集い行く者達
今日もはじまりはじまり
まだ夜の明けたばかりの時間、オレンジ色の空に映える真っ黒な山のシルエットがゆっくり色を増してゆく。
足下も見えない危険な時間に、二人の男が街道を外れた裏道を早足で歩いていた。
「まさか宿を断られて野宿するはめになるとは、焼きが回ったもんだぜ」
先を行く細身の中年男が顔に飛んで来た虫をうっとうしそうに手で払った。
草を踏み分ける足は荒々しく、言葉には隠そうともしない苛立ちの色が混じる。
「騎士まで呼ばれるとは驚いたでヤンス」
後に続く大男が膝の高さ以上まで伸びた草に四苦八苦しながら、兄貴分を見失わないように大股で進む。
目方の重い彼が先に行けば上手く路が出来そうなものだが、この二人はそうしようとは思わないらしい。
兄貴分であるワッジが蹴躓きそうになりながら進むのを、ザッカーはただもそもそとついて行くだけである。
「幸い手配はされてねぇみたいだったが、門前払いはあんまりじゃねえかチクショウ!」
「ゴーレムと一緒に荷物まで失くしたでヤンスからね。逃げるのに手一杯で今じゃ浮浪者同然でヤンス」
男達は湖の戦いの後で縛を脱して、大勇神とアレックスの勝利に沸く隙に観光都市から北へ向かっていた。
通行証も財布も置いて身体一つで逃げ出してきた彼らは、ゴーレムに乗っていた時の格好そのままのウェットスーツ。
覆面にしていた手ぬぐいと、湖の底から引き上げた何とも知れないゴミだけを持ってアザレア博士の商会がある街を目指す所であった。
「腹減ったでヤンス兄貴」
「奇遇だなザッカー、俺もだぜ……っと、おい!!伏せろ!!」
腹を押さえて朝日で染まる天を仰いだワッジの真上を、白く雲を引いて黄金の猛禽が飛んで来た。
経験から学習した彼らがその場に伏せた直後、遅れて来た衝撃波が地面を吹き荒らし、木の葉と砂を巻き上げて空気の壁が周囲を叩く。
ドドドドドドドド!!!
「おわわわわわわ!!」
「ぬぬぬ、自分は石、自分は石でヤンス……」
残り少なくなった髪を片手で押さえて豪風にもまれるワッジと、亀のように微動だにしないでうずくまるザッカー。
草を掴んで必死に耐える二人を置いて、煌めく大鷲は速度を上げて見えなくなった。
「あーびっくりしたでヤンス。アニキ、あのデカイ鳥はこの間の……」
「おう、俺たちを探していた様子じゃなかったが、どうやら行き先は同じらしいな」
砂まみれになった二人は身体を起こし、頭についたゴミを払って大鷲の消えた先を追う。
遙か王都のある方角から彼らの向かう先へと、空にたなびく二本の細雲。
「運命ってやつでヤンスかねぇ」
「馬鹿言ってねえで急ぐぞ。今度こそ不意打ちなんぞで負けねぇように、念入りに準備をしてぶちのめしてやる」
ぽかんと口を開けて空を見つめる弟分を強めに小突いて、ワッジはまた草をかき分けて進み始めた。
複数の国を跨いでこの星の北部に横たわる魔獣の森は、世界の最果ての樹海である。
未だ果ての知れぬそこには地獄の入り口があるとも、異界そのものだとも言われる巨樹の森。
遙か昔にその最奥に現れた魔王現象と呼ばれる魔獣の大発生を聖国の英雄が鎮めてより数百年、侵入を拒み続けてきた神域はゴーレム技術の到来により遂に人の手が届く所までになった。
進んでは湧き出る魔獣の群れを排しながら、犠牲に継ぐ犠牲を重ねて進められた開発は30年の時をかけてようやく産業として機能している。
王国が触れ得ざる大自然の樹壁に挑まざるを得なくなったのは、先代王が推進した衛生法の徹底による人口爆発の為であった。
まじないや民間療法を厳正に調査整理して、合理的かつ実践的に検証された医学として王国内に広めた先代王トマス・ダグム。
アレックス兄弟の祖父である彼はその急進性はともかく、国力を倍加させた中興の祖として今でもその功績を讃えられている。
最も国を栄えさせた王として、そして、最も勇神を「使った」王として。
即位とほぼ同時に施行した衛生法から10年程で新生児死亡率の低下と傷病からの回復が目に見えて成果として現れてきた反面、食料不足と雇用を求めて大都市に集中した人口は、国内全体で犯罪率の増加と貧富の差を拡大して治安の悪化を招いた。
貴族連合からは口減らしの為の対外戦争を、商人組合からは雇用法の改正と人身売買の解禁を迫られた先代王は、そのどちらも善しとせず、突如ゴーレム技術の限定解放と北部方面の開拓を宣言し、勇神の地方派遣を倍加させたのである。
力を向ける先は覇権ではなく内需拡大、若者達には新天地を、そしてその監視として王国の象徴を。
反発を押し切って為された開拓は着実に成果を上げ、過剰な運用が勇神の神性を貶めるとして不満のあった古株の貴族達を成果で沈黙させる事にも成功した。
しかしその行く先は……
「少年むずかしいー。もうちょっとわかりやすく!」
「歴史の勉強なんてこんなもんだよ、リュ-ズがいつの時代の人かわからないからしょうがないじゃないか。何か思い出した?」
分厚い本を膝に置いて、馬車に揺られるアレックスが側に浮かんだ幽霊に尋ねる。
御者台にはいつものモニカの姿はなく、賢い馬が覚えた路をぽくぽくと進むに任せてアレックスだけが日傘の下に座っていた。
「わかんないねー。湖ができる前で水害が起きそうで起きなかった年に死んだのは間違いないんだけどなー」
ふよふよとアレックスの側に浮いて、半分透けたリューズがこめかみを指で押さえて首をひねる。
相も変わらず昼間に出現している幽霊は、暑い日差しにさらされても平気な顔をしてアレックスの周りをひんやりとさせていた。
「そんなの書いてないよ……他には何か、生きてた時の王の名前はわかる?」
「知ってる!王さまったら遠くの超エライ人でしょ。王さまが名前じゃないの?」
見当違いの答えを返すリュ-ズに付き合って数時間。
ころころと表情を変える幽霊相手に歴史の本から色々と語って聞かせてはいるものの、未だに彼女の生前の情報に繋がる手がかりは見つからなかった。
「違うよぉ。たとえばボクの父上だったらジョン、お爺様はトマス、その前ならマーカス・ダグム。王にだって名前はあるよ」
「そっかー。じゃあ知らないねー」
「はぁ、ボクの顔を誰かと見間違えたって事は王家と何か縁のある人物だって勇神様は言ってたけど……字も読めないなら貴族でもなさそうだし」
「私はただのイナカ者だったと思うよー」
それで済ます訳にいかないので難儀しているアレックスは、大きな本をまたぱらぱらとめくり出した。
横で浮いている青髪の幽霊は何が珍しいのか少年の手元を見たり、街道や景色に目をやったりと落ち着きがない。
北に向かう街道には他に馬車はなく、魔除け灯の設置された柱がたまにぽつんと脇にあるだけ。
人造湖のある山間を抜けて草原に出た彼らは、いよいよ王家直轄領からドライスタ侯爵領へと差しかかる所であった。
「少年、ちょっと馬止めて止めて」
やや高めに浮いたり馬に跨がるようにして重なったりして辺りを見ていたリュ-ズが、慌てた声でアレックスを呼ぶ。
「どうしたの?何か思いだした?」
手綱を引いたアレックスが馬車を止め、ふよふよ飛んで行く幽霊の後を追って路面に降りた。
もう真上に昇った太陽が地面の空気を歪めて揺らす。
「ちょっと違うけどねー。その先の草摘んで欲しいんだ、マダラツルの葉は煎じると夏ばてに効くの。モニカちゃんにどうかな?」
「夏ばてで寝てる訳じゃないけど……ありがとう。物知りなのに忘れっぽいって、リューズって何だかおばあちゃんみたい」
「少年は思ったことをそのまま口に出すねー。あ、根っこには毒があるから葉っぱだけ採って」
にかりと笑って見せる幽霊の視線の先で、毎夜の睡眠不足から馬車の後部座席で眠りこけるモニカが額にうっすらと汗を浮かべて一つ、色っぽく寝返りを打った。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました。




