森の中
今日もはじまり。はじまり
「あれが……勇神……!」
梢に隠れるようにしたゴーレムの頭に乗って、双眼鏡を覗いていたルシルは思わず声を漏らした。
四機いるはずの領軍はルシル機の他には一機のみしか見えず、森に潜んで勇神と魔獣の観察をしていたようだ。
木々に紛れる迷彩を纏った領軍のゴーレムは辺境軍と規格を同じくするもの。
しかしながら各領主の配下にある領軍は良くも悪くもその地域性に合わせたカスタムが施されるもので、彼女等の機体は魔獣の森内部でも機動性を損なわないよう突起の少ない装甲を採用し、関節には魔法光の漏れを防ぐカバーまで掛けられた、森林地帯での隠密性を追求した特別仕様。
直線と凹凸の多い無骨な辺境軍機に対しドライスタ領軍機は装甲が丸みを帯びて、骨太なシルエットながらその姿はまるで忍者か暗殺者のようだ。
「いかがします?例の巨大形態を観察する事は叶いませんでしたが」
側に潜んだ領軍の兵士が、自分のゴーレムの頭部から指示を仰ぐ。
「……それは開発者である彼女に訊けば良いでしょう。この場の目的である、現在の勇神の戦闘力を測る事は出来ました」
人形のようなルシルは淡々とゴーレムの頭部を移動して操縦席に足をかけた。
「はっ! しかし、あの女は一体何を企んでいるのやら……遺跡鉱山の震動は激しくなるばかり、古代ゴーレムの復元がこれほどの影響をもたらすものでしょうか」
森の深部にそびえる山々をちらりと見て、兵士はぼそりと呟く。
水を得た魚がさらに酒と翼を手に入れたかのようなアザレア博士は鉱山に到着してより殆ど睡眠を取らずに古代ゴーレムの研究に没頭し、遺跡は彼女が到着してより数日で不気味な震動が断続的に発生するようになり、昨夜からは内部の壁面にまるで生物の血管のような魔法光が走る変化が起きた。
内部の職員や研究者も博士が何をしているか聞き出すことも出来ず、最近は半日に一度食事の為に部屋から出て来る彼女が投げて寄越す資料の束をもとにして、古代ゴーレムの改装を行うだけの手足となっている。
異変は外部にも感じられるのか近隣の生物はざわめき、ゴーレム乗りである魔法使いの中にも不調を訴えるものが出始めていた。
「口を慎みなさい……!貴方は父上の為される事に疑いを持つのですか?」
「も、申し訳ありません!!」
人形のような少女にしては珍しく、怒気をはらんだ声に叱責されて兵士は青ざめて頭を下げる。
「まぁ良いでしょう、周回している二機と合流して森を出ます」
「了解しました!!」
装甲と同じく凹凸の少ない身体を操縦席に滑り込ませ、ルシルはゴーレムを立ち上げる。
森に留まっていたことを勇神に咎められたなら、地中に潜った土甲熊を捜索していた事にするのだ。
配下を二手に分けて森を移動させ魂を感知する勇神の特性を欺く準備はして来たし、アレックスと勇神の通信能力も物見を抱き込んで戦場の情報を全てコントロールしている彼女には何の脅威でもない。
土地勘のある人間、地形に詳しい者は全て領内出身者。彼女らが一時姿をくらましたとてこの場を担当している物見に偽証させればそれで済むのだ。
(全て順調。父上の悲願の成就、私の命はそのためにある……なのに何でしょうか、この、胸のつかえは……)
昨日の会議で船をこいでいたアレックスの間抜けな寝顔を思い出し、強く拳を握ってルシルはゴーレムを立ち上げた。
守護神の絶大な威力、そしてその存在意義について何もわかっていないであろう能天気な少年は、昨夜からどうにも彼女の心を乱してやまない。
いら立ちか、羨望か、それとももっと別のか感情か、ルシルはその正体に気付けないいままである。
「……魔獣の異常行動が土甲熊のせいだと、皆が勘違いしているうちに移動を……ん?」
偽装を解いて森の中に一歩踏み出した彼女のゴーレムの視界へ、同じ型のゴーレムが二機、手に男を捕まえて近づいてくるのが見えた。
1人は薄毛の痩せた中年男、そしてもう一人は短く刈り込んだ金髪の大男。二人は首根っこを掴まれた子猫のようにだらりとぶら下げられ、こちらに向かって力なく手を振っている。
「いやぁどうもどうも、姐御に会いに来たらこんな場所に迷い込んじまってなぁ、助かりましたぜ」
「アニキが先走って森に入るからでヤンスよ。いくら方角が合っててもこの軽装では無理があったでヤンス」
この状況にあって二人の不審者は、ゴーレムに囲まれていてもどこ吹く風といわんばかりにして落ち着き払っている。
「……この者達は?」
「は、森で捕縛した不審者です。遺跡の事を知っておるようで、当人たちはアザレア博士に呼ばれたというものでやむなく……」
「今日この時うかつに始末すれば勇神に魂を喰われこちらの計画が漏れるやもと、ご指示を仰ぐために予定を早めて合流した次第です」
「はぁ、いい判断です」
「渡りに船ってなぁこんなのを言うんだろうなザッカー。なんかでっかい魔獣に出くわすわ、歩いても歩いても先が見えねえわで散々な所だったんでさぁ」
「魔法を撃つアニキを背負って走るのは大変だったでヤンスよ……はっ!これは博士に特別手当をもらうチャンスなのでヤンスか!?」
ごちゃごちゃと喚く男たちを前にしてあの女は何を考えているのか……そう口から出そうになったルシルはゴーレムの中で溜め息をつき、二人を受け取ると隣のゴーレムをジト目で一睨みしてから森の出口とは反対側に機体を向けた。
これもまた父ガイアスの計画のうちなら、 彼女の勝手にこの男たちを処分することはできないだろう。億劫だが博士に面通しをしてもらって、大急ぎでアレックスのいる指揮所へ取って返さねばならない。
どうやって作業にかかりっきりのアザレアを素早く部屋から引っ張り出したものか、移動中に良いアイディアが浮かぶと良いのだが。
「あなたたちは適当に森から出なさい。私は彼らを遺跡に運んでから戻ります」
「「「はっ」」」
「なんだなんだ、今度はこっちのゴーレムに交代かい? まあ、姐御の所に運んでくれるなら何でもいいんだが、もうちっと揺らさねえようにだなぁ」
「自分はこの格好眠くなるでヤンス。なんかこう、落ち着く感じが」
「……うるさいですね」
両手にぶらぶらと破落戸を下げて、少女の操るゴーレムは暗い森の奥へと速足で進み始めた。
今日はここまで。
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