家出息子
今日もはじまり、はじまり
陽が落ちてより数時間、もう動くものの気配がしなくなった王城にあってただ一室だけ明かりが灯る窓があった。
城下を見下ろす位置にあるその部屋は王太子アルフレッドの執務室。王に代わって王国の政務を行う、アレックス兄妹の長兄の仕事場である。
「さて、始めようか。待たせて悪かったね」
いつものように執務机で書類仕事をしていたアルフレッドがペンを置き、部屋の中に集まった者に声をかける。
彼の前には応接ソファーに腰かけたアントニオ第二王子、部屋の入口に執事姿の老人、そして顔を真っ青にした初老の貴族と白衣を着た小太りの中年男がいた。
「「……」」
顔を上げたアルフレッドの視線から逃れるように白衣の男が下を向き、体格の大きい貴族は口を横一文字に結んで息を飲む。
今この時この場所で始まるのは、先の王都連続ゴーレム騒乱事件の報告。ヤマガタの部下が集めた情報による審問会でもあった。
「兄上、父上がまだだ」
「……ふぅ、これは忘れているな?まぁいい、進めてしまおう。ヤマガタ」
こめかみを押さえて溜め息をついたアルフレッドは、扉をふさぐように立ったヤマガタに促す。
優雅に、しかし素早く懐からメモ帳を取り出したヤマガタは片眼鏡越しにそれを読み上げ始めた。
「は、過日の事件に関わった人物の特定が終わりましたので報告いたしますがその前に、一件目の強盗事件は行きずりの者の犯行です。よって本日の報告は主に二度目の騒乱事件、特に王立研究所に侵入した盗賊についてのものとなります」
器用に白手袋をはめたままページをめくるヤマガタが、初老の貴族と白衣の男をちらりと見やる。
たったそれだけの事に白衣の男はびくりと震え、初老の貴族は眉間に力を入れて鼻から長く息を吐いた。
「先生、それはおかしい。一件目の強盗は騎士団到着前に商店を解体した手練れだったと聞いている。少なくとも入念な計画のもとに、熟練の操者が起こした犯行であると言われた方がしっくりくる」
「ごもっともですアントニオ様。しかし犯行に使われた建機ゴーレムは当日になって船で南部に移送する事が決まり、倉庫街から港湾地区へ移動中に奪取されたものです。賊の腕が良いのは確かですが犯行自体は突発的なものだと、複数の証言からもそう考えて間違いありません」
「私に上がって来た騎士団の報告からもそう読み取れるね。では二件目について聞こうか、続けてくれたまえ」
辺境軍の司令としてゴーレムを率いるアントニオはまだ納得いっていないようだったが、兄の落ち着いた声に促されてソファーに座り直した。
「二件目に使用されたゴーレムは書類上は昨年解体されたはずの運送用でした。元の持ち主はクイン&ギャレット運輸。半年前に経営が傾き廃業するにあたって、該当ゴーレムも廃棄の手続きを行っております。現在はゴーレムを引き取った業者とその関係者の洗い出しを行っておりますが……」
そこで言葉を止めたヤマガタに、初老の貴族が苦し気な表情で俯く。
彼は大きな体の奥から搾りだすようにして、低くかすれた声を出した。
「気遣いは、無用でヤンス」
「では。この運輸会社を買収し、ゴーレムと輸送ルートを手中にした商会に強盗とおぼしき人物が複数回出入りをしております。そのうち一人は王都で荒事を生業とする魔法使いで名前をワッジ、姓は不明。もう一人は……ガルシア卿のご子息ザッカード殿だと思われます」
「参ったね」
「先生!それは……」
「馬鹿な!」
ヤマガタの報告に今まで黙っていた白衣の男さえも声を漏らす。
一同が落ち着くまでの時間を飲み込んで、初老の貴族は血が出るほどに唇を噛みしめ、アルフレッドに向かって深々と頭を下げた。
「父祖より王家にお仕えして400年、まさか自分の代でこのような不始末……釈明の仕様もないでヤンス。もはや王にも先祖にも会わせる顔がございませぬ。かくなる上は草の根分けてでも愚息を探し出し、御前にて諸共に頸を刎ね果てる事こそ報恩のただ一つ残された道でヤンス……」
しわがれたように、しかし力のこもった声で謝罪を述べるガルシア卿。彼からは隠しきれない程の怒りと殺気が、重く染み出すように垂れこめた。
「ガルシア卿、落ち着きたまえ。王家はこの一件にて卿の不忠を疑っているものではない。貴殿の家系を紐解けば王国開闢以来の名門にして、その源流は初代様に仕えた建国五剣の一人。また父に聞きし所によれば卿個人も30年前の事件以前から古株の王権派、我が母の輿入れを護り貴族連合の急進勢力を押さえた実績もある。ザッカード君の行動にも何か理由のあるものであろう」
「そうだろうな、ザッカードならオレも面識がある。10年は前だが先生の所で剣の試合をした事があったが、人柄が良くて腕の立つ男だったな。暇にしているなら辺境軍に欲しい位だ」
「勿体ないお言葉でヤンス。しかし愚息はもはや我が一門を離れ放蕩を繰り返しました故、今は親類より養子を向かえ跡取りとして進めておる所でヤンス。どこぞで野垂れ死んでくれれば良いものを、まさか、こ、こ、このような……」
我が子とそう歳の変わらない王子二人が取りなす程に、君恩を裏切った息子が情けなく思えたガルシア卿はそこまで言うと言葉を詰まらせ、指の関節が真っ白になるまで拳を握り締めて天を仰いだ。
「あれは貴族でありながら魔法が使えず、また我が家系が連綿と受け継ぐこの言葉使いが原因で家を飛び出したのでヤンス。初代国王より賜った聖命、「語尾にヤンスを付けろよ」は我が一族にのみ許された誇りでヤンス。それなのに……誠に申し訳ないことでヤンスが私では今愚息の居所も掴めませぬ」
そう言って窓の外を見るガルシア卿の眼は窓の外の夜より暗く悲しみを湛え、張り詰めたものが抜けきったように肩を落とした背中には流せないまま呑み込んだ涙の重みがのしかかる。
「ありがとうガルシア卿、聞きにくい事を良く話してくれた。ヤマガタ、強盗と繋がりのある商会については?」
「ここ数年で業績を伸ばしてきたセージ水運ですな。大河を利用した王国内の運送を主とする商社ですが、昨年から荷揚げと陸運も自社でまかなうとして幾つかの商社を吸収、拡大を続けております」
「ふむ、名前は聞いた事があるな。組合の力が強い業界でよくやるものだ、トラブルの多い所かね?」
「いいえ、それが全く。私も荒事の為にガルシア卿のご子息を雇い入れたのかと思いましたが」
「全く?」
「全くです。革新を嫌う業界ですからな、口に金貨を詰めて黙らせるが如きやり方でも、力技でも何かしらの反発はあるはずなのですが」
重苦しくなった部屋の空気の中でアルフレッドの質問に答えるヤマガタ。彼だけは時計のように粛々と自分の仕事をこなすのみ。
「このような動きが王都のみならず南部の漁師組合、西部の試験工業都市などでも見られます。そして複数の案件に関わっているとおぼしき人物が、この資料にありますアザレア・グリーンハート博士です」
いつの間にか応接テーブルに用意された茶器と、その横に人数分並べられた書類を示すヤマガタ。
今回はメイド隊の姿も見えず、彼が塞ぐように立っている扉が開かれた様子も無い。
「美人だな、この女」
一枚目に留められた似顔絵を眺めて、アントニオが眼を細める。
「そうじゃないだろうアントニオ。ヤマガタ、この人物は確か……」
「ええ、4年前まで王立研究所に在籍していた技術者と同一人物です。神童、天才、ゴーレム技術の申し子などとも呼ばれ、勇神様の調整とブレイブキャリッジの建造を担当したのち突如として行方を晦ませました。情報部としては国外にゴーレム技術を持ち出す恐れがあるものから、特に国境の監視を密にしておりましたが国内に潜んでいようとは」
やられましたな、と表情一つ変えずに返すヤマガタ。
彼の配下である情報部は王家、ひいては王個人直属の特務機関。忠誠心も錬度も高いが手が足りないのが目下の彼の悩みであった。
じりりと明かりの灯が燃えて、窓に映る王都の夜は深まってゆく。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました
遅ればせながら新元号の発表がありましたね
「令和」親しみやすく響きも美しい、素晴らしいものだと思います
新しい時代に皆さまの幸せが待っていますように。




