落下
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今日もはじまり、はじまり
『さあて、これからどうしたもんかのう……』
手の中の龍が空気に乗って散ってゆくのを見終え、落下を続ける大勇神は顎に手をやって呟いた。
「勇神様? ドラゴンのことで何か気がかりでも……」
涙声の治まったアレックスが、次第に近づいてくる人造湖を見つめて返す。
対して大勇神は何か歯に物が挟まったような調子で、申し訳なさそうにマスクを掻いた。
『ああ、いや、うむ。お主にも無関係ではないし、伝えるなら早いほうが良いか……実はな、大勇神はその、飛べんのじゃ』
「へぇ、そうなんですか……あれ?じゃあ今のはどうやって?」
『頑張って跳ねただけじゃな、まさかこんな高度まで行けるとは思わなんだ。儂とした事が改造された大勇神の能力をちと見誤っておったようじゃ、いやあ失敗失敗』
「うえぇぇ!? それって、今は落ちてるだけッってことですか!? あわ、わわわっ!!」
巨神のまさかの告白に、アレックスは今まで眺めていた人造湖から眼を逸らし、慌てて手足をばたつかせる。
『慌てるなアレックス。既に減速はかけておるし下は湖、衝撃転換装甲をもってすればこれしきのことで何事かあるものか』
「そうですよね!あぁ良かった。ではなぜわざわざ僕に……?」
『ふんむ、取り乱して合身を解除されてはどうにもならぬからのう……着水まであと僅か、機体の制御は儂がやる。お主は気を強く持って娘の元に戻ることだけ考えておれ』
「やっぱりちょっと危ないんじゃないですかそれ!? ねぇ勇神様!!わああああぁぁ!!」
関節が激しく震動し、断熱圧縮で赤化する装甲からは閃光の尾を引いて大勇神はまっすぐ落ちてゆく。
日中にあって煌々と輝いて見上げる者の目を灼きながら、流星を越えた火球となった巨神は音を追い越して地表に迫る。
背部と足底のブースターが轟音を上げて推力を発揮するも巨体の勢いを殺しきるには叶わず、馴れない空中での姿勢制御に四苦八苦しながら遂に水面へと激突した!!
バアアアアアアアアア!!
今日一番の水柱を高々と上げ、湖の水を雨のように降らし、街の対岸近くの深みに大勇神は落着した。
うねりを伴った波が岸をめがけて押し寄せ、浅瀬に入り込むにつれて高さを増して迫り、展望台に避難していた者達が悲鳴を上げる。
今や建物の屋根をも越える高さになった泥水は壁のようになって、街を呑み込まんと陸に這い上がった!!
ゴオオオ!! ズズズズズズゥゥゥ!!
「何て事だ!!」
「龍が倒されたと言うのに、ああ!!」
「儂の船が、またぁ!!」
「ちょっとちょっと、早く逃げないとやばそうじゃん」
「ままー、ドーンって!!」
「そうねぇ、凄いわねぇ」
「おいおいお嬢、ありゃあ不味いんじゃないかい?この高さでも危ないかもしれねぇぞ、なあ!」
「げっっほげほ、龍より被害がでかくなりそうでヤンス。この格好じゃ泳げないからほどいて欲しいでヤンス……」
無残にも髪の毛をむしられたザッカーと、喉仏を踏まれて擦れ声のワッジがビタンビタンともがく。
二人ともミノムシのごとく縛られたまま、自力で逃げる事が叶わないのだ。
「いいえ、大丈夫ですよ」
栗髪の少女は細かい水が降りしきる中、あるじの落ちた地点をまっすぐに見つめてはっきりと声に出した。
動物的勘か、はたまた野生的感覚のなせる業か、地響きをたてて迫りくる大波に向かって展望台の石段を下り始める。
「あ、おい!危ねぇぞ嬢ちゃん!!チクショウ!堅ぇなこれ!!」
「いくら何でも無茶が過ぎるでヤンス!! おかしくなったでヤンスか!?」
姿勢よく歩き進むモニカの白い背中に届いているのか、転がされたまま声を張り上げる二人。
魔法の使えるワッジが指先から炎を発し、水に濡れて堅く締まった縄を焼き切りにかかるも、見えない位置にある結び目になかなか行き着かず、ミノムシの内側で火傷を作りそうになって歯がみしている間に波はモニカの眼前に到達して。
「おかえりなさいませ王子。勇神様もご無事で何よりでございました」
礼儀正しく頭を垂れるモニカの寸前で、城壁に匹敵する高さの波は悉く凍り付いて完全に停止していた。
水しぶきはきらめく氷片に、迫る威圧感は足元に揺蕩う冷気へと変じ、まるで時そのものが凍結したかのような一瞬の後、モニカの正面の氷壁を粉砕して大勇神が拳を突き出した!!
『やれやれ、間一髪といった所か。まさか凍結弾まで使う事になるとは……お、出迎えご苦労である。娘よ、今アレックスを分離するでの』
「あー怖かった……ただいまモニカ。 街の人たちは無事にしてた?」
「全員高台に避難しましたよう。ささ、受け止めますからこちらへ」
氷壁からミシミシと体を抜き出し、猫背になって地面に手を着いた大勇神が屈みこみアレックスを胸から吐き出すのを、真下にいたモニカが待ち受ける。
朝と同じように水浸しになったモニカに抱き着かれて、アレックスはようやく緊張から解放され手足に血が通うのを感じた。
今日はここまで
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