別行動
今日もはじまり、はじまり
「勇神召喚!!」
ずらりと並んだ兵士たちの前で腕輪を天に掲げたアレックスが叫ぶ。
早朝の関所に響く声に呼応して上空に展開した召喚魔法陣から、白磁の巨神が姿を現した。
ドオオオオン!!
「「「「おおおお……」」」」
関節から吹き出す魔法光とともに着地した勇神に、居並ぶ者達から歓声があがる。
もうもうと上がる土煙と地響きに並んだ騎兵の馬が揃っておののき、待機状態であった八体のゴーレムが関節を光らせてバランスを保った。
一同の正面で立て膝の状態からゆっくりと立ち上がる巨神に、霧散してゆく魔法陣が粉雪のように降りかかり、装甲をきらめかせて涼しい空気に消えて行く。
「勇神様おはようございます!」
『うむ、今日も元気だなアレックス。皆も出迎え御苦労である』
揃って頭を垂れる一同にそれだけ言うと、勇神はアレックスに掌を差しだした。
『さて、早速合身じゃな。なあに魔獣退治なら慣れたものよ、これだけの戦力があれば夕方には戻れようぞ……』
「勇神様、それがですね……」
いつもなら即座に合身するアレックスが気まずそうに、横にいたゴードンとアイリスを横目で見やる。
「初代様、今回は訳あって弟とは別行動をお願いしたいのです」
今朝は後ろに短い髪をくくり、ゴーレム搭乗用の軽装でそなえたアイリスが前へ出た。
新型と同じ朱を基調としたアーマーはボディスーツにも似た形状で、引き締まった体を覆っている。
『何じゃと!?儂とアレックスを引き離そうとは何を考えておる』
差しだした手を握り締めて表情を険しくする勇神。
「姫様、後は私が。勇神様、辺境軍のゴードンであります」
『む』
「此度は第二王子様より、アレックス様と勇神様のリンクを応用した戦闘下における中長距離通信の検証を命ぜられているのであります」
『続けよ』
「アレックス様には司令部より、現場でゴーレム隊の指揮を執る勇神様に情報伝達をお願いしております。太鼓や狼煙では流動的な戦場には対応し難く、魔法使いでは長時間の維持に耐えられませぬ。そこでアレックス様のご協力を仰いだ次第」
『成る程のう……あいわかった。しかしアレックスの身の安全は如何いたす?儂に代わってアレックスを守るものがあるか』
守護神の役目は時代と共に移りゆくもの、先陣を切って立つばかりが役目ではない。
30年の休眠期間に性能はともかくゴーレムの配置は進み、かつての勇神がカバーしていた王国全土の護りは硬くなった。
実存する神の手にあった安寧は今や、人の作り上げた制度と経済力が担う時代へと移り変わりつつある。
そして巨神の心配ごとは自身の尊厳よりも、たった一人の少年の安否にのみ向けられている。
「それならばご心配なく。王子の為に命を惜しまぬ者達が志願しておりますゆえ」
『はて、そのような者があるか?まさかモニカではあるまいな、あれは魔獣向きではないが……』
「まさかヒルダさん達が辺境軍にいたなんて、びっくりしましたよう」
天幕の張られた野戦陣地で、隅に追いやられたモニカが隻眼の女丈夫と並んで立っていた。
アレックスが仕官達と忙しく地図に向かい、時折飛び込んでくる物見からの報告に机上のコマを動かして指示を飛ばしている。
昼から始まった魔獣掃討戦は分散した刃角鹿の群に時間を取られはしているものの、順調に進みつつあった。
「そうかい?まあ山賊の真似事までしたからねぇ……ホントはもっと重罪だったンだよ。それが王子サマの報告と勇神様の取りなしがあって、軍での労役刑で済んだんだ」
「そんな事があったんですか。てっき王都まで行かれたのだと思ってましたよう」
「アタシもここで再会するなんて思ってなかったサ。王子サマの護衛にこんな札付きなんて迷惑だろうけど、アタシ等傭兵は金で返せない恩は命で返すのが筋ってもんだ。この子のためにも不義理な事は出来ないからね」
そう言って鎧の腹を撫でるヒルダ。
濃い焦げ茶の前髪に隠れて細められた目には、殺伐とした世界を生きる傭兵に似付かぬ優しさがあった。
「まさかヒルダさん、赤ちゃんが」
「こんな年増がって思うだろ?そうなんだよ。分かったのは取り調べ中でね、諸共に死罪になるかも知れなかったんだ。本当にあんたのご主人サマには感謝してもしきれないよ」
「それは良かった、良かったですよう。後で王子にもお伝えしませんと……お相手の方は誰なんです?同じ傭兵団の、団長さんとか?」
ヒルダの手を取って飛び跳ねんばかりに喜ぶモニカ。
しかし赤くなったヒルダは困ったように、モニカの顔から目をそらした。
「いや、団長は部下に手を出すような人間じゃないよ。相手は山で化け物に喰われた若いのさ。何か訳ありの奴でねぇ、皆が遊びに行くときも一人に残ったりしててね、話し相手になってやったらこの通り」
「ぁ、ごめんなさい……あたし無神経でしたよう……」
「気にしなくていいよ、あんたは優しい娘だね。まあそんな訳でアタシは片目が潰れて子供を授かったって訳だ」
でもこれ以上は子供に聞かせる話じゃないねと、眼帯に手をあててアレックスの方を見るヒルダ。
少年は相変わらず忙しそうに、腕輪に向かって大人達の指示を伝えていた。
(ゴーレムの召喚に加えてこれだけの時間を通信を維持するなんて、命に関わる規模の魔法のはず。王家の人間が特別なのか、神の半身だからなのか……)
魔法使いは神秘の担い手、背負いきれない魔法を扱おうとして身を滅ぼした者は珍しくない。
魔法使いの身体と精神は魔法の通り道、力の加減を誤れば魔法は容易く人間を傷つけ破壊してしまう。
むしろ強力な魔法を扱う上では人間性が足枷となることもあり、勇神不在の古代には訓練と薬物によって強化された魔法使いによる自爆が対魔獣の切り札であった事もある。
逆に言えばそれ以外で長時間、大規模な魔法を展開する事は至難であり、精神に異常を来してはそもそも通信として機能しない。
魔法によって光や音を伝達する事も不可能ではないが、それでは狼煙や太鼓と変わりがないのだ。
そもそも個人に依存する異能を系統立てする事が困難な魔法使いは、たとえ双子であっても全く同じ魔法は使えず、安定してシステム化する事自体非現実的である。
魔法使いがゴーレム乗りである現代においてはなおの事、貴重な人員をいたづらに消耗する事は出来ず、アレックスと勇神の繋がりは百万の黄金にも勝る貴重なものなのだ。
勇神が対外戦争に加担することはなく、ゴーレムが人間を直接害することは無いとしてもその戦略的価値は計り知れない。
「勇神様上です!地図の上の方に進んで下さい!」
『落ち着けアレックス。北、でいいのか? いや待て、お主はどっちから地図を見ておる? だれか近くの大人に聞いてからもう一度教えてくれぬかのう』
当の本人達は全くそれを使いこなしてはいなかったが。
今日はここまで
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