王家の敵
今日もはじまり、はじまり
もう街の明かりも消え果た深夜、城の一室に集まった男たちは王の昔語りを聞き終えて黙り込んでいた。
「どうだったかなアルフレッド。君の知りたかった30年前の真実は?」
「おおむね予想通りでしたよ。記録では先代の操者は反乱から王を守って死んだとありましたが、辻褄の合わない事が多かったもので」
あの日の反乱を生き残った先代王は、王国を維持する為に歴史書に虚偽の記載を命じたのだ。自身とジョン、そして勇神が口をつぐめば後の混乱を最小限に出来ると。
妻子を殺めた首魁を英雄へと祭り上げるとは、その苦悩たるやいかばかりか。ジョンは王位を継ぎ、家族を得たからこそこの決断を推し量る度に寒気が走る。
「やっぱり無理があるよねぇ……。だが事実通り書くわけにもいかなかった。守護神の半身が国を割ろうとしたなんて、とても正史に残せないじゃないか」
君らもこの事は口外無用だよ。と、部屋に集まった者達へ釘を刺すジョン。
「それで陛下、グレイセル所長の逮捕を保留する理由をそろそろお聞かせ願いたいでヤンス」
「おお、そうだったね。私と初代様は30年前の反乱の残党がアザレアに接触すると睨んでいる。所長にはアザレアと積極的に連絡を取って、敵を引きだす窓口になってもらう必要があるんだ」
「残党?」
「そうだ。ヤマガタとレイモンドが捜査を続けているが、反乱に荷担したものの中には王権派に鞍替えしたように見せかけて処罰を逃れたものや、地下に潜った者がある程度いる。我々が王国を立て直している間に彼らも力を蓄え、再起の機会をうかがっていたんだね」
反乱後に発言力を増した貴族の一派は、勇神の威力を失った王家に対し連邦制への体制移行を迫った。先代王の国土開発によって旧来の貴族間のパワーバランスが崩れようとしていた矢先、各地の独立心が勇神不在の危機によって高まった結果であった。
しかし自治権こそ独自に与えられていた領主たちに交戦権まで許してしまえば、王国は血で血を洗う戦国時代を迎える事になる。それを見越して着々と侵略の準備をしていた隣国の存在もあって、王国は崩壊の危機を迎えようとしたのだ。
ただでさえ勇神の活躍で人身売買と対外戦争を抑え込んで維持していた平和を、400年前の状態に戻す事は出来ない。そう考えた王権派の貴族たちは団結して、生き残ったジョンとウリアス伯の娘オフィーリアの婚姻を支持した。
王家の遠縁でもあり、南部の港を確保して羽振りの良かったウリアス伯の立ち位置は当時中立であったが、オフィーリアたっての希望によりジョンに嫁ぐことが決まり、ウリアス伯を得た王権派は勢力を持ちなおした。
彼女の決断が王家、ひいては王国の戦乱を防いだといっても過言ではないが、その途中にはやはり少なからぬ小競り合いと謀略の応酬が行われたものである。当時を知るガルシア卿には昨日の事のように思える、王家受難の時代であった。
だがそれは敵にも同じこと。政争に敗れても時代の混乱に潜み、先代王の断罪をかいくぐって、一度目前に掴みかけた勝利を再びと、牙を研ぎ爪を磨いて機会をうかがっている者たちがあるのだ。
「確かに初代様は叔父上を止められなかった、が、止めていたら初代様はその瞬間に守護神から為政者の一人へと落ちていただろう。あの日の真の目的は初代様にあったのだ」
「神の座から転がり落ちるか、王家の崩壊をただ眺めているかを迫られた結果が、30年間の休眠の原因だったのですね。統治権を保証する神を否定する事が、王家、引いては王国の体勢を揺らがせる鍵であったと」
「その通りだ。そしてその黒幕は王国に根を張ってまた動き始めている。彼ら、神秘主義者とでも言うべき古い魔法使い達は、先代王がゴーレム技術を一般に開放した事がきっかけで反乱を焚き付けたようだが……」
おお、それは入念に織りこまれた神殺し。
30年前に勇神を破壊する事は不可能だ。およそ人の知る最大の龍、聖国の守護獣であるミストラルでさえも幾度となく退けた勇神に、正面から力で対抗出来るものなど当時ありはしなかった。
もし何者かが彼を排除しようとするならば、衝撃転換装甲に守られた機械の体よりも、その心を打ち砕こうとするのは自明の理。
先代操者をそそのかし、貴族達を巻き込んで王家を分断せんと行われた反乱は、永らく守り続けてきた王国の崩壊を見せつける事で勇神を追い詰める罠であったのだ。
そうだ、勇神は無敵だが完全ではないのだ。
神の座から等しく王国を守護する巨神は、人間同士の争いに荷担した時その公平性、神性を剥奪される運命。
それを受け容れる事も、抗う事も拒否した勇神は自身を再定義するのに30年の時間を要したのであった。
「王国の壊滅を企む連中が次に望むのは初代様の破壊だ。30年前と違って今は進歩したゴーレムがある。神の心を砕きそこなった奴らは、今度は現身で直接神を打ち倒し、初代様の神性を地に墜とそうとするはず。その兆候を掴んだからこそ初代様は活動を再開したんだ」
「敵がアザレアに接触するのはそのためか。父上、そうまでして初代様と王家を敵視する理由は何だろうな?ゴーレムのどこか気に入らないんだ?」
「そこまでは判らないな。ゴーレムに乗れるのは魔法使いだけ、今でも魔獣と戦う名誉は彼らの物だというのにね。……さて、話を戻そうか。研究所に侵入を許したのは確かに所長の怠慢だが、この男は決して不忠者ではない。30年間共に初代様の居所を、研究所を守り抜いた人物だよ。アザレア博士から何かあれば必ず我々に知らせてくれるさ。逮捕してはむしろ敵を警戒させてしまうだろう」
「ッツ!!」
王の言葉に白衣の背中を丸くして、グレイセルは平伏せんばかりに頭を垂れた。
その肩を優しく叩くガルシア卿と、彼にハンカチを差し出すヤマガタ。不器用に、しかし実直に忠義を尽くしてきた男たちの静かな共感がそこにあった。
「父上の仰る事はわかりました。この事件の捜査は騎士団とヤマガタに一任します。だが、最後にひとつだけ……」
机の上の書類にペンを走らせ、溜め息を一つついたアルフレッド。
彼はまっすぐにジョン王の目を射すくめた。
「初代様が狙われると分かっていてアレックスを預けているのであれば、その真意をお聞かせ下さい。あの子を危険に晒してまで30年前の復讐をとお考えならば、以後一切の協力は出来かねます」
普段からは想像も出来ないほどの威圧感を発して、アルフレッドは王に迫る。執務室を動けないからこそ誰よりも家族を気にかける男の、それは絶対に譲れない一線であった。
息子の意図を察したジョン王もまた、彼の問いに真剣に答える。かつて父と兄弟たち、そして叔父がこうして意見を戦わせていれば、あの日を迎える事はなかっただろうと。
「……初代様がアレックスを選んだ真意はわからない。だが、私も初代様もこれ以上家族を失いたくないがために再び戦う事を決めたんだ。30年前の悲劇を繰り返さないようにね。アレックスにだって危険な真似はしてほしくないが、今はあの子が望んでいる事を応援したい」
「わかりました。アントニオは何かあるかい?」
「いや、父上と兄上がよく話し合ってくれれば、俺からは何もない。アレックスには辺境軍からそれとなく助けを出そう。それでいいか」
「よろしく頼むよ二人とも。お前たちが一丸となってくれるというなら、私も古傷を開いた甲斐があったというものだ……。 ああ、安心したら眠くなってきた。もうこんな時間じゃないか、私は部屋に戻るよ」
ジョン王は嬉しそうに膝を打つとのろりと立ち上がり、一同にもう一度「内密にね」と残してレイモンドとヤマガタを伴って部屋を出て行った。
部屋に残った者達にも緊張と入れ替わりで眠気が襲い、机の上の書類を束ねて片付けたアルフレッドが立ち上る。
「では、私たちも解散しようか。ガルシア卿、グレイセル所長、遅くまでご苦労だった」
「「は」」
「お疲れ様、兄上。毎日こんなに遅いと、義姉さんが心配するんじゃないか?」
「そう思うなら代わってくれてもいいんだぞ。私もたまには外に出て体を動かしたいよ……」
いつの間にか綺麗に片付けられた応接机を後にして、男たちはそれぞれの居場所へ戻っていった。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました




