天才
今日もはじまり、はじまり
遺跡鉱山の内部、アザレア博士が篭もりきりになって作業を続ける開かずの間が開かれたのはつい昨日。
ルシルが捕縛もとい保護した元強盗二人を伴って彼女の部屋を訪れてから7時間後であった。
呼べど叩けど応答のない扉に挑むおかっぱ頭の少女に、どこか生暖かい同情を含んだ視線を向けた強盗たち。
それに気づいてへそを曲げ、指揮所に戻るルシルに置いて行かれた強盗達を廊下に立たせたまま、博士の部屋は例の如く半日に一度の食事の時まで全く応答がなかった。
哀れ槍を持った兵士に囲まれたまま身動きの取れなかったワッジとザッカーは数時間の間、薄暗い廊下で直立不動を強いられたのである。
「あら、来たの」
「へい、遅くなりやした」
「お久しぶりでヤンス」
頭をがりがりとかきながらやつれ顔で扉を開けた博士の第一声は短く、それに応えた二人の返答もまた淡泊。
そのやりとりを見た兵士たちは怪訝な顔をしながら、アザレア博士の振る手に散らされて持ち場に帰っていった。
「入ってなさい、私は何か食べて戻るから。中にあるものをうかつに触らないように」
書類の束を小脇に抱え、猫背のまま廊下へ出ようとした博士に、薄毛の中年男が眉をしかめて声をかける。
「姉御、その、女にこんな事言いたかぁねえが、ついでに風呂に入って来なさった方がいい」
「そう?」
いつから同じ服を着ているのか汚れと油にまみれた彼女の白衣は黄ばみ、長く美しかった頭髪も何度もまとめ直したせいであろう、鳥の巣のようになって高く渦を巻いている。
つるりとした顔の頬はこけて充血した眼の下には濃いクマをつくり、荒れた肌と乱れた髪は元が美人なだけに尚更の凄みを持って、相対するものを威圧する有様であった。
「自分も同意見でヤンス」
鼻をつまんでこくこくと頷く金髪の大男。
「……そう。そうね、そうするわ」
自分の襟元に形の良い鼻を寄せて匂いを確かめた博士はぼんやりと天井に視線を泳がせ、二人を見るとそれだけ言い残して廊下を歩きだす。
不気味な魔法光が走る遺跡鉱山の内部は彼女の背中を呑み込むように、どくりと一つ脈を打った。
「あの様子だと部屋の中もたいがいだろうなぁ」
「でも勝手に掃除したら怒られそうでヤンス」
「そうだな、俺ぁちょっと横になるぜ。姉御も時間がかかるだろ、お前ぇも休める時に休め」
「兄貴がそう言うなら……ここは昼か夜かもわからないから健康に悪いでヤンス」
博士の背中を見送ったワッジとザッカーは思い出したかのように訪れた眠気に抗いながら、研究室の扉へと入って行く。
その先に人が寝そべるスペースなどありはしない事を、二人はまだ知らないままであった。
「……で、こやつらをここに招いたという訳か」
「そうよ」
ワッジの言う通り風呂に入って来たのであろう、うっすら濡れ髪のアザレア博士が領主に答えた。
壁際に二人座り込んで眠ってしまった二人の男をそのままに、博士は手に取ったアーティファクトを光にかざして忙しなく反応を確認し、何事かメモ紙に書きつけて貼り付ける。
「貴様の働きで計画が大いに動いた事は感謝しておるが、いたづらに部外者を引き込む事は認められん。この場所を知る者が増えるとそれだけ危険が増すのが分からないではあるまいな」
不機嫌さを隠さないドライスタ候は薄汚い部屋に顔をしかめ、自分の前で眠りこける二人組と研究に夢中な博士を交互に睨んだ。
「娘の報告を聞いても信じられなかったが、この遺跡の活性化さることながら、貴様の変調が最も激しいように見えるぞ」
「ネコを被るのをやめただけよ。今の私は経営者ではないもの、王都の研究所にいた時はこんなんだったわ。 それとも何?私が狂っているとして療養期間でもくれるのかしら?」
「その言葉、どこまで信じたものか」
「その二人の事なら私が保証するわ。あんたと組む前から勇神と戦っていたウチの天才操者なんだから」
「天才……だと?」
アザレア博士の意外な言葉に、領主は目を剥いて反応する。
神童だ、天才だと称賛を欲しいままにして育ってきたであろう博士が認める天才とは、一体どちらの男なのであろうか。
「薄毛中年は思いつきで建機ゴーレムを盗んで強盗を働いた魔法使いよ。その前はただの破落戸だったみたいだけど、初めての操縦で三階建ての商店を解体し、騎士団に囲まれながら勇神と戦闘したの」
「馬鹿なっ!」
「本当よ。その後も私の用意した輸送用の重ゴーレムで大勇神と渡り合い、つい先日は人造湖の底を潜水ゴーレムで調査してきたの。『何の訓練も無しに』、『ゴーレムの種類を選ばず』、『あらゆる場所で』、『勇神と戦って生還した』。これを天才と言わずにして何というのか、いい言葉があれば教えて欲しいわ」
相変わらずアーティファクトをの反応を確かめながら、アザレア博士はしずくの垂れてきた髪をうっとおしそうに手でかきあげる。
ドライスタ候は信じられない物を見るかのように表情を無くし、壁際で寝息を立てる男たちを指さした。
「もう1人も、そうか?」
ゴーレム乗りはすべからく魔法使いだが、魔法使いであれば無条件にゴーレムを乗りこなせる訳ではない。
コアを介して自身と感覚を同調させ、まったく異なるゴーレムの身体を操るには大変な訓練を必要とするものである。
近年は軍や騎士団でさえ操者に負担の少ない設計が主流となりつつあり、アイリスの駆る401式などは貴重なゴーレム乗りの消耗を防止するため、徹底的に人体構造を参考にして開発が進められたのだ。
特に人型以外のゴーレムを操作しようとする魔法使いには、モデルとなった生物に自身を重ねる非常に特異な感覚を許容できる精神構造が要求される。
牛なら牛に、蟹なら蟹になりきって尻尾や角、ハサミや四肢以外の脚まで認識して自在に操作する事が出来るのは、変人の多い魔法使いの中でもほんの一握り。
その上でゴーレムの動作によって発生する振動や慣性に耐えるタフネスと、正確に業務、彼らの場合は犯罪計画だが、それを遂行する知性教養まで併せ持った人物がこの歳になるまで世に埋もれている筈がない。
まして勇神と戦ってその都度生還するなど規格外を通り越して英雄の域であり、そのような人物が二人もいるなど伝説か、おとぎ話でも存在しない荒唐無稽の笑い話なのであった。
「ああ、金髪マッチョは薄毛中年の舎弟で魔法の生徒、だったかしら。料理が上手くて雑用に使えるの」
「ゴーレムには」
「さあ?いつも二人で乗ってるけど、操作してるのは兄貴分の方よ。 ただ、顔を見ればあんたでも知ってると思うわ。何でこんなところに居るのかは知らないけれどね」
「王都の者か。見当がついているということは裏も取ったうえで雇っておるのだろう、我が何か言うべきものでない事は理解した。 貴様の考えはつまり……」
「ええ、古代ゴーレムを扱えるのは彼らだけって事よ。剣神だけはあの娘の為に調整してるけれど、これ以上の進展には実戦データが欲しい段階に来てる」
「あれには難航していると聞いたが」
「発掘は終わったわよ。ただ操縦系の基幹部分が勇神のコアを受け入れないのよね、何度やっても機体の方から拒否されるの、まるで意思があるみたいに」
アーティファクトを置いて傍にあった書類の束を掴み、ばらばらとめくる博士。
すっとした眉が困ったように歪められ、持ち上げられた髪がまたはらりと下がる。
「そうか。貴様が乱心した訳でない事が分かっただけでも良かったが、好きなだけ時間をかけろと言えるほど我に余裕がある物でもない。そこで近日1人ここへ寄越す。ゴーレムに詳しい奴ではないが古い知識に長けるのでな、何かの役に立とう」
「そう。使うかどうかはこっちが見て決めるわ。古代ゴーレムの試運転も勝手にするけど?」
「構わぬ。ここから出さぬようにすればそれで良い。我はまたしばらく領地を離れるのでな」
「貴族連合の切り崩し? 魔獣の食害を援助する名目で、あんたに協力を申し出る相手がラブコールでもくれたかしら?」
「穴倉からでもそこまで読むか。当たらずといえども遠からず、ここから事が加速する一方になる。貴様も急げよ」
そう言ってドライスタ候は踵を返し、壁際の二人をちらりと見ると、来た時と同じように大股で部屋を去って行った。
アザレア博士は扉が閉まる音を後ろに聞いて、また別のアーティファクトを手に取る。
(今はお休みなさい。すぐに私が最高のゴーレムを用意してあげる。それで、きっと勇神を……)
風呂に入れ、と、最高のタイミングで自分を取り戻す忠言をくれた部下に報いるため、博士は深く研究に没頭するのであった。
ハゲは有能
今日はここまで
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