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王城2

今日もはじまり、はじまり


 「あら~!モニカちゃんじゃないの~? やっぱりモニカちゃんだわ!」


 アレックスが報告に向かったあいだ、アルフレッドの執務室外の廊下でぽつんと立っていたモニカは、ここ一番で苦手な相手に見つかった。


 「オフィーリア様、今日もご機嫌麗しく……っわぁ!!」


 幾人かの侍女を連れ、廊下を通りがかった妙齢の美女は、豊かな金髪を靡かせて走り来ると、豪奢な青いドレスからこぼれんばかりの胸をモニカの顔に押しつけて抱きついた。


 「んも~ぅ!来てるなら教えてくれても良いじゃないあの子も! あらあら!今日はおめかししてるのねモニカちゃん可愛いわ~!!」


 「うがががぐぉぉ もがもが」


 手足をばたつかせて暴れるモニカを抱きしめたまま、ぶら下げて歩き出す彼女はオフィーリア第一王妃。

国内最大派閥の筆頭である公爵の娘で、国王ジョン・ダグムの妻である。


 「っつっぷあ!!王子!モニカは……むぐむぐぐ! ここを離れる訳には……ぐふぅ!」


 空を掻く手足の軌道が振り子のように、次第に狭く鈍くなるモニカ。


 「サラ。アレックスちゃんが出てきたら案内頼むわ~」


 「かしこまりました」


 侍女の一人をその場に残し、ウキウキと歩き出すオフィーリア。

 体格差から踏ん張る足場を奪われたモニカは抵抗むなしく締め落とされ、豊かな胸に挟まったまま廊下を連行されていった。



 


 


 「おやめくださいオフィーリアさま。こんなのやっぱりおかしいですよう……」


 「ウフフフ、そんなこと言って、あなたのここはこんなになってるのに……?」


 「くっ、それは……」


 王城の一角、王族のプライベートルームが並ぶ居住エリアにて、ドアノブを握ったアレックスは、耳まで真っ赤になって動けなくなった。

 侍女に案内されてモニカの後を追ってきた彼は、部屋の中から聞こえるただ事ならぬ艶声に、その意味はわからないながらも足を止めて聞き入ってしまったのだ。

 へそに力が入り、膝の上のあたりがムズムズとする。

 モニカを連れ戻さねばならないのに、肩に入った緊張が指の動きを邪魔して先へ進めない。


 「あらあら真っ赤になっちゃって、我慢しても後でつらくなるのは貴女なのよ?」


 「んひぃ! く、くすぐったいです! あ、あの、やっぱりあたし戻ります……!」


 「ふふふふ、お前達、抑えておきなさい! この薬を塗れば貴女も素直になるでしょう? ふふ」


 「ああっ離して……!! ひゃっ! 何これ!?冷たい!  ……んあぁっ」


 「動いちゃ駄~目、アレックスが悲しむことになるわ うっふっふっふっふ、ほぉら、こんなに火照ってきたわよ……」


 「っつ!! お、王子…… うぅ、モニカはピンチですよう」



 (少しだけ、覗いてみようかな……)


 アレックスは内股になった膝をもじもじとさせながら、喉まで跳ね上がる心臓の鼓動を片手で押さえた。

短く唇から漏れる吐息は体温より熱く、力を取り戻した指先が慎重にドアノブを回そうとしたその時。

 

 「アレックスではないか!!」


 「きゃっ!!」


 突如後ろからかけられた声に、アレックスは腰を抜かさんばかりに驚いた。

 何かとんでもない悪事を見とがめられたかのような面持ちで、背後に扉を隠しながら振り返る。

近くに控えていたサラが、笑いを堪えながら半歩下がり一礼した。


 「ん? 何をしているのだ、オフィーリアに用があるなら入ればいいでないか」


 赤い男性物の服に身を包んだ、迫力ある女性が立っていた。

背丈はアレックスとそう変わらないが、骨太のトランジスタグラマー。

おかっぱに切られた黒髪が気の強さをそのまま現している。


 「ガブリエラ母様」


 ずいずいと歩み寄る第二王妃ガブリエラ。

 アレックスの兄姉の母であり、隣国王家の一族の中でも武闘派の名門からジョン国王に嫁いだ女傑であった。


 「おいっ!オフィーリア!!アレックスが来てるぞ!!」


 「あっ…」


 大股で扉の前に来たガブリエラは返事も待たずにドアを大きく開け放つ。

アレックスの止めるのも間に合わず、扉の奥の秘戯は少年の眼前へとその全貌を明らかにする。


 部屋の中には逃げ出せないよう侍女達に押さえられて、椅子に座ったモニカのうなじに、軟膏を塗り込んでいるオフィーリアがいた。  

 

 「んもう 日焼けはお肌の大敵なのよ~? モニカちゃん若いからって油断してたら後悔するんだから~」


 「うひゃぁ!! その薬めっちゃスースーするんですよう!! もういいじゃないですか!  あひゃひゃひゃ!!」 

 

 「なんだ、犬もいたのか。おもしろそうだから私にもやらせろ」


 ずかずかと部屋の中に入り、自然に騒ぎに混じるガブリエラ。

オフィーリアから軟膏を受け取り、両手の指に取ってねりねりすると、髪をアップにされて主張するモニカの耳を責める。


 「っひいぃ!! あっ穴の中は焼けてないです!!王子!!助けて下さいよう……!」

 

 アレックスが立ち呆ける中、モニカの受難は二人の王妃が満足するまで続いた。






 久しぶりに親子で昼食を済ませ、アレックスとモニカが帰りの馬車に乗ったのを見送った二人の王妃は、どちらもその場を動かずにいた。

 背の高いオフィーリアに、下からガブリエラの声が掛かる。


 「元気そうで安心したか」


 「そうね。まだ少しあるけど、モニカちゃんが来てからだいぶ明るくなったみたい」


 小さくなって行く馬車の後ろ姿が角を曲がって見えなくなると、二人も王城に入るため歩き始める。


 「思慮深いのはアイツ譲りか。ふん、まだガキなんだから、どーんと甘えて来れば良いものを」


 「みんなが貴女みたいには行かないのよ~。勇神様の半身となって、アレックスちゃんの周りは環境が変わり過ぎたもの。仕方ないわ」


 「それで犬にちょっかいをかけたのか、悪手だぞオフィーリア。アレックスと遊びたいならそう言うべきだ、家族なら」


 歩幅の合わない二人だが、進む速度は同じ。

直球の指摘に、オフィーリアは金髪を揺らしてへらへらと笑う。


 「最近みんな自分の仕事に一生懸命じゃない、親としては嬉しい限りだけどね~ 子離れって難しいわ。 貴女は淋しくないの?」


 「このタヌキめ。あの筋肉達磨は可愛くなくなったから知らん。それよりお前のアルフレッド、なんで私が起きる前に書いた手紙で今日着る服の色が判るんだ、キモいぞ」


 日傘の下で顔を背け、口が悪くなるガブリエラ。

肝心な所で天の邪鬼になるのは同じ。

何もかもが対象的な二人だが、似たもの同士でもあった。


 「今朝の手紙ならアントニオちゃんの帰還予定を教えたかったんじゃない あの子は寂しがり屋さんなのよ」


 「母子揃ってめんどくさいものだな」


 「貴女の子供でもあるのよ、そういう約束」


 日陰に入って日傘を閉じる。

急に変化した明るさに、目が慣れるまで互いの表情が見えない。


 「そうだ。みんな私たちの子だ」


 5人のきょうだいは、二人で育てる約束。三人だった后の、ずっと昔の約束。


 「それに今日のはヤマガタが悪いわ、モニカちゃんに御者をさせるなんて!!」 


 空気を変えようと、オフィーリアが明るい声を出す。


 「そうだった、どうせアレックスと並んで歩くのだから、犬に日傘を持たせればいいのだ。これは奴の落ち度だな!!」


 「でしょ~? 帰りには持たせたけど、あんな気が利かないなんて信じられないわ~!!」


 話が暗くなるときは、共通の敵を作るにかぎる。

いつもは良人のジョンがその対象だが、今日はその限りではないようだ。 

今日はここまで。次回「王子と勇神」

お読みいただきありがとうございました。

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