いきさつ(1)
今日もはじまり、はじまり
瞬間、アレックス一行の真上に突然影が差した。
真夏の日差しを遮って風呂敷のように広がったそれが怪物の広げた口だと気づいた時には既に遅く、山の梢から頭上に迫る死の気配。
一度走るのを止めた足はとっさに動く事はかなわず、剣を杖代わりにしていた山賊の上を越えて飛来する大口に、強盗二人が標的となる。
「アニキ!!危ないでヤンス!!」
真上からの奇襲に対しとっさにワッジを突き飛ばして、兄貴分を助けるザッカー。
肩を押した反動で自らは逆向きに身を躱そうとするが、鎧が重いのか力加減を間違えたのか、細身の兄貴分を勢いよく突き飛ばすだけでその場に留まり、異形の肉塊の落下に巻き込まれる。
「馬ッ鹿野郎おおぉぉ!!」
横向きに吹っ飛ばされたワッジが視界の端に落ちる肉塊と、それに覆われて潰されそうになる弟分に向けて肩をひねるようにして手を伸ばし、即座に火炎の魔法を放つ!!
「させないよッ!!」
「せいやぁぁ!!」
運良く異形の標的から外れた山賊の魔法使いヒルダと、アレックスもまた吹雪と光の釘を放ち肉塊を攻撃した!!
三方向からの魔法はザッカーを覆っていた肉ヒダに打ち当たり、渦を巻いて捕食活動を許さない!!
異形の表面は焼けただれ、波打ってうごめく所を凍らされ釘で打ち砕かれて、卵の殻が細かく割れるようにしてぼろぼろと崩れてゆく。
「ふん!!」
布団のように地面に覆い被さっていた肉塊から孵化する雛を思わせる動きで、ザッカーが頭を出した。
ほんの僅かな時間取り込まれただけで鎧を失っていたが幸い目立った怪我は無く、突き出した両腕を外に出すと地面を掴み、足を引き抜いて魔法の合間を転がりながら距離を取る。
「ザッカー!無事か!?」
「今度こそ死ぬかと思ったでヤンス……!!」
先に自分が投げ捨てた大剣まで転がって、両手に拾う大男。
片手に一本づつ、二本の大剣を構える手が震えた。
ザッカーの背中には溶解された鎧の残骸がこびりつき、服の上からじゅうじゅうと煙を上げる。
「アニキ!!コイツは!!」
「ああ、間違いねえ!!人喰いだ!!」
火炎の魔法を放ち終わり、燃えて砕かれた肉塊の残骸を見つめるワッジ。
山賊の頭目とヒルダが、おそるおそる近づいて来て剣の鞘で燃えかすをつつく。
「……殺せたのか?」
「アタシには判らないね。ただ凍らせるより効いたのは確かだよ」
たき火の後のように立ち上る熱を残して、ぶすぶすと煙を上げる残骸は広げた口のあった頭部を喪失し、グロテスクな獣の死骸が焦げた形そのまま、表皮を炭化させてぴくりとも動かない。
とりあえず一時の猶予を得た一行は死骸から距離を取って、山賊の頭目の話を聞く事にした。
「俺たち青銅の蹄団は魔獣退治や用心棒を生業にしている、まあ傭兵団だ。 辺境警備軍の手の届かない田舎や、王国を行き来する商人の旅の護衛が主な仕事だが、時には貴重品の配達などを請け負う事もある」
緑に挟まれた街道で、呼吸を落ち着けた一行は立ったまま輪になっていた。
暑い空気が路面を漂い、山からの風に運ばれてゆく。
焦げ臭い死骸の匂いが鼻の奥をかすめ、時折顔をしかめる頭目は聞取りやすい低い声で事の起こりを話す。
「7日前にゴサロ市で仲介屋から運送の依頼をうけたんだ。破格の報酬とこの化け物、そん時は握り拳ぐらいの大きさだったが、それを受け取って人造湖まで行けって話しだった。ちょうど今は辺境軍の交替時期だろう?仕事熱心な連中は移動がてらに魔獣を排除するもんだから仕事がなくてな、渡りに船のタイミングだ」
仲間を一人失った彼の表情は暗く、後悔を噛みしめるように鼻の頭に皺を寄せる。
「人造湖ってのは深い所だと人が凍える程冷たいんだってな。海や川と違って水が動かないとそうなるらしいが、俺にはよく解らなかった。まあいい、そこに卵みたいなコイツを廃棄して水圧と低温で活動出来なくするのが目的だと聞かされた。孵化すれば人を食らうモノに育つから、封印するのだと言ってたな。もし途中で活動を始めたら行動不能にして、再度卵に戻すため回収を頼むように念を押された」
「なかなかにきな臭い仕事でヤンス」
「全くだ。回収する用意はしても自分では捨てに行かないとか、その依頼主はやってる事が出鱈目過ぎる。訳ありどころか触れちゃいけねえ仕事だぜそんなのは」
強盗二人は呆れたように山賊達を見回して、通夜のようになっている者達の重い空気に吐き捨てた。
「あんた達の言うとおりだ。しかし仕事がないのも事実、ならばリスクを取ってでも実入りの良い依頼を受けるべきだと、団員達とも相談して決めた事だった。それでこの山まで運んだは良かったのだが、何がきっかけだったのかヤツが孵化した。本当に唐突だった。受け取った時のままおがくずが詰まった木箱に入れて運んでいる最中、急に蓋が開いてぬるりとはみ出して来たんだ」
「始めに気づいたのがさっきやられたメルセルだった。箱を背負っていた仲間のすぐ後ろにいてね、紐を切って箱をたたき落としたんだ。活動不能にしろってったってどうしていいか判らない。斬ったりつついたりして、最後にアタシが魔法で氷漬けにしてやって何とか動きを止めたんだ」
緑の服が涙を吸って、濃いしみを広げるまま、ヒルダが後を続ける。
姉御肌の女丈夫であっても仲間の死にはショックを隠せないのか、眼帯の下からも涙がこぼれる。
「それで山賊のふりをして、この山に入る人を追い返していたのですか……」
「正直に騎士団なり、辺境軍にでも通報してくれたら良かったのに、仕事熱心にも程がありすよう」
「そっちの少年は隠れ家の中で俺たちの話を聞いていたのだな……、全くもってその通りだと今になって思う。こうなっては回収に来る者がいるのかも怪しいからな、迷惑をかけた近隣の人々のためにも、死んだメルセルの供養のためにも、洗いざらい話してお上に裁決して貰うのが俺たちに残された道だ」
「「「お頭……」」」
輪になって涙を流す山賊たち。
彼らに向かって頭を下げ続ける頭目は、血が出るほど拳を握って男泣きを堪えていた。
今日はここまで
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