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親心

今日もはじまり、はじまり


 「恐れながら」


 今までほとんど黙っていた白衣の男が、おずおずと二人の王子に申し出る。

 小太りの体に纏った白衣の上からでも分かるほど、びっしょりと汗をかいてこの場の緊張に精一杯踏みとどまる男はグレイアム・グレイセル。

 城内に併設された勇神の神殿、王立ゴーレム研究所の責任者にして王国随一のアーティファクト研究者であった。

 

 「グレイセル所長、何かね?」


 「か、彼女は、アザレアは私の知人の娘であり、私の娘の親友でもありました。確かに人並みはずれた頭脳の持ち主ゆえ理解者が少なく、しかし、あ、あの娘が七歳にして王立研究所に配属されてより、私も彼女を自分の子のようにして間近に見て参りましたが……」


 「前置きはいい、要点を話してくれたまえ」


 「も、申し訳ありません。その、何が原因で失踪したかは不明ですが、私の知るアザレアは良識的であり、愛国心の深い人物であったという事です。物静かで規律的、気難しく心を開く相手の少ない天才で間違いありませんが、異常者でも悪人でもない、それが彼女であります」


 二人の王子に目ですがりつくようにして、汗をふきふき不器用に語るグレイセル。

 

 「あれの親は我が子の才能を恐れ、アザレアを半ば投げだすようにして王立研究所に寄越したのです。聡い子でしたから自分の置かれた立場というのも理解していたのでしょう。これ以上居場所を失わないように一生懸命に、成果を出そうとしておりました」


 「グリーンハート夫妻は名うてのゴーレム技師ですな、現在は工業都市の王立工廠に勤務しているのを情報部が確認しております」


 「あれはそんな奴です。とにかくアザレアとの親子の縁は切れて、彼女は職務に打ち込む娘だったのです。勇神様の助けとなるべく研究に心血を注ぎ、特にあの馬車については並々ならぬ情熱をもって完成にまでこぎつけたものです」


 折しも勇神の休眠期。いや正確には眠っていたわけでは無いのだが、30年の間活動を休止していた勇神という存在を維持するのに、彼女は青春を捧げたのだ。

 機能不全ではなく、動く意思を失くした勇神を技術者として支え続ける事が使命であった研究所はこの30年、声高に言うものこそ憚られていたが、無為に予算を食いつぶすだけの存在と陰口をたたく者も少なくなかった。

 数百年単位で収集されたアーティファクトの分類と解析、そしていつ動くともわからぬ勇神の支援機の建造にはただならぬ予算を必要とたためだ。

 現行のゴーレム技術として市井に解放したものから得る僅かなマージンと、人造湖によって生産の安定した穀物から王家が捻出する資金、そして研究員の不休の働きによって今日まで維持された研究所は、人員の縮小と組織解体の危機を迎えた事も一度や二度では無かった。

 今日にこそアレックスの活躍が知れ渡った事もあって風当りも和らいだものだが、守護神としての役割を果たさなくなった勇神にコストをかけ続ける事に、疑問や反対を表する貴族があったのも無理のない事であった。

 そんな中でアーティファクトとゴーレムについての論文を次々に書き上げ、平行して先達から引き継いだ馬車を完成まで導いたアザレアの存在はゴーレム技術の発展のみならず、研究所という組織にも、王家や勇神個人にとっても得がたい人材として評価されていた。

 ほとんど親代わりとしてそれを見守ってきたグレイセル所長にとって、アザレアは一番に信頼した部下であり、自慢の娘であり、同時に尊敬する研究者であったのだ。


 「研究所から失踪した時の事は?」


 「わ、分かりませぬ。馬車が完成してから数日後、私の元に手紙を一通残しただけで……。内容はこれまでの礼が書いてあるばかりでした。慌てて部屋を見に参りましたがもぬけの殻ございました」


 「持ち物などは残されていなかったのだね」


 「はい、何もかも……ああ…いや…そうか……」


 何もかも、そう何もかもを持ち出して消えたのだ。

 彼が買い与えた家具も、彼の娘と街で買ったおそろいの髪飾りと服も、お気に入りの食器も、自身の研究資料も、白衣も、研究所の鍵も。

 青ざめていた顔が真っ赤になって、失踪したアザレアについて言葉を失った所長をガルシア卿が遮る。 


 「そこまでになされよ。これ以上は貴殿の立場を悪くするでヤンス」


 「いや、あ、う……」

 

 狼狽えてしどろもどろになるグレイセル所長を、執務机に肘をついて黙って見ていたアルフレッド。

 ヤマガタの煎れた茶を雑に流し込んだアントニオは、カップを丁寧に戻すとため息を一つついて兄に半眼を向けた。


 「……兄上、人が悪いぞ。今のはアザレアがやったって、所長に白状させたようなもんだ」


 「そうだね。グレイセル所長、我々はまだ彼女が事件に関与した証拠を得ている訳ではない。貴殿をここへ呼んだのは事件の夜、研究所に侵入した賊に心当たりがないかの確認のためだったのだが」


 耳心地良い声でいつもの様に柔らかく、しかしその芯には底冷えするほど冷徹にアルフレッドは命じる。


 「ヤマガタ、彼を拘束したまえ。残念だがアザレア博士の所在が掴めるまで、所長には目の届く所にいて貰わなければならない」


 「は」


 「その必要はないよ」


 ぐったりと脱力したグレイセル所長にヤマガタが近づこうとした時、扉を開けてそう声をかけたものがあった。


 「遅刻だぞ、父上」


 王太子たるアルフレッドの部屋をノックもせずに開けたのは国王ジョン。

 彼はアントニオの小言に片目を閉じて見せ、鎧姿の老人を一人伴い眠そうにのそのそと部屋の中に入ってソファーに腰かけた。


 「来ただけましだよアントニオ。しかし何故止めるのです?所長がすべてをつまびらかにしていれば賊が王都を離れる前に手配できたかもしれないのですよ」


 「アルフレッド、そう意地悪を言わないでくれよ。彼だって人の親、時には目が曇ることだってあるさ、なァ?」


 「……」

 「返す言葉もございません、でヤンス」


 国王は深く頭を垂れたままのグレイセル所長とガルシア卿を交互に見て、口元の髭をつまんで持て余す。

 鎧姿の老人は黙したまま、剣をヤマガタに預けて国王の斜め後ろに控えた。

 

 「二人とも楽に、ここは公の場じゃあないんだ。ああ、ヤマガタ、私にも一杯淹れてくれないか。久々に歩いたら喉が渇いた」


 「陛下」


 「何だいレイモンド、君も飲むかい?ヤマガタがアレックスの屋敷へ行ってからというもの、妻たちが淹れてくれるんだがこれが何ともねぇ。いや、不味くはないんだが褒めないと機嫌を悪くするし……んー、旨い! そうそう、気を遣う訳だよ」


 向かいに座ってくつろぎ始めた国王が、鼻を鳴らして茶を楽しむ。

 その空気を読まなさ加減に下唇を尖らせたアントニオが、眉をひそめて噛みついた。


 「さっさと兄上の質問に答えろボケ親父。今の話を母上達にばらされたくないんだったらな」


 「おお怖い、何時からそんな奴に育ったんだいアントニオ。でもいいや、私だって平穏な家庭に波風立てたい訳ではないから答えてあげよう。実はね、初代様の復活はこれから訪れる国難に挑む為に私が御膳立てして演出したものだ。そこに偶然とはいえ王家ゆかりの技術者と貴族の子弟が関与していると世間に知れては、少々その、邪魔なんだねこれが」


 真面目なのかふざけているのか、ジョン王はカップに映る曲がった景色ごと一口で熱い茶を飲み下した。


今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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