湖底の反撃
今日もはじまり、はじまり
「お嬢ちゃんや、さっき言っておった聖国の守護獣とは数日前にこの町の上を通って行った、あの巨大な影の事かのう?」
高台の手摺りから身を乗り出して群衆の最前線で湖を見つめるモニカに、釣り竿を担いだ老人が話しかける。
草を編んだ帽子にサンダル履き、日焼けした精悍な顔に髭を生やした老人は、針金を束ねたような手足に無数の傷跡を付けてモニカの横までやってきた。
「教えてくれんか、この湖に大きな影が差したあの日、王都近くではドラゴンが出たという。あの少年と勇神様がそれを追い返したとお前さんそう言ったかね」
「ええ、間違いありませんよう。このモニカはその場におりました!!あの日翠星王さまを退けたのは王子と勇神様です……と、あの、どちら様でしょうか?」
強盗達を締め落としたままであったモニカは拳を握ったままであったのを思い出し、服装を正して老人に答える。
「そりゃぁすごい!!先々代の操者様は三日三晩戦い続けてようやく痛み分けに出来たと聞いたが、今度の影が引き返して行ったのは半日と経っていなかっただろう。やはりあれかね?あの巨大ゴーレムに秘密があるのかね?儂の若い頃には見た事のないお姿だしなぁ、それともあの王子様が武術の達人とか?」
「何で強いかって、それは王子と勇神様だからとしか言いようがありませんけれど……。龍のブレスを防ぎ切り、互角に取っ組み合いが出来るあの鎧は30年前にはなかったと聞いておりますねぇ」
足元の二人を踏まないように向きを変えて、頬に指を当てて考えるモニカ。
対して老人は少年のように目を輝かせると、身振りを交えて興奮しだした。
「アレは凄いもんじゃったなぁ、こう!水龍の頭をドーンって!!その後にあの光ったのがバーンって!! いやぁ年甲斐もなくワクワクしたわい!!」
「そうなんですよ!これまでだって犯罪者のゴーレムや魔獣をちぎっては投げ、王都からここまでやってきたのです。今だってきっと勇神様の作戦のうちです、敵の懐に飛び込んで腹の中から食い破るおつもりなのですよ!! たぶん……」
「本当かね!!」
「何と頼もしい!!」
「やるなら早くやって欲しいんですけど~」
「さすが守護神だ!!半端ないぜ!!」
「何と言う深いお考え!我らは諦めの早さを恥じねばならぬ!!」
「その通りだ、逃げる事だけしか考えていなかったが、自分たちに出来る事は何かないものか……」
「ままーおうえんするー?」
「そうねぇ、やってみましょうかねぇ」
「それは良い考えですよう!! では僭越ながらこのモニカ、音頭を取らせていただきましょう!!」
ワイワイと盛り上がる群衆の先頭に立ったモニカは展望台の手すりに足を掛けると、両手を大きく広げて胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「っハイ、皆さん、せーの!!」
「「「「「勇神様!!がんばれー!!」」」」
深く暗い水深に引きずり込まれ、大勇神は全身にかかる水圧に衝撃転換装甲を輝かせて耐えていた。
幾重にも巻き付いた水龍の爪牙が外殻を喰い破らんと、水中でありながら絶えず火花を咲かす。
必殺の雷撃は水中であることから封じられ、力勝負でも劣勢にある大勇神は邪龍のなすがまま、このまま破壊されてしまうのか。
『ええい、そろそろ離れよ!!』
「馬蹄ランチャー!!」
ドウドウドウドォウ!!
密着したまま膝下の榴弾砲を起動し、照準も点けずに接射を仕掛ける大勇神。
下半身を構成する機械馬の足が変形したそれは、戦況に合わせて複数の弾頭を瞬時に切り替える事の出来る万能兵器。
大火力で制圧することを目的とした大勇神の武装の中では唯一、信号弾、閃光弾、煙幕弾など破壊以外の目的でも使用する事を想定した支援武装であるが、それは決して弱い事とイコールではない。
先の戦いではドラゴンのブレスをも相殺した、既存の兵器では遠く及ばぬオーバーテクノロジーの産物である。
今回は射出されると同時に起爆する近接信管と、速度の遅い榴弾に着発信管を交互に組み合わせて乱射する自爆にも似た悪あがきであったが、自身の頑丈さを頼みにしたなりふり構わぬ反撃は水龍の下半身を爆風で引きはがし、拘束を緩める事に成功した。
ギャァァルゥアアアア!!
『「ぐううう!!」』
もがきながら湖底に達した両者は泥を巻き上げ水を濁らせて転がった。
装甲が放つ魔法光が辺りを照らし、自身が動く照明となった大勇神はそこにある地形と、木造の建物群を柔らかく浮かび上がらせる。
足底とブースターから炎を噴射して立ち上がり、水龍との戦いを仕切り直す為に構える巨神が見たものは、冷たく時間の止まった生活跡であった。
「勇神様、ここは?」
『村じゃな、人造湖建設の際に立ち退いた集落の一つであろう。ああ、覚えがあるぞ……』
どことなく寂し気につぶやく勇神の声音に、周囲を泳ぎ回るドラゴンが応える。
青黒いオーラを纏い、牙を剥いて呻る口元に浮かぶのは自分の領域に獲物を誘い込んだ捕食者の愉悦か。
──── ソウダ、ココハワタシノ村 オマエノ滅ボシタ故郷 龍ノ住マウ伝説ノ地デアッタ ────
「喋った!?」
『先ほどの亡霊のような女か。気持ちはわからんでもないが儂に恨み事を言うのは筋違いじゃと思うがのう。ここを造ったのは人々がそれを望んだため、いわゆる時代の流れというものじゃ。儂が指図したものではないぞ』
──── ダガ造ッタノハオマエダ カツテ生贄ノ淵デ死ンダ私ヲ待ッテイタノハどらごんノ骨ト コノあーてぃふぁくとダッタ ────
水龍の額から上半身を浮かび上がらせ、底冷えのする耳障りな幽霊の話は続く。
ゆっくりと深淵を漂い村の跡を巡りながら、巨神の放つ光の届かない暗闇の先に消えては現れる様は何時でも奇襲を掛けられると誇示するかのようだ。
動く度に舞い上がる湖底の泥に視界をふさがれ、次第に装甲が放つ光の範囲が狭まりゆく中で動きの鈍る巨神。
合身したアレックスは呼吸が不要な勇神ですら、今は息が詰まる緊張を感じていると見て取った。
──── コレハ人々ノ恐怖ヲ喰ラウ宝 雨ヲ恐レ、龍ヲ恐レル悪シキ想像ヲ現実ニ変エル遺物 今モ水ノ外デ希望を亡クシタ者達ガ 私ニ力ヲモタラシテイル ────
「異常な再生力はそのせいで!勇神様、だとしたらこの状況は……」
『ああ、不味いぞ。儂らが手間取れば奴の力が増す一方と言う事じゃ。ドラゴン程度で収まっておるうちに討たねばならぬ!!』
アレックスの指摘に全身の火器を解放し、暗闇に眼をこらす大勇神。
必殺の間合いに入った邪龍に一斉射撃を放ち、一息に仕留められるように身構えた。
――― 恐 レ タ ナ ―――
しかし、その反応もまた亡霊の思惑通りであったのか、背後から恐ろしい声と共に衝撃が襲う。
『「うおわあああ?!」』
陸近くで戦った時より勢いを乗せた水龍の体当たりをまともに喰らって、大勇神は思わず湖底を転がった。
「勇神様、この視界では不利です!!」
『案ずるなアレックス、儂の権能を忘れたか。今の一撃で奴の動きは掴んだ、後は……!!』
アレックスが暗に撤退をほのめかすのを、勇神は力強く振り切り関節に力を込めて立ち上がる。
ブースターを噴射して体勢を立て直した大勇神が泥煙の中で手を伸ばし、再び背後から迫っていた水龍のあぎとを捕まえた!!
──── ナ ニ !! ────
『例え亡霊であっても魂はあろう、儂の感知能力を甘く見たなドラゴンモドキめが!!アーティファクトのあるその頭部、先の動きで見切ったぞ!!』
青黒いオーラを放つ水龍の頭に指を喰い込ませ、突進を受け止めた大勇神の、鬼神のマスクの眼が鋭く光る。
大顎を二つに裂かれそうになった水龍が左右に身をよじり、その尻尾を鞭のごとく振りかざすのに対して両肩の馬頭が変形した大砲が待ち構えていたかのように火球を放った!!
『焼滅せよ!!ブレイブ・キャノン!!』
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました




