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関所の待ち人

今日もはじまり、はじまり



 領境の検問所。

 王家直轄領の北限であるこの場所は、辺境警備軍と騎士団、そして隣接する領主軍の三軍が入り交じる緩衝地帯。

 魔獣に襲われた旅人が避難出来るようにと敷地を広く取られた街道の要所は、軍用ゴーレムの常駐する城砦でもある。

 ここから先は各領主の治める別の土地、王国法とはまた異なる常識が息づく世界の入り口なのだ。


 殆ど王都を出た事がないまま育ったアレックスにとって、国内とはいえ領境を越えるのは初めてのこと。

 王家の威光が十全に行き届いていない可能性のある土地への移動は期待と不安の入り交じる冒険なのである。

 歴代の操者に恥じぬ守護神となることを目標とした王国内の巡回も、いよいよ次のステップへと進む所であった。



 



 「はあっはっはっはぁ!! お姉ちゃんだッ!!」


 石壁と柵を組み合わせて造られた大門でアレックスの馬車を止めたのは意外な人物であった。


 「うわ!!アイリス姉様!!なんでここに!?」


 炎天下をものともせずに彼の馬車の前に腕組みをして立ちはだかった女騎士は、二人いる異母姉のうち騎士団に所属してゴーレムを操るアイリス・ダグム。

 王都を発つアレックスを案じて、ゴーレム勝負を持ちかけたお転婆な方の姉であった。

 セミショートの黒髪を後ろで括り、鎧を着込んでまぶしい汗をかきながらのしのしと馬車に歩み寄ってきたアイリスがは、さも当然のように御者台に上がり込でアレックスの隣に座った。

 

 「何だぁその声は、わざわざ朝から待っていた優しい姉に対してずいぶんな態度だな? 私がここにいてはいかんとでも言いたいのか」

 

 顔の前に迫ったアイリスのネコ科を思わせる切れ長の目がにたりと歪み、アレックスは身をすくめているうちに頬を引っ張られてしまった。


 「え……いや、ひょんにゃひゅもりはわあわわ」


 勇神の助けもあって一度は彼女を下したアレックスであったが、いざ生身で相対すると長年すり込まれた上下関係には抗いがたく、年の離れた姉の力には敵わない。

 剣を取っては並の団員よりも腕の立つアイリスの、細く硬い指が少年の顔を捕まえてグニャグニャと動かした。


 「この口か!生意気言うのはこの口か!うひ、うははは、はあっはっはっはっは!!」


 「いひゃい、いひゃいれす。ごみぇんにゃさいおにぇえしゃま」


 良く伸びる少年の頬を伸ばしに伸ばして堪能するアイリス。

 対してアレックスは涙目になってただ許しを請うばかりである。

 本気で抵抗出来ない程度の絶妙な痛みをもたらす指先は、熟練の手さばきを持ってアレックスの脱出を許さない。


 「ハア、ハア、じゅるり……少し焼けたな。どうだアレックス、元気だったか?」


 気の済むまでアレックスの顔を揉みくちゃにしたアイリスが、快活な笑顔を見せて優しく彼を抱きしめる。

 陽に当たって熱くなった硬い鎧と蒸れた汗の匂いに包まれて、アレックスはこの姉が長時間自分を待っていたのだと理解した。


 「うん、姉様も元気そうで良かった」


 「お前が王都を出て半月と経っていないのに、何だか随分久しぶりな気がするな。話したいことは沢山あるが、ここは通行の邪魔になるから……ん?モニカはどうした、いないのか?」


 「後ろでダウンしてるよ。何か用事がありました?」


 「珍しい事もあるものだ。私がここへ来たのは仕事の一環でな、お前とモニカにも手を貸してもらおうと思っていたんだが」


 そう言ってアレックスに替わって馬の手綱を取ったアイリスが、馴れた手つきで城砦へと馬車を走らせた。


 「お仕事というと、騎士団のですか」


 「そうだ。お前が向かう予定の北部開拓地の近くで魔獣の大量発生の兆候があるんだ。普段ならアントニオ兄様配下の辺境軍だけで対処する所だが今年は、うん、気を悪くしないで聞いてほしいんだが……」


 「勇神様が活動を再開したから、戦いに参加してほしいっていうこと?」 


 「それもあるが龍と闘って王都近くの穀倉地帯に被害を出しただろう。守護神同士の行き違いで起きた出来事なのは知ってるが、あれによって開拓地が襲われた場合に王家から補助を出すのが難しくなってしまった」


 「うぁ……」


 自らの行いが巡りめぐって王国のトラブルになっていたとはつゆ知らず、身のすくむ思いのするアレックス。

 勇神の絶大な破壊力をコントロール出来ないままでいる現状と、合身の不完全さを指摘された気がして、少年は石を飲まされたような胸の詰まりを感じた。


 「そう落ち込むな、お前は必要な事をしたまでだ。結果として聖国との関係は一歩近づいたし、アルフレッド兄様が補償については交涉中だ。勇神様が直接持ち帰ったアーティファクト以外にも取れる物は取る」


 「うん」


 「とはいえ備蓄だけでは王国内の冬越しには少々不安なのでな、私の新型で先に除ける魔獣は対処しておこうと言うことになったんだ」


 「そこにボクと勇神様も行けばいいんだね」


 「そうだ。少し早いがお前が役目に馴れるには軍との歩調を揃えた方が良いし、王家の者が直接出向く事で領民の不安を取り除く意味合いもある。「私の」新型もそういう意味では旗印になるが、勇神様にかなうものでなない」


 「もうアレ姉様の専用機なんだ……」


 「お気に入りだからな、うひひ」


 ようやく小難しい話しに区切りを付けて、アイリスは鎧のついた肩でアレックスにのしかかる。

 手綱を握った姉の腕が揺れる度にゴツゴツと当たる金属に少し顔をしかめながら、アレックスも少しだけ隣に体重を預けた。

 いつも嵐のようにトラブルを運んでくるこの姉は、決して人を振り回して楽しんでいる訳では無い。

 伝えるタイミングと手段が強引ではあるが、自分が好きで、自分の好きな人が大好きなだけなのだ。

 

 頭を垂れて二人を見送る門兵の間を抜けて、馬車は城砦の建物がある方に進む。

 

 「ねぇ、アイリス姉様。さっき朝から待ってたって言ったけど、昨日のうちにここに来てたの?」


 「いや、今朝王都からグライガルーダで飛んで来た。暇そうにしてたんで勝手に借りたが、アレはいいな!速いし大きいし、金ピカで何より一機しかない!!なぁアレックス、もし良かったらアレを私に……」


 「絶対駄目!!無理!!アレはボクと勇神様の眷属なんだから!!なんで勝手につかえるの?」


 「頼んだらいけた。お前がほっとき過ぎなんじゃないか、喜んで乗せてくれたぞ」

 

 「乗ってたら旅にならないからなの!!アイリス姉様の欲張り!!」

今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。


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