土甲熊
今日もはじまりはじまり
「っ、これは……」
粗方の魔獣を掃討し終わり、辺境軍のゴーレムが討ち果たした刃角鹿を並べて血抜きをはじめた戦場跡で、機体の中まで入り込んで来た血の匂いにアイリスは思わず顔をしかめた。
「大丈夫ですか姫様?我々は慣れた物ですが、王都では中々見ない光景でありましょう。少し離れてお休みになりますか」
アイリスの隣で魔獣の死骸を運搬していたゴーレムから心配そうに声をかける辺境軍のゴーレム乗り。
「それには及ばない。騎士団の相手は犯罪ゴーレムだけではないのだ、こんな事で音を上げていてはいけない」
「はっ! 差し出がましい真似をいたしました」
「いや、気遣いには感謝する。さっさと片付けて戻ろう」
アイリスのゴーレムが作業を再開する川辺で、勇神はアレックスのいる小高い本陣の方を向いて通信を繋げていた。
『アレックス、此方では22頭を仕留めた。戦果としては上々じゃ。まだ日は高いゆえ追撃も出来ようが、ゴードンの指示を聞かせてくれい』
散り散りに逃げ去った刃角鹿が再度群を作るまでには年単位の時間がかかるだろう。
畑を荒らされた領民が冬を越すには充分な毛皮と肉も得られ、勇神は守護神としての本懐を果たし静かな満足感を得ていた。
「うわぁ、そんなに!? どうもおつかれさまでした。えーっと、ゴードンさん、ええ、はい、はい……あのあの、そこに回収隊を送るので、魔獣を運ぶの手伝って戻って来て下さいとの事です」
『左様か、では暫くこの場に留まる。お主も良く働いたのう、疲れは無いか?』
「大丈夫です。姉様やルシルも怪我はないですか?軍の皆さんも」
『全機無事じゃよ……ルシル? はて、そう言えば領軍は何処じゃ、刃角鹿を追って来ておるのではなかったか』
半刻前の報告で魔獣を追い込んでいたはずの領軍は、未だ姿を見せていない。
手早く片付いたとは言え戦闘が終わってなお、ゴーレムが到着しないとは何とした事か。
『おかしいぞアレックス、領軍がまだ来ておらぬ。これは何かあったに違いないぞ』
「そんな!」
背を伸ばして森の方を警戒する勇神だが、その視線の先にはゴーレムすら覆い隠す程の高さの木々が見えるばかり。
ざわついて聞こえる風の音も遠く、森の中の異変を感じ取る事は出来ない。
『儂は感知能力で辺りを探って見る。お主も何か分かったら教えてくれい』
「了解です勇神様。あ、一つだけ、逃げた刃角鹿の群れは山沿いに本陣の下を駆けて行きました。ゴードンさんの話だと森とは別の山に移動する様子だと」
『ヌシを失っておるのに纏まって移動か……いや待てよ、あのヌシは何故ゴーレムを突破しようとした? まだ森に引き返せば儂等を振り切る事も出来たであろうに、そうしなかったのは何故か』
「うーん?追跡していた領軍以外に何か理由があるって事ですか?」
『然り。そもそも刃角鹿は背の高い木々の葉を好む魔獣で滅多に里へは降りぬ、はぐれ者か縄張りを失った群れがたまに見られる位なのじゃ。あれほどの個体が森から出るには余程の……』
30年の時は機械の勘も鈍らせるのか、彼の身の丈を越える巨木の森を前にしてその心中は薄暗い木立の中にあるようであった。
周囲の生命反応を走査しつつ背後で作業を進めるゴーレム達に視線を戻した勇神は、赤々と流れる魔獣の血と、森の中からまっすぐ此方に向かって来る魂の輝きに気づいて凍り付いた!!
『アイリス!! 何か大きいのが来るぞ!!』
ズズズズズドドドォォォ!!
ゴーレムの高さを超える巨木が根元から浮き上がり、畝のように地面を盛り上げながら地中を何かが進み来る。
地中を進むにしてはあり得ない速度で迫るそれは、自身が進んだ跡の木々を斜めに倒しながら巨神と森との間までやってくると、火山の噴火のように足下を爆発させてその姿を現した!!
ゴアァァーーァァォォォ!!
ばらばらと降りそそぐ土塊に立ち上がったのは、勇神を倍する背丈の肉食獣!!
頭部から肩にかけて鎧の様に押し固めた土を纏い、長い爪を備えた手足は力強く分厚い。
全身を覆う茶色の毛は針金のように太く、咆吼に合わせて波打つが毎く逆立った。
「まさか、土甲熊!?」
「災害魔獣だと!!」
「残業かよぉ……」
「こら!今の誰だ!! 総員戦闘用意!!」
牙を剥いて呻る土甲熊はゴーレム達を一睨みすると、その背後に積まれた刃角鹿の死骸に向けて鼻をひくつかせる。
『血の匂いに呼ばれて来たか、刃角鹿の群れはこやつに追われておったのだな……アレックス!儂らは新たに出現した魔獣との戦闘に入る!!』
「!! 了解です!!」
ブゴアァァォォォ!!
五体のゴーレムを前に邪魔だと言わんばかりの土甲熊が、両前足を天に突き上げて悍ましい叫び声を上げる!!
それに対し胸の前に右拳を、伸ばした左手には手刀を構えた勇神は、咆哮に打ち震える空気を切り裂いて巨大魔獣へ挑みかかった。
『参る!!』
直立した土甲熊の剛腕が風を切って迫る所を、勇神は腰を低くしてくぐり抜ける。
懐に潜り込んだ勇神は足伸ばしてドリフトするように急旋回すると、側面から土甲熊の背後を取って後ろ足に組み付き、後方へ思い切り引っ張った!!
ビッタァン!!
振りぬいた前足の勢いのまま重心を払われ、獣の巨体が肩から大地に叩きつけられる。
自らの重量と腕力がダメージとして跳ね返り、土甲熊は潰されたようなうめき声をあげた。
ギュエォ!!
『締め落とすのはちと無理があるな。手数で行くか』
そう言うと土を掻いて起き上がろうともがく土甲熊に飛び乗って、拳の嵐を見舞う巨神。
しかし必殺の拳も土の鎧と鋼の毛皮に勢いを削がれ、絶望的な体格差故か分厚い肉の壁を突破することが出来ない。
抜剣したゴーレム達が周囲を取り巻き攻撃する機会をうかがうも、暴風雨のごとく暴れまわる獣の手足と飛び散る土くれに阻まれて満足に一撃入れる事が難しい。
『ええい、厄介な!』
地に四つ足を着いて体勢を立て直した土甲熊に振り落とされ、勇神は受け身を取って再び構えた。
今度は姿勢を低くした獣に合わせて腰を落とし、地面すれすれの位置にある鼻ッ柱に体重の乗ったローキックを放つ!!
スパァァァン!!
見事に決まった一撃であったが土甲熊は僅かに頚をかしげただけでひるんだ様子は見せず、しかし食事の前に邪魔なゴーレムを先に排除するつもりにはなったのか、大地に爪を立てて低く唸り声を上げはじめた。
ズズズズズズズズズ……!!
土甲熊の手足が触れている地面が、獣の表面を這い上がる様に覆って行く。
脚を、背中を、鼻先を、先ほど出て来た時よりも分厚く硬く土で固め、より攻撃的な見た目へと形態を変化させた。
「初代様!!」
『これは困った……』
自然の鎧を纏って身体の厚みを倍加させた魔獣を前に、決定打を見いだせない勇神は拳を握り直した。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました。




