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運命の夜 2

今日もはじまり、はじまり


 「ヤマガタ、もう一杯頼むよ」


 すっかり聞き入っていた一同を現在に引き戻し、ジョン王は少し肩を下げた。

 ヤマガタ煎れる茶が立てる香りを吸い込んで、深呼吸した彼は前のめりになっていたアントニオに微笑んだ。


 「心配ないよ。私はこうして生きている。レイモンドもね」


 「う、うっせえな!早く続きを話せって思っただけだ!」


 茶化された息子が背もたれに苛立ちをぶつけ終わるのを待って、ジョン王はゆっくりと続きを話しはじめた。





 


 格納庫の扉は重かった。昔は今みたいに動力式ではなかったからね、レイモンドと二人掛かりで分厚い金属の戸を精一杯引っ張ったよ。

 僅かに開いた隙間から私は中へ滑り込んだ。だがレイモンドは入れなかった。鎧を着ていたし、私が手を離したせいで扉が閉まりかけていたんだ。


 「ここで敵を食い止めます。王子は中へ、どうぞご無事で」


 また感情のない声に戻ったレイモンドが、扉を支えながらそう言った。私はその時になって、彼にまだ礼を言って無い事に気がついた。

 君は命の恩人だ、ありがとう。 軋みながら閉まる扉に向かってそう伝えたが、どうかな?聞こえたかなレイモンド? 存じませんか、君ならそういうだろうねぇ。


 私は閉まった扉に背中を預けて、薄暗い中に目が慣れるまで座り込んだ。ここから先は私一人だと思うと急に心細くなってね、先に逃げ込んだ誰かが自分の名前を呼んでくれやしないかと期待したんだ。

 実を言うと格納庫まで入ったのはあれが初めてだった。当時は本当に神殿というべき所でね、王族でも勝手に出入り出来る場所では無かった。特に私には用事のない場所だったし。

 何度か深呼吸しているうちに、整備機の放つ魔法光でも辺りの様子が見えるようになってきた。そして気が付いた、格納庫の中にも血の匂いが満ちている事に。

 もしかしたらここへ辿りついた人物が怪我をしていたのかもしれないと、私は震える膝に力を入れて立ち上がった。扉の前の戦闘跡を見れば、この場に匿われた誰かは王族に違いないからね。

 それが誰であったにせよ、私と同じように命を狙われた者なら敵では無いはずだ。そう考えて私は奥を目指して歩き出したんだ。

 

 目が見えにくいと人はいろんな事を考えるものだ。その日私はやっと、今何が起きている事に思案を巡らせることが出来た。敵は何者か、目的は何か、何故今夜なのか、そして初代様はなぜ動かないのか。

 全く答えが見えない問いは辺りを覆う闇の様だったよ。逃げ回っていただけの私には判断材料が少なすぎた。だが、レイモンドと駆け抜けた城内と穏やかな街の明かりを見る限り、これは王族だけを狙った暗殺だと確信した。

 他国の軍が攻めて来たんならこんな程度では無かっただろうし、そもそも予兆を見逃す筈はない。各領主の防備を素通りして王都に急襲をかける相手など、私にはちょっと思いつかなかったからね。


 そして気がついた。敵は勝てない、と。


 アルフレッドは察したか、そうだよ。王族を殺すだけでこの国は滅びない。初代様が居る限りその直系は絶えても、王国が無くなる事はないんだ。誰かが次の王に選ばれて、貴族や領主をまとめるだけだからね。

 そうなると敵の狙いと正体は……


 辿っていた血の匂いが濃くなって、私は初代様の玉座の前に辿り着いた。

 巨大な玉座に腰掛けた初代様は俯いていて、その身体から漏れ出す魔法光は消え入りそうな程弱々しかった。

 見上げても表情の見えない初代様の足下には頚から血を流して横たわる人物と、同じように服を血で汚した父がいた。片手に短剣を持ってね。


 「お前は……ジョン、か……」


 ゆらり、と私の方を見た父が短剣を取り落として膝から崩れ落ちた。

 慌てて駆け寄った私は父を抱き起こし、そして倒れていた人物が誰か何者かを確認した。初代様を模した白金の鎧を着た人物は、叔父上だった。


 それだけでその日の夜の事が全て腑に落ちたよ。


 父の双子の弟、フランクリンはこの国の英雄だった。アレックスの前の操者であった叔父上は父の方針の下で、全国を巡って初代様と共に戦い続けた、まさに王国の守護神だった。

 守護神の半身としても戦士としても傑出した人物でね、辺境軍など無い時代に領主の要請あれば西へ、魔獣が出たと聞けば東へ、森を拓くとなれば北へ。国内はもとより国外でもその活躍を知らぬ者は無かった。

 きっと誰かが彼を祭り上げて、父の代わりに王座に据えようとしたんだろう。急進的な父には反発もあったし、その不満を各地で解消していたのは叔父上だったからだ。開発によって頻度の増した魔獣災害には、必ず初代様が出向いて対処していたからね。

 人口が増え、産業が発達し、生活圏が広がっても、誰かを失った心の傷が癒える事はない。父は国を富ませた名君ではあったが、必ずしも人の心に寄り添う王では無かったと言う事なのだろうか。

 長い時間をかけて少しずつ積み重なった不満が最悪の形で、私達の身に降りかかった。それがあの夜の真相だったんだね。

 

 叔父上が格納庫にいた理由は明白だ。合身していれば叔父上一人で初代様を押さえ込む事が可能だからだ。もしかしたら合身して暴れようとした叔父上を、初代様が食い止めていたのかも知れないが。

 そこへ父が逃げ込んできた。叔父上にしてみれば一番の標的が現れた訳だ。だが合身したままではどうにもならなくて、それで降りて父と争ったのだろうね。

 結果は、うん、見ての通りだったよ。その日の反乱はそこで終わっていた。


 私は父の介抱をしながら初代様と過ごした。生まれて初めて初代様と直接口を利いた夜だった。

 王国のこと、父のこと、叔父上のこと、そしてその日に起こった事。一晩かけてぽつぽつと話したよ。

 初代様は打ちひしがれていた。自分の子孫の、血肉を分けた兄弟が争うのを目の当たりにしたのだから無理も無いことだったが、守護神として人同士の諍いには介入しない原則から、今夜の出来事に対して手を打てなかった事を悔いていらっしゃた。

 先にその原則を破って城を襲ったのは叔父上の方だったが、だからと言って初代様が父に肩入れする事も出来なかったんだね。人の世は人が治める、そう初代様が自分でお決めになった事を破っては、その身の置き所を失ってしまう事になる。


 『儂は……もう、戦わぬ……』


 最後にそう仰った初代様の放つ魔法光が消失してから間もなく、父と私はヤマガタに救出された。

 レイモンドとヤマガタが生き残った兵を再編して、城内の賊を一掃してくれたらしいね。夜が明ける頃には父も目を覚まし、悪夢の夜は終わりを告げた。

 116人、それが城内の犠牲者の数だった。その中には母と、私を除いた兄弟達も含まれていたよ、私達王族を守る為にそれだけの人間が殺されたんだ。酷い事だね、ああ、本当に、あの夜は悪夢だった。

 翌日の祭りもうやむやのうちに終わり、重苦しい王都の空気だけを残して人々は元の暮らしに戻っていった。 


 あれから父は変わってしまった。周囲の反対を押し切って進めていた開発には無関心になったし、無気力で厭世的になって、唯一生き残った肉親である私にも言葉をかける事が無くなった。

 反乱に荷担した貴族を淡々と断罪し、動かなくなった初代様に代わって辺境軍による王国防衛網を計画し、その完成を待たずに私に王位を譲ってこの世を去った。

 全てお前達兄弟が産まれる前の話だ。


今日はここまで 

お読みいただきありがとうございました。



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