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早朝の怪奇

今日もはじまり、はじまり


 私の王子様

 いつか私を迎えに来てくれる王子様

 皆は笑うけれど、私には分かる


 いつも二人で遊んでいるあの子たち

 村では見たことのない上等な着物を着て

私の秘密の場所で釣りをしているあの子たち


 夏の数日だけ現れる、琥珀の瞳の王子様

 思い切って声をかけてみようかしら


 突然話しかけたら驚くかしら

 見えないだけで、怖い人たちが近くにいたらどうしよう


 もっと沢山お魚がいる所を教えてあげたい

 岩場で泳ぐと怪我をするから、流れの緩やかな河原に案内してあげる


 やんちゃで素直で可愛らしい、都会生まれの男の子

 思い切ってお話ししてみて良かった


 また三人で手を繋いで遊びに行きましょう

 来年も、その次も、ずっと、ずーっと先も


 この沢は私の秘密の場所だから

 私がここを守るから

 

 だから――――









 モニカが朝の水浴びから戻って来た時、珍しくアレックスはベッドから起きていた。

 誰もいない早朝の廊下を戻ってきたモニカはまだ髪から滴を垂らし、彼の背中に声を掛ける。


 「おはようございます王子。今日はどうされたんですか?いつもならまだお休みになっている時間ですよう」

 

 「おはようモニカ。何だか目が覚め……って、水浴びに行ってたんだ。誰にも会わなかった?」


 まだ薄暗く涼しい部屋の窓際で白みゆく山を見ていたアレックスは入り口の方を振り返ったが、濡れた衣服を張り付けたモニカの肢体に気づいてため息をついた。

 

 「勿論ですよう。王子以外には肌は見せませんって。どうかご安心下さい」


 艶っぽい声に躰をくねらせて、髪を指で掬って見せるモニカ。

 しかし寝起きのアレックスは重いまぶたを両手でこすると、彼女に背を向けて朝靄のかかる湖が映る窓の方に向き直った。


 「そうじゃなくて。誰かに起こされた気がしたんだけどモニカがいなくて、探しに行こうと思ってたんだ。廊下じゃないなら外かな?」


 そう言うと窓を開け、身を乗り出して階下を見回すアレックス。

 観光地の朝は早いはずだがこの時間の宿に人の動く気配はまだ無く、アレックスの開けた窓の外は新鮮な空気の広がるばかり。

 それもそのはず、彼らの部屋は三階の見晴らしの良い位置にあり、とても人の登って来られる高さでは無かった。


 「おかしいなぁ……ベランダはあっちだし、確かに人がいた感じがしたけど…… モニカ?どうしたの?」


 頭をひねって窓を閉め、ポフンとベッドに腰掛けるアレックスの視線の先で、部屋の入り口で真っ白になったモニカが固まっていた。

 髪を拭いている途中で止まった手には鳥肌が浮き、分かり易く歯をがちがちと鳴らして震える。

 

 「あ、あたしは何にも見てませんよ、だだだ誰かの匂いもありませんし、つまり、そ、それって……」


 「うーん、幽霊?だったらまた来るかな。今度はちゃんと見たいなぁ……むにゃむにゃ」


 眠そうにまたもそもそとベッドに潜るアレックス。

 冷や汗をかいたモニカを置いて二度寝を決め込むつもりのようだ。

 ナイトキャップを深々とかぶり、大きな枕を抱いて丸まると数秒で寝息を立て始める。


 「何でそんなに落ち着いてるんですかあああああああああ!!」

 「うわあぁっ?!ッ冷たい!! モニカ!?」


 毛布の中に飛び込んできたモニカの濡れ髪に眠気を吹き飛ばされ、少年の朝寝は終わりを告げた。





 「モニカに怖い物があるなんて知らなかったよ、くふふふふ」


 結局朝陽が昇りきるまで彼女にしがみつかれていたアレックスは、湖に向かう坂道を下りながら笑った。

 年上の弱みを見つけた少年特有の、小悪魔的で悪戯っぽい笑い声。


 「申し訳ありません、どうにも昔から苦手なんですよう。王子の為なら百万の軍だって突破してみせますけど、殴れない相手はちょっと……」


 「ふーん。そんなものかなぁ」


 日よけのつばの広い帽子の下に目を隠して、珍しくしおらしいモニカが少年の後ろを歩く。

 今日の彼女は白のシャツに膝下丈のキュロットパンツと革の平靴を履き、うなじの高さにお団子を作って活動的な格好をしていたが、その声にはいつもの元気がない。

 宿の朝食を軽めに済ませて調査に出た二人は観光地をゆるゆると歩き、湖畔の遊歩道に出た。

 宿の人間や覗き込んだ出店の人間に今朝の事を聞いてみたが、誰も幽霊など知らないと言うばかり。

 観光地ゆえに余計なうわさが立つのを恐れているのかどうか、みんなアレックスの質問に答えた後でやんわりと口止めを頼んできた。


 斜めに反射する日の照り返しはまぶしいが、水の側は涼しさの方が勝る。

 浮き板をつないで造られた遊歩道は二人の歩みに合わせて湖に波紋を広げ、下に隠れていた小魚たちが慌てて飛び出した。

 朝一番の遊覧船はもう桟橋を離れ、釣り堀の生け簀には糸を垂れる早起きの老人達がぽつぽつと並びはじめている。


 「んもう!! 王子はどうして平気でいられるんですよう!!」


 いつまでもにやついているアレックスに、さすがに不機嫌になったモニカから質問が飛ぶ。

 落下防止の鎖に捕まって、ふと動きを止めたアレックスは真顔に戻ってモニカに振り返った。

 

 「言われてみれば……何でだろう?]


 自分に振られると思っていなかったのか、真剣に頚をひねって考え込んでしまうアレックス。

 その横を猫背になってすれ違うずぶ濡れの覆面二人連れがあった。


 「アニキ、もう一週間になるでヤンス。 ホントにこの湖にドラゴンが居たんでヤンスかねぇ?」


 「愚痴をこぼすんじゃねぇよ。姐御が当たりを点けた地点にはそれっぽい痕跡はあったじゃねえか。きっと遺物だってもうちょっとで見つかる筈だ……あ!」


 「「あ!!」」


 アレックスとモニカの横を通り過ぎてから、驚いて足を止める男たち。


 「これはこれは王子サマ方、おはようござ……」


 自然に挨拶に移るワッジに対し、アレックスは二人を指さして叫ぶ。


 「お前たちは王都の強盗!! 最近見ないと思ったらこんなところに隠れていたのか!!」

 

 「えぇぇ? あ、覆面か」

 「挨拶するアニキもどうかと思うでヤンス」


今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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