博士登場
今日もはじまり、はじまり
「で、アンタは誰なんでヤンス?ぐへっおえぇぇ……」
湿った地下道を進むロウソクの明かり。ぽたぽたと水滴が垂れ、呼吸するのも困難な悪臭立ちこめる下水道を行く三人があった。
歴史ある町並みと、若い活気とが織りなす賑やかな地上の繁栄とは真逆の、汚く、腐臭にまみれた暗黒。
ネズミが走り、地上から吐き出された淀みを受け止めて忘れられた優しい世界。
分厚いコートに帽子を被り、襟巻きを目の下まで上げて先頭を行く人物はやや小柄。質問を無視して小走りで進む。
続いて歩くのは覆面を外して口鼻にあてた、細身のワッジとマッチョなザッカー。
ワッジは何度か話しかけようとしてその度にえづく弟分を処置なしと見やりながら、たまにぬめった足下に転びそうになる謎の助け船をどう判断したものか考えあぐねていた。
三人は幾度目かの角を曲がり、その先の扉を開く。
その先は石造りの登り階段と、また扉。三度同じような通路を歩いて開けた場所に出ると、やっと先頭の人物は足を止めて二人を振り返った。
「ここからは臭いもましになるわ。聞きたいことがあるんでしょ?着替えながらでいいかしら」
値札の付いた男物の服を何着か、コートの中からとりだして二人に放ってなげやりながら、謎の人物から出た声は若い女のものであった。
襟巻きを外して帽子と男物のコートを重たそうに脱ぐと、その場に放って汗を拭く。
背の丈は160程か、卵のような面長で目の大きい美人顔。
しかしながら何処がどう美人かと聞かれても説明に困る特徴のない整い方。
女はコートの下でかいた汗のせいだろう、凹凸の少ない体に張り付いたワイシャツとスカートのしわを伸ばすと、何処からか取り出した白衣をまとい、青みがかった黒のロングヘアーを後ろで無造作に団子でまとめ、小さな眼鏡を鼻に乗せた。
「何見てんの?」
驚いて固まっていた二人が慌てて着替えを始める。
「サイズがキツいでヤンス……」
「なあお嬢さんよ、そう見られてると着替えにくいンだが……」
今度はお返しとばかり、壁際によって二人の着替えを観察する女に、ワッジが声を掛ける。
「お嬢さんって年でもないんだけど……、じゃあ私から、あんた達どっちが魔法使いなの?貴族っぽい金髪マッチョのほう?」
ぴたり と二人が止まる。
「俺だよ、コイツは弟分で弟子だ」
「そう……でヤンス」
絞り出すような低い声で、ワッジが答えてシャツを着る。
女はちょっと驚いた様子だったが、すぐに話を続けた。
「あっそ まあどっちでも良いんだけどね、あんた達ウチで働かない?週休2日で残業なし、お給料も良いわよ。今なら替えの身分と隠れ家も付いて来るわ!お得でしょ?」
唐突な提案にザッカーは驚き、ワッジはやはりか、と身構えた。
「それが俺たちを助けた理由か、お嬢さん、じゃなくておねーちゃんよ、助かったのは事実だし、実際感謝はしてるが、それだけで俺たちを好きにできると思っちゃ困るぜ」
「そうでヤンス!汚れ仕事の鉄砲玉にでもしようって気ならお断りでヤンス」
「あんた達頭悪いの?恩義で雇っても恩返しされたら辞められちゃうでしょ?だから私がしてるのは真っ当な雇用条件の話よ。私が助けたのはあんた達が必要だったからで、恩を売るためじゃあないわ」
一時とは言え王都を恐怖に陥れた強盗に、女は全く物怖じせずに言い切った。
「あと、私はアザレア・グリーンハート博士よ。おねーちゃんでもないから」
腕組みをしてなぜかふんぞり返る博士、アザレアが得意げに鼻息を吹くのを、ワッジとザッカーはぽかんとした顔で見ていた。
「えーと、博士?質問いいでしょうか?」
しばしの思案の後、肩の高さに手を上げて会話を繋いだのはワッジだった。
「はい、細身中年君。言ってみたまえ!」
アザレアは彼を指さすとノリノリで答える。
「俺はワッジ、コイツは弟分のザッカー。ホントにお給料出るのか?」
「ッえぇ?! アニキ、何を……!」 「出します!!」
「替えの身分と、隠れ家は?」 「ありまぁす!!」
「週休2日で、ノー残業?」 「イエスイエッス!!」
「昇給は?!」 「勤続年数と出来高払い両対応!!」
「扶養家族も?」 「会社の保険でOKよ!!」
「もうちょっと!!ボーナス!!」 「年2回6ヶ月分でどう!?」
「いよぉゥ太っ腹!!お大尽!!危険手当と出張手当は?」 「あったり前じゃない!!」
「これで最後だ!!」 「何でも来なさい!!」
互いの肘を組んでぐるぐる踊り出す二人。
「勇神を、倒せるか」
踊りを止めて博士の両目を覗き込むワッジ。
「必ず超えるわ」
にっこりと笑って答えるアザレア。 その笑顔には一点の曇りもなかった。
「わかった。弟分共々、世話になります。」
ワッジは腰を折り、アザレアに深々と頭を下げた。
「アニキ!?」
「今説明するからだまってろ いいか、この女が欲しいのはゴーレム操縦ができる魔法使いだ。たぶん、魔法使いでないこの女は、自分でゴーレム操縦ができないから代わりを探してた」
混乱するザッカーを抑えて、ワッジはアザレアに語り始める。
「ええ、その通りよ」
「だがあんたは俺たちが必要だと言った。魔法使いが珍しくても職にあぶれた奴がいないわけじゃねぇ。俺みたいに田舎から流れ込んで燻っている連中はいるんだ、汚れ仕事だって金次第で引き受けるさ。じゃあ俺たちが他と違うところは何だ?」
「さっぱりでヤンス」
「あんたじゃなくて博士。ここは譲れないわ」
「それが勇神だよ。知ってるか、俺たちは王国の歴史上初めてアイツに喧嘩売った「人間」だ。 30年前にアイツが休眠したのはガキだって知ってるが、その前にアイツと戦っていたのは魔獣やドラゴンだ。俺がガキの頃はゴーレムなんてなかった。アイツは唯一の守り神で、その事についていいも悪いもなかったんだ」
薄明りに浮かぶ三人の顔は徐々に近づいてゆく。
「わお、なかなか鋭いじゃない」
「ありがとうよ。っと、博士は勇神を倒したがってる。ゴーレムを使ってな。そんなもんに協力する魔法使いなんかいやしねえよな、今日この時の、王都のドブの下以外には、そうだろう? 俺が想像するに博士、お前さんは30年前の残党か何かだろう。若く見えるが年は結構いってるとみたぜ」
「自分は年上でもイケるでヤンス」
「途中まで正解だけどぶっ飛ばすわよあんた達…… まあ6割ってとこね。 私はあんな時代遅れの亡霊達とは関係ないし、明言は避けるけど見た目通りの年齢だから。あんた達に勇神と戦ってもらいたいのはその通りよ。」
「6割ねぇ…… ま、そんな訳だザッカー。どうせこのまま地上に戻ったってお尋ね者なのは変わらねぇんだ、ここは一つ厄介になろうじゃないか。それにな、やられっぱなしってぇのはあんまり好きじゃねえんだ、特に弟分の前ではよ」
天井に向いてはっきりと、その先の地上にいるであろう、勇神に対する決意を言葉にするワッジ。
「アニキがそう言うなら、自分に異論はないでヤンス」
「俺の望みは二つだ。さっき確認した雇用条件の順守と、後で揉めても嫌だから先に話すが、ザッカーは今はまだ魔法使いじゃない。それでも一緒に雇ってもらいたい」
「アニキ……」
「別に問題ないわよ、金髪マッチョの魔法使い技能手当は引かせてもらうけど。じゃあ改めて宜しく あ、この紙にサインして頂戴。どうせ偽名になるけど、今のあなたたちの気持ちを確認する意味もあるから、契約書ね!」
差し出された二枚の紙とペン。二人は暗闇に苦労しながら目を通し、黙ってそれぞれの名前を書き入れた。
「はい!ありがとー。 でね、これからのことなんだけど、薄毛中年君と金髪マッチョ君はチームで行動してもらおうと思うの」
返却された用紙を確認しながら歩き出すアザレア。
やはり速足の彼女に置いて行かれまいと、男二人が続く。
「うすくねえ……!」
「今から仲間割れはだめでヤンスよアニキ、ここは抑えるでヤンス」
「あらごめんなさい 気を付けるわ。チームの話に戻るけど、兄貴中年がリーダーで、金髪マッチョが副リーダーって事でいいかしら?」
「ああ、それで構わないが…」
「ハイ決定!!さっそく地上に出たら24時間休まず働いてもらうわよ!!先ずは隠れ家に案内するわね」
「ちょっと待つでヤンス!!週休2日と残業なしはどうなったでヤンスか?」
ここは流石に気付いたのか、ザッカーがアザレアの背中に待ったをかける。
「……やられた ザッカー、俺たち役職持ちにされたんだ……!!」
二人に顔を向けると片目を閉じて見せるアザレア。にたり、とその口が三日月型に笑う。
「管理職は時間規制の対象外で、残業は正規の労働時間のうちなのよ王国法では。ちゃんと書いてたじゃない。まぁ、その分お給料に還元するから許して頂戴、契約書に書いてた金額に嘘はないから!!」
顔をひきつらせたワッジは渇いた笑いを返す。
「ああ、そう願いたいね、姐御」
もう、二度と博士と呼んでやるものか。
今日はここまで。次回「王城」
お読みいただきありがとうございました。




