていた太陽は、そろそろ色を変えて斜めになろうかという頃合い。

 日暮れまでには余裕をもって王都に帰るつもりであったのに、思うようにはいかないものだ。


 『思い切って河を下れば良かったかのう? 涼しげじゃし、船に気を付ければ……』


 頭だけを水上に出して大河を下る自分の間抜けな姿を想像して、鬼神の如きマスクの下でかぶりを振る。

 まだまだ収まりが付かない陸の混乱を視界の端に捉えながら、巨神は鎖を引く腕に集中を戻した。





 


 

 夏の日は長い、とはいえ明けない夜がないように、暮れない日もまたありはしない。

 夜の帳が降りた路は真に暗く、街の明かりが遠のいてしまえば頼りになるのは月明かりと、等間隔に設置された魔除け灯の薄い光だけ。

 事故の始末に一段落つけたオットーと別れ、ゴサロ市を出た大勇神は一人、真っ黒な大河に映る自身の魔法光を見つめ座り込んでいた。


 大河は昼と変わらず穏やかに流れ、ときおり黒い水面に魚が跳ねる。

 近くに人の気配はなく、穀倉地帯に響くのは涼やかな虫の音と草の香り。

 星空には千切れた雲が浮かび、麦の葉を揺らす風に乗って穏やかに流れている。

  

 『………』


 旅人ならば足を止めてしまいそうな真の闇の中で、大勇神の目に映るのは昼と変わらぬ明るさで見える風景と、それに重なって銀河のようにちりばめられた魂の輝きであった。

 人の身を棄ててより得た、周囲の魂を感知し吸収する能力によって彼の目は闇夜でも昼間のように見通せるのだ。


 (美しい……この夜の輝きは、幾たび時を重ねようと変わらぬか)


 直轄領を縦断する形で移動し王都まであと僅かの所まで来た彼は、夜分を騒がせるのを良しとせず、王都の手前で夜を明かすことにしたのである。

 奇しくもそこは聖国の龍と相まみえた大河と街道の間。互いの攻撃によって出来たクレーターが小さな入江となって魚たちが泳ぎを休める場となっていた。

 

 『……ふふふ』


 「何を笑っておるのじゃ、旦那様?」


 『ぬうゎ!!』


 背後からの声に驚いて転げそうになった大勇神。

 誰もいないはずの川岸にはいつの間にか、巨大なドラゴンが折り目正しく控えていた。


 『す、翠星王?』


 翠の甲殻を月光に映して四肢を地に着け翼を畳み、気品ある姿で大勇神を見下ろすドラゴンこそ隣国の守護神にしてつい先日まで宿敵として幾度も相まみえた古なじみ。

 

 「そうじゃよ旦那様。貴方の伴侶翠星王ミストラルじゃ。そんなに驚く事はあるまいに、もう。」


 そう言ってドラゴンは頸を伸ばし、大勇神の首もとの装甲に鼻を近づけた。

 数日前に霊峰で別れてより音沙汰の無かった事を咎めるように、再会を慈しむように頭部をすり寄せ、目を細めて鼻を鳴らす。


 『ああ、いや、ちと気を抜いておった。しかし儂の感知ではどこにも……』


 「ふんふん、妾達に距離も時間もあるものか。旦那様のお仕事を邪魔するまいと待っておったが、ふすー。念話の一つも寄越さぬし、心配しておった所であったのよ。それで探って見れば丁度妾の事を考えていたであろう?」


 『む、それは済まなかった。この所立て込んでおっての……この場所を通りがかったので足を止めてみておった。お主の顔が浮かんでのう』


 「いやん、もう!まあ、ここは妾との思い出の場所であるしな」


 『う、うん。そうである。』

 

 「それで何を思いだしておったのじゃ?妾のしなやかな尻尾の事か? そうか!手入れしたばかりであった爪じゃな!綺麗に磨いてあったであろう」


 胸の前で前脚を重ねて両手の爪をごりごりと摺り合わせるドラゴン。

 大勇神の装甲を傷付け、彼を霊峰に持ち帰ったかぎ爪もそうして見れば汚れなく、芸術品のような優美さを持ったパーツである事がわかる。


 『確かにそれもあるが……長きにわたるお主との決着があの子によってこのような形になるとはと、不思議な気分になっておった。歴代の操者達ではなし得なかった事よ。』

 

 「収まる所へ収まった訳じゃな。そうじゃ、アレックス坊とモニカ師匠は元気かの?ふんふん」


 『今朝会ったばかりじゃ、二人とも息災でおるよ。……師匠?』


 装甲を嗅ぎ回るドラゴンをそのままにさせながら、大勇神は聞き返す。


 「恋愛ごとの師匠に決まっておるではないか。若いながらあの洞察力と的確な助言、そして種族を超えた愛への理解は並大抵ではない。妾はあの日よりモニカ殿を師匠と仰いで敬意を払っておるのよ」


 『ああ、そういう…』


 「安心いたせ旦那様よ、師匠の勢いは真似出来るものではなし。ふんす、人と違って長命なドラゴンは尽くすタイプが多いのじゃ、妾も旦那様の都合を考えぬような振る舞いはせぬ。すはすは……」


 ひとしきり大勇神を嗅ぎ回ってから顔を上げるドラゴン。

 その表情は穏やかなままだが手足の爪は土に食い込み、月明かりに移った体は小刻みに震え、尻尾は辺りの地面を荒々しく叩いた。


 「………例え旦那様が他のドラゴンの匂いをさせておっても、じゃ」


 懐の広さを語った口は牙を隠そうと細かく震え、夜にあっても爛々と光る目には嫉妬の炎が宿る。

 

 『ぁ……!待て待て、お主は何か早とちりをしておるぞ!これは今朝の……』


 言葉の代わりにブレスを吐き出しそうな翠星王をなだめるため、大勇神は今朝起きた人造湖の戦いについて説明する事となった。 







 「申し訳無い……妾はまた勘違いで旦那様を困らせる所であった」


 今日一日の事を順に語って聞かせた大勇神の前でしゅんとする翠星王。


 『よいよい、気に病むな翠星王。儂はもう慣れたよ』


 「むぅ……旦那様のやさしさは有難いが憎らしくもあるのう」


 『女心とは複雑じゃなあ……して翠星王、お主は湖の龍に心当たりはないか?』


 「妾の知る限り大河を根城にしておった水龍は確かにおったが、とうの昔に死んだはずじゃ。旦那様の言う肉塊の性質から見れば、おそらく湖底の骨でも喰ろうて姿を写したのであろう。旦那様の打ち倒したモノは母様の眷属ではないと思うの」


 『そうか。お主等ドラゴンが歪みに憑かれる訳はなし、異形の性質が一つ判っただけでも収穫である。なによりお主の身内を討った訳では無いと安心出来た。礼を言うぞ翠星王』


 「……うむ」


 大勇神の肩に顎を寄せ、目を細める翠星王。

 月光の照らす小山のように寄り添った二人は暫くそうして夜空を眺めていたが、やがて大勇神がゆっくりと口を開いた。


 『そろそろ儂は帰ろうかの、ここから歩けば明け方には王都に着く。翠星王、400年前を思い出す貴重な時間を過ごしたぞ』


 「なんと!もう少し良いではないか旦那様よ……っと、いや、でも、うーん、師匠なら男の重荷になってはならんと言う所か……ああ、でも!」


 『名残惜しいのは儂も同じじゃ。今宵は突然であったが、これからは連絡を寄越すように気を付けるから、な?』


 「そこまで言われては……そうじゃ、王都に帰るのならば妾が送ろう、旦那様はまだ疲れておるようじゃし、妾の翼ならばほんの一時で着くぞ」


 『良いのか?武装中じゃし、重いぞ?』

 

 大きな拳を握ったり開いたりして自身の体を眺める大勇神。

 今日一日の疲れが染みついた重火力ゴーレムの鎧は闇に魔法光を浮かべて鈍く輝いた。


 「軽い軽い。忘れたかえ旦那様、この間はそれごと霊峰まで抱えて飛んだではないか。我らドラゴンには時間も空間も無いわ。それに、妾はその姿も好きじゃ」


 『これが?』


 破壊と暴力の為の鎧。勇神が万全ならば必要でない筈の、世界に一つのイレギュラーな対ゴーレム制裁装置。

 鬼神の仮面に黒く威圧的な外観と、扱いにくい大きさに辟易していた大勇神に、翠のドラゴンは優しく声をかける。


 「良い男は何を着ても良い男であるが、旦那様のそれは特に角があって火を噴く所がドラゴンらしいからの!それに、今日はその鎧で多くの者の助けとなってきたのであろう?」


 『……ふっ、あははははははははは!そうか、ドラゴンか!言われてみれば確かにな!あっはっははははは!』

 

 うっすらと白みゆく空に、大勇神は大笑する。大きかろうと自分は自分、疎ましがっていたのは自身がまだ、鎧の中に満ちていなかったがため。

 重かった鎧はもはや彼の一部。守護神を構成する伝説に取り込まれ一体化していたのだ。

 朝の戦いで持て余していた力も、今なら意のままに使いこなすことが出来よう。


 (ああ、爽快である。アレックスよ、お主が得る経験以上に、儂もまだまだ学ばねばならん!この喜びをお主に伝えねばならん!)


 「ふふふ、後は飛べれば完璧じゃな。さあ乗れ旦那様」


 『ああ、改めて礼を言うぞ翠星王。お主と語らえてよかった』


 大きく翼を広げるドラゴンに跨って、心なしかマスクも晴れ晴れとした大勇神。

 翠星王はふわりと羽を打つと、風を纏って巨神ごと中に浮いた。


 「落ちないように掴まれよ旦那様。龍の翼は音より速いぞ」


 どのような力が働くものか、人智の及ばぬ魔法を使うドラゴンは重さも抵抗も無きがごとく、朝靄を噴き散らして天を駆ける。

 この星最大最強の魔獣は空間ごと物理法則を捻じ曲げ、自身の周囲を意のままに操る絶対的な力を振るうのだ。


 『おおおおお、何という……! なぁ翠星王、お主たちはこれ程の力を持ちながら、何故人に縛られ、他者を求めるのじゃ。守護獣としてではなく、星の王として君臨することも容易いであろうに』


 「我々はすでに星の頂点、この世界の守り手として存在しておるよ?人と関わるのは、そう、一人だけでは自分自身を見失うからじゃ」


 『そうなのか。そうか、儂が操者を必要としたのも、そうであった気がする……のか?』


 「自分の事もわからんのか、変な旦那様。さあ、そろそろ王都じゃ、妾が下りられる所があると良いが」


 『助かったぞ。城の中庭か、西の練兵場なら大丈夫なはずじゃ……』


 明けの王都に舞い降りる、龍と巨神とが一つとなったシルエット。

 守護神の長い一日は新たな日の始まりと共にようやく終わりを告げた。






 勇神が愛人連れで朝帰りをしたのだと、城の者に噂されたのはまた、別の話。

 

 


今日はここまで

お読みいただきありがとうございました

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