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軍議

今日もはじまり、はじまり


 モニカとリューズを置いてアレックスが案内された部屋は大きな会議室であった。

 木製の壁には剣と槍が掛けられ、正面には大きな地図と王国の国旗が張られた50人は入る空間。

 アイリスに手を引かれ入り口に立った彼を迎えたのは、総立ちになって敬礼する軍人たちだった。

 

 「かような所までようこそおいで下さいましたアレックス様、アイリス様。自分は辺境軍のゴードンであります」


 「ドライスタ侯爵の娘、ルシルでございます。今回は父に代わって領軍を預かって参りました。どうかお見知りおきを」


 先頭に控えていた厳つい顔の初老の大男と、おかっぱ頭の小柄な少女が揃って姉弟に頭を下げる。

 

 「遅くなって済まなかった。王都騎士団のアイリス・ダグム、それに弟のアレックスだ。将軍、辺境軍副官の貴公にそうかしこまられてはアントニオ兄様に会わせる顔がなくなる、どうか気遣いは無用に願いたい」


 居並ぶ男達に足を止めてしまったアレックスにかわって、アイリスが二人に歩み寄る。

 このような場に慣れているのだろうか、堂々とした声色と振る舞いを見たアレックスは姉の真面目な一面をはじめて見た気がした。


 「承知いたしました。アレックス様もどうかよろしくお願いいたします」


 「っはい!」


 大きなゴードンに覗き込まれるようにして突然話しかけられたアレックスは上擦った声で驚いてしまう。

 同世代の少年と比べても小柄なアレックスにとって、見上げるほどの大きさに感じられる大人は未知の生物に等しい。

 後5年もすれば兄たちと変わらないくらいの背丈になると知識で知っていて実感が伴わない年頃なのだ。


 「ルシル殿も良いかな、貴女は弟とも年が近いゴーレム乗りだと聞く。訓練はしているがまだまだ経験不足の駆け出しのアレックスに、色々と教えてやって欲しい」


 そう言ってアレックスの背中を押しやるアイリス。

 目の前に来た大きく整ったルシルの瞳に自分の顔が映り、アレックスは気恥ずかしさから言葉をなくしてしまう。


 「勿体ないお言葉、私の方こそ守護神のお姿を見て勉強させて頂きます」


 おかっぱ頭の少女の前でまごつくアレックスに、機械のようなお辞儀と社交辞令で返したルシル。

 冷たいわけでなく、かといって親しみのある訳でもない不思議な存在感の少女に、少年はいつも賑やかなモニカと対照的なものを感じた。


 「う、うん。よろしくね」


 「では明日以降の作戦について説明を開始いたしますので、どうぞお座り下さい」


 三人の少年少女を最前列の長机に促して、頑丈そうな指示棒を握った会議室の正面に立ったゴードンが、短く刈り込んだ頭を撫でつけながら地図を指す。


 「今次作戦は冬季に予想される魔獣災害を未然に防ぐ為、開拓地の近隣で確認された鹿型魔獣の掃討、撃退が主目的であります。近年珍しい騎士団、辺境軍、領軍と勇神様の共同作戦となるため各軍の連携を密にし、各員力を合わせて……」


 広い部屋の隅まで届く大きな声で次々と兵員に役職を割り振り、日程を詰めて行くゴードン。

 緊急に決まった作戦と言うこともあって人員も資材も充分ではない中、安全性と効率を両立させるべく練られた作戦は緻密で堅実なもの。

 現場から上がって来た報告と昨年までの傾向から出現位置とキルポイントを設定し、騎兵で追い込み、歩兵で囲み、ゴーレムで叩く基本戦術。

 それを実地に落とし込み、三軍の足並みを揃えた作戦に昇華して仕上げるゴードンの手腕は流石のものであった。


 およそ軍と呼ばれるものが作戦を行う時、重要になるのが作戦の認識度である。

 各員が最終目標までしっかりと理解していれば、例えば指揮官が倒れるなどの予測不能の事態に遭遇しても独自の判断が可能になる。

 多方面からの同時攻撃や、守勢攻勢の切り替えなども即座に行え、時には臨機応変に攻撃対象を変更し敵の裏を掻くことが出来るのだ。

 計画、実行、評価のサイクルが速い有機的な部隊運用を目指すならば、作戦認識度を上げる事がそのまま戦果と結びつくミーティングをおろそかには出来ない。


 しかしそれは撤退含む判断を現場にゆだねる事になるため、高度に訓練された組織でなければ戦線が各所で瓦解する危険性を抱える諸刃の剣。

 また、たった一人の兵士が捕虜になったとしても作戦全てが敵に漏れる危険性もある、ハイリスクハイリターンの戦術学。

 司令部から現場へ即時に情報のやりとりが出来る訳では無い王国では、戦闘の規模によって作戦を何処まで浸透させるかを切り替えるのが慣習となっていた。

 今回は魔獣の気まぐれな動きに対応する為、兵卒まで参加したまれに見る大会議である。


 きわめて重要な会議の中でまだ少年のアレックスは、彼には聞き慣れない難解な単語の連続と、先の見えない拘束時間にだんだんと退屈になってしまった。

 大人たちが真剣になっている事は理解しているし、自身の役目上この場にいて内容を把握していなければならないのも十分わかっているのだが、理解する前に進む会話を耐え続けるのはやはり辛いものがある。

 行儀良く座っていたアレックスが何度か座り直したり、眠気を払うために深く息を吸ったりしているのに気づいたのか、隣に座っていたルシルが彼の顔を覗き込むと挙手をした。


 「留意すべきは刃角鹿の群体魔法による共鳴現象で、これは物質を振動させ地面の液状化など多様な……」


 「将軍、私はお二方の歓待の準備がありますのでここで中座をお許し頂きたいのですが」


 「む、もうそのような時間になりますかな。もう少しで区切りの良いところですからそこまでいったら一度解散するとしましょう。残りは半刻後に仕官のみ集合とする。準備を始めるものは事故のないように留意せよ。では後は駆け足での説明になるが……」

 

 窓の外の陽の傾きをみて指示棒を手放したゴードンが、やや物足りない様子で解散を指示したのはさらに半刻後であった。






 「お疲れになりましたか?」


 会議室の外の廊下に出た姉弟に、表情を変えないままのルシルが尋ねる。


 「うん、いや、大丈夫……」


 「私は慣れているが、アレックスには堪えたようだな。現地での伝達は正確、迅速、簡潔が原則ゆえに事前の打ち合わせは綿密に行うのが王国の習わしなのだが、初めての人間はだいたいこうなる」


 ふらふらと頭を揺らすアレックスに資料の束を押し付け、快活に笑うアイリスは 短い黒髪を括っていた紐を外し両手を上げて一つ大きく伸びをした。


 「はぁい……」


 「勇み足のアントニオ兄様にはあれくらい慎重な人物が付いていてちょうど良いのだ、その内慣れるよ。さて、私は遅れて来る部下が着くまで門に戻る、おまえは少し休むといい。すまないがルシル殿、弟の案内を頼めるだろうか?中央棟にこれの従者が待っているはずだ」


 「かしこまりました」


 背を向けて歩き出したアイリスを見送って、眠気を払ったアレックスとルシルが廊下に残される。

 

 「さっきはありがとう。誰かが止めてくれなかったらボクはきっと居眠りして笑われちゃったよ」


 気恥ずかしくなって何を話したものか、同世代の少女に触れ合う機会の少なかったアレックスが照れながらルシルに目を合わせた。

 相変わらず眉一つ動かさないルシルは少し下から除き込まれるような形になって、唇を小さく動かし差し出がましかったでしょうかとアレックスにしか聞こえない声でつぶやいた。


 「そんなことないよ、こんな会議に出るのが初めてで困っていたんだから。ええっと、ルシルさんって呼んでいいのかな?」


 「はい……いえ、アレックス様のお立場があります、どうかルシルとお呼び捨てくださいますように。ではお部屋へご案内します」


 今日初めて表情のようなものを見せそうになったルシルであったがそれを押しとどめるようにして、すっと無感情に戻るとアレックスを先導して歩きさした。


今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

遅くなりましたが明けましておめでとうございます。

今年が皆さんにとって良い一年でありますようご活躍とご健康をお祈りいたします。

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