勇神憂鬱
今日もはじまり、はじまり
王城の一角に建てられた勇神の住み処、王立ゴーレム研究所。
この時代に許されたただ一つの居所、彼の神殿、寝床でもある薄暗い格納庫で、玉座型のハンガーに腰掛けた巨神は目を閉じて来客を待っていた。
少し俯き加減の勇神の周りには人の頭ほどの光球、無人修復機構リペアブラウニーの魔法光いくつも浮かび、ゆっくりと動き回りながら装甲の損傷を補修して回る。
しかし輝きを取り戻す外観とは対照的に、今日の勇神は近寄り難い雰囲気を発して表情暗く、時折必要の無いはずの深呼吸をするように肩を動かした。
『……ぬぅ』
眉間に皺を寄せて一声唸る勇神の正面、大部屋の中心に固定されたブレイブキャリッジの周りには彼に倍する数の光球がまとわりつき、その周辺だけはぼんやりと明るくなる程になっていた。
水龍との戦いで勇神とアレックスを守り抜いたアーマーは、水圧をものともせず、遙か上空からの落下と熱疲労にも耐え抜き、今は勇神のたった二倍の数の修復システムを用いるだけで万全の状態へと復帰しつつある。
戦闘中に彼の知る範疇を超えて威力を発揮した大勇神は、修復を受ける段階になってようやくその異常性が明らかになった。
激闘の記録と釣り合わぬ軽微な損傷から、装甲強度、運動性、跳躍力、そのどれもがカタログスペックを逸脱していたと判明したのだ。
所長のグレイセルなどは修復にかかるコストが軽く済んだと喜んでいたが、勇神から翠星王から譲り受けたアーティファクトの特性チェックと設計図の洗い出しを命じられると、まるで地獄にでも落ちたかのような顔をして自室に引っ込んでいった。
(翠星王の宝物は修復と調整にしか用いておらぬ。構造が変化した訳ではないと言うのにおかしいとは思わぬものか……)
アーティファクトは人智を越えた特性を発揮するが、その作用には必ず方向性と再現性がある。
入力と出力の中間にある機序が不明なだけで、出土した遺物は徹底的に研究され、王家には膨大なアーティファクトのカタログと使用法のデータが記録されているのだ。
(修復に用いたものは開発期に収集したものと違いはなかった、例えるなら歯車を新しいものに取り換えて油を注したようなもの。後は装甲を新調した程度で性能に大きな変化を起こすとは考えにくい。そうなるとやはり……)
龍の宝玉か、と、また思考がループする。
周囲の信仰を現象に変換してしまう遺物。
何時から湖にあったのかは不明だが、投棄された肉塊から水龍を構築し、昔は天候すら変化させたというそれは地域に根差す信仰となってあの亡霊を誕生させるに至った。
400年より以前に勇神が王国を作り上げるまでは、第一線で魔獣と戦っていたのは魔法使いであった。
領主の手の届かぬ田舎の集落に戦士と魔法使いが常駐し、自警団として活躍していた時代では、人々は多くの犠牲を払ってその生活圏を維持していた。
今よりも魔法使いの稼働率が高く、精神を消耗し人間性を失う者も少なくない世界の事、強大な魔獣に相対すれば自爆に近い運用すら当たり前であった神秘の担い手たちは、英雄として人々に称賛と、憐憫と、期待を込めて優遇されていたのである。
実力ある魔法使いを多く抱える事が権力者のステータスとなり、今の聖国のような魔法使い至上主義を抱える国家の誕生すら必然であったといえよう。
逆に人造湖の底に沈んだ集落のような僻地では、魔法使いを常駐させることが出来ず、独自の信仰で魔獣を退ける文化が発達することがあった。
そのいくつかは後に論理的に証明され、辺境警備軍の用いる魔除け灯のような技術に発展する例もあったが、ほとんどは迷信の類として現在は形だけを残すのみ。
しかし巨大な災厄である龍と隣り合わせに暮らす者達が、例え不合理であっても自身の理解出来る範疇に自然を当てはめて向き合って居たとして、それを前時代的だと笑うことは出来ない。
住民の不安が悪天候を呼び、生け贄の儀式で龍を鎮める一連の流れに宝玉が現象もって応えたならば、それが文化として定着しないほうがむしろ不自然なのだ。
今はアレックスの手にある宝玉の始末をどうつけたものか、巨神は決めあぐねている。
「初代様からお呼びとは珍しい事もあるものですな」
「父上、失礼ですよ。勇神様、アルフレッド参上致しました」
薄暗がりで思案していた勇神の前に、へらへらした中年男と落ち着きある貴公子が立っていた。
髪の色は違えど顔立ちの似た二人、ジョン国王とアルフレッド王太子が自分を見上げているのに気づいた勇神は、関節を光らせて玉座に居住まいを正した。
『おお、忙しい所済まんのう二人とも』
「いやぁ、私は暇なので問題ありませんが。はっはっはっは」
「父上にはもう何も申しますまい……。して、勇神様、此度はどのようなご用件で?」
王はまた仕事を息子に丸投げしていたのか、額を押さえてアルフレッドがため息をつく。
金属と土と油の匂いが満ちた格納庫の空気を吸い込んで、三人は顔を寄せて本題に入った。
『人造湖の戦いについては聞いておろう、儂の用件はその続きである。実はの……』
勇神の語る大勇神の異常と、龍の宝玉について聞き入っていた王の顔からはいつものにやけが薄れ、アルフレッドは更に頭を抱える事となった。
『と、言うわけじゃ。わざわざお主等を呼びつけたのは宝玉について、今はまだ仮説の段階であるが知るものが少ない方が良いと考えた為である』
「承知致しました。遺物が勇神様のお考えの通りのものなら、その危険性を把握している者が増える程脅威が加速する事になります。ここの職員にも伏せるべきかと」
「アレックスに預けているのは彼が初代様のお力を信仰している為なのですな。不用意に研究などするより安全なのは間違いないでしょうが、親としては心配ですなぁ」
暗に宝玉を破壊してしまえと巨神を非難するジョン国王を、冷めた目で射貫くアルフレッド。
それに気づいたジョンは口髭をつまみ、動き回る魔法光を目で追って誤魔化した。
『全くお主はもう、王位を譲った後で冷遇されても儂は知らんからな。アルフレッド、此度の事はお主の得意分野とは相性が悪いゆえ、今後儂関連の報告書に不自然があってもそれは遺物が関わったものと思ってくれい』
「心得ました。確認する事があれば直接参ります」
『飲み込みが早くて助かる。忙しい身のお主には済まぬがそうしてもらいたい』
「勿体ないお言葉です。では、私はこれで失礼致します」
「じゃぁ私も帰ろうかな、初代様もお疲れみたいだし」
丁寧に一礼して格納庫の出口に向かうアルフレッドの後について出て行こうとしたジョンを、勇神は手真似で引き留めた。
『お主は暇なのであろう?王たる者がどうあるべきか、ちと儂が語って聞かせてやろうぞ』
「うげぇ! アルフレッド、何か私に用事は無かったかな? 父さん今日は何だか仕事がしたいなぁ」
「ご心配なく、父上のお手を煩わせる課題はございませんので」
『諦めよ。ここに残るのがお主の仕事じゃ』
「ねぇ、もしかしてちょっと怒ってないかいアルフレッド!?おーい!!」
いつもと変わらぬ足取りで出て行く長男に置いて行かれ、後ろで扉が閉まる音を聞いた中年男は床にべたりと腰を下ろして服の襟を緩めた。
「あー怖い、静かに怒るのは母親似だなぁ」
王にあるまじく地べたに胡座をかいて、背を丸めたまま顔だけを上げるジョン。
勇神は彼に一度目を合わせて、必要の無い筈の呼吸を一つおいた。
『ここがお主にとって心地良い場所で無いことはわかっておるよ。龍の再生に関わった肉塊について、お主の探しておる仇が関わった形跡があったのでな。山で捕獲した男の所持品にあった毒薬が150年より以前に失伝したものであったと判明したそうじゃ。ヤマガタが驚いておった』
「そうですか、ようやく出て来ましたか」
『驚かぬのか』
「むしろ遅すぎるくらいだと思いますねぇ。囮にするために初代様にあの子を預けて幾年か。こんな親は薄情だとお思いで?」
『儂の側が一番安全だからじゃろう。強がるでない』
「妻の敵を討つ為にあの子を利用しているのは事実ですよ。私はこの歳になっても親になりきれていないのでしょうね、はぁ」
暗がりに伏せてしまったジョンの表情は見えないが、その物言いには多分に自嘲が混じる。
『我が子孫にして友よ、今のお主は立派な家長であり王じゃ。お主がどう思おうとな』
「……そうですね。嫌々ですけど、王様なんですよね私。そうなると、遺物を破壊しなかったのはいずれ必要になるとお考えになったと言うことで宜しいですか」
『あ、ああ、その通りである。あの力がアレックスと娘の手にあれば、この先の助けになると思ったからである、の、だがな……』
そこまで話してから勇神は、顎に手をやって頬をがりがりと掻いた。
「ねぇねぇ少年。ほんとに双子の兄弟とかいないの?年の近い従兄弟でも良いけど」
「いないってば。兄様たちは10以上離れてるし、従兄弟も女性ばっかりだって何度も聞いたでしょ。モニカも何か言ってやってよ」
「無理ですよう!!なんで王子はそいつと普通に話しているんですかぁ!?」
人造湖を見下ろす宿の一室で幽霊と何度目かの問答を繰り返していたアレックスに呼ばれて、部屋の隅に蹲っていたモニカは涙声を上げた。
今日はここまで
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