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モニカの憔悴

今日もはじまり、はじまり


  

 「なんで王子はそいつと普通に話しているんですかぁ!?」


 すべすべとした手触りの石とも金属ともつかない塊を手の中で転がすアレックスに、部屋の隅からモニカの涙声が上がる。

 いつもの元気を全く無くして、乱れた髪に荒れた肌の少女は、目の下にクマを作ってしゃがみこんでいた。

 眠そうにベッから起き上がった少年の手元、石から生えるようにして浮いている幽霊が、石と同じ青黒い髪を垂らして彼女を覗きこんだ。


 「何か顔色悪いよモニカちゃん、疲れてんじゃないの?」


 「っひィ!!」


 短く悲鳴を上げたモニカは後ろ手に逃げ道を探るが、もう彼女の後ろは壁しかない。

 まだ暑くなりきる前の宿の一室、片時もアレックスの傍を離れないはずのモニカが逃げ腰なのは、ひとえにこの幽霊が出現したせいであった。

 大勇神に倒された龍の燃えカス、巨神の手のひらに残った残骸から回収された宝玉は不思議と傷一つなく、青く光る靄を閉じ込めた卵のような形を保っていた。

 

 「そいつじゃなくてリューズでしょ。ボクは元から平気なんだ、モニカこそいつまでも怖がっちゃ可哀想だよ」


 「あ、少年やさしーんだ。まぁ私こんなだし?苦手なのは仕方ないよねー」


 険の取れた顔に微笑を浮かべて、雰囲気の変わった幽霊がケラケラと笑う。

 文字通り透けた肌を白い衣装に包み、やや丸みのある顔立ちが幼い印象を与える女。

 戦いの後からアレックスにまとわりつき、一度はモニカを気絶させたリューズは、自分の名前以外を殆ど覚えていなかった。

 村の風習で生け贄として淵に沈んだ事と、龍の残した遺物に一体化して勇神と戦った事はかろうじて覚えて居たが、何故そうしたかが全くわからないというのだ。

 勇神はリューズを見て何か思う所があったようだが、石をアレックスに預けると王都へと戻って行ってしまった。

 当の彼女は湖の上空で綺麗に成仏したかに見えた時に記憶も失ったのか、アレックスの顔が誰かに似ているとだけしか言わず、今は様変わりした現代を堪能している。


 「ううう、良い子なのに怖い……、幽霊なら夜に出るもんでしょう、今は朝ですよう」


 かなり日が高くなった宿の部屋で、普段なら主にべったりなモニカがアレックスの朝寝を阻止出来なかったのは、リューズが先にアレックスの側に現れていたから。

 ここのところ彼女を恐れるあまり主人のベッドの下で眠れなくなったモニカは別室で、一人朝まで毛布に潜って脱水症状と戦っていた。

 

 「夜は誰もいなくて退屈なんだよねー。暗くて何にも見えないし」


 「だってさ。それにモニカが夜に会ったら失神するんじゃない? そろそろ仲良くして欲しいんだけど」


 「面目ありません王子、そのせいで強盗まで逃がしてしまって……」


 今日の着替えを脇に抱えて壁に背中を付けたまま固まったモニカに、アレックスの方から歩み寄って身支度を調える。

 いつもの格好になったアレックスは胸ポケットに宝玉を入れると、モニカの手を取って立たせた。

 小さく体温の高い手が、モニカの冷たい指を優しく包む。


 「責めてるわけじゃないんだ、ごめんねモニカ。ただ、このところずっと疲れているみたいだし早く慣れて欲しいなって。今日から出発だけど一日延ばして休む?」


 「お気遣いありがとうございます、ですがご予定通りで大丈夫ですよう。王子の為なら不可能は無いのがモニカです、リューズの事はもう少し時間をいただければきっと」


 「じゃ私は人の多い所では引っ込んでおくよー。無理はしなくていいからねモニカちゃん」


 そう言ってかき消すように見えなくなったリュ-ズに安心したのか、モニカはやっと人心地ついて、アレックスの後を歩いて部屋を出た。




 

 

 


 

 ぽつぽつと水滴の落ちる地下通路を、アザレア博士は大荷物を担いで進んでいた。

 被った帽子と男物の丈夫な衣服が、汗と湿気によって肌に張り付く。

 足下には地下水が小川のようになって入り口のほうに流れゆき、靴を濡らして足首まで浸みていた。


 「ここまで険しいとは予想外ね、革靴は完全に失敗だったわ」


 山歩きからこの洞窟に入る時に履き替えれば良かったのだが、水を吸った革靴は時間と共に縮んでしまうだろう。

 それが惜しいと言う訳では無いが、いつもならもっと慎重に準備していたであろう自身の堪え性の無さが今になって悔やまれる。


 「はあ、はあ、せめて資料が濡れないと良いんだけど……、路に迷わないだけマシだと思うしかないわ」


 鉱物と土で出来た壁が丁寧に掘り進められた地下道は足下こそ悪いものの閉塞感を感じる程狭くは無く、壁には等間隔に打ち込まれた杭と、それに渡された鎖が奥まで続いていた。

 高い位置には魔除け灯が並べられ、ぼわんとした魔法光が彼女の影を多方向から映し出す。

 干菓子をかじりながら一時間も歩いただろうか、洞窟の薄い空気に疲れが出始めた頃、彼女はようやく開けた場所に出た。

 王都の研究所が半分は入りそうな地下空間はこれまでの土の壁と、奥には陶器のようなつるりとした丸い壁が、まるで土に埋まった卵のように立っていた。

 

 「止まれ、何者だ!!」

 「怪しい奴め、何処から入った!!」


 急に明るくなった視界にアザレア博士が目を細めている間、二人の兵士が槍を持って駆けて来た。

 

 「アザレア・グリーンハート博士よ、聞いてないかしら?今日からここで研究する者だって」


 突きつけられた刃物に驚いて両手を上げて見せる博士。

 のけぞった拍子に落ちた帽子の中から黒髪が広がり、つるりとした美人顔があらわになる。


 「む、女か。そういえば侯爵様から伝令があったな」

 

 「そう、それよ。荷物の中に領主サマの書き付けがあるわ。ここはゴーレムとアーティファクトの秘密鉱山でしょう」


 「そこまで知っているとは……失礼しました。しかし念のため書状を確認させて頂きましょう」


 「もちろんよ。あー、何処か荷物を広げられる場所をお借りできないかしらね?」


 馬鹿でかいリュックを申し訳なさそうに肩から下ろした博士が、くしゃくしゃになった手紙を見つけ出したのは四半日後の事だった。

 

今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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