登って降りて
今日もはじまり、はじまり
「危ない!!勇神召喚!!」
金箱の蓋を吹き飛ばして、薄暗い部屋に閃光が迸った。
赤の、青の、黄色の光が吹き荒れて周囲を舐めまわし、その場にいるものの動きを止めて爆発する。
左手の腕輪を異形の方へ突きだして、頭目の眼前に迫った肉のヒダとの間に割り込んだアレックスの正面に出現した召喚魔法陣は、頭目を喰らわんとしていた怪物を押しとどめて部屋を真二つに仕切った。
「な、何だ!! 何もんだこのガキは!!」
片腕で光を防ぎ、突然の出来事に驚く頭目が少年を見て叫ぶ。
怪物に左手をかざして力を込めていたアレックスは頭目をちらりと見やると、召喚魔法陣から出現しようとする勇神に向かって通信を繋げた。
「勇神様!!そいつを捕まえて!!」
『任せよ!!』
ゴオウゥゥ!!!
屋内にあって普段の半分以下の大きさにしか展開できなかった召喚魔法陣から、巨神の左腕が突き出された!!
魔法陣と衝撃転換装甲の輝きが重なって薄暗い隠れ家の隅々まで光で照らしながら、その全容をあらわにした異形の肉塊を、張り付けになっていた柱ごと掴む!!
まるで少年のかざした手の延長のように、バキバキと建材を割り進んで出現した白磁の巨腕は鐘木の如く、握り込んだ異形ごと隠れ家の壁に突き刺さり叩きつけられた。
埃と土煙が天井から舞い落ち、建物が斜めに傾いて揺れて、壁の亀裂から外の光が差し込む。
「勇神様、そのままそいつを押さえて下さい!! 頭目さん、今のうちに逃げましょう!! 早く!!」
「お、おう!!」
魔法陣と繋がった巨大な片腕を残して、頭目とアレックスは一目散に出口に向かって駆けだした。
『あ、これ!アレックスよ!! 合身はどうするのじゃ、おーい!!』
「王子!ご無事でしたか!!」
隠れ家を飛び出してきたアレックスと頭目に、外で待っていたモニカが手を振る。
ワッジ、ザッカーの二人と一緒に隠れ家の周囲に茂る森に潜んでいたのであろう、栗色の髪には何かしら植物の葉っぱが刺さっていた。
後から付いてくる男二人は気絶した山賊達を縛りあげて引きずって、何か恐ろしいものを見るような目つきで少女の背中を追ってくる。
「モニカ!! 山賊を連れてすぐにここを離れるんだ!! オジサン達も早く!!」
山賊の頭目と並んで仲間の方に駆けて来るアレックスは小屋の周囲を見回すと、モニカによって無力化された山賊達を縛っていたロープに魔法の釘を素早く投げつけ、その拘束を解いた。
「なんだぁ!? せっかく縛ったてのに、どうしたんですかい?」
「小屋の中に何かあるんでヤンスか?」
「貴様らはさっきの旅行者!? まあいい、俺たちが無力化していた人喰いの化け物が目覚めたんだ!!逃げろ!!」
アレックスより早く三人の元に着いた頭目が足下に横たわる部下の頬を叩き、気付けをしてゆく。
頭目の焦燥ぷりを目の当たりにしたワッジとザッカーは、山賊を起こすのに手を貸すことにした。
「こいつらがここまでやられるとは、一体貴様らは何者だ……?」
モニカが無力化した山賊は男三人とヒルダ、いずれも屈強な戦士たちであったが皆白目を剥いて意識を失っており、頭目の気付けにもうわごとで返すのが精一杯の様子。
「俺たちはただの魔法使いさ、今は王子サマと嬢ちゃんの協力者ってとこだな」
「それより怪物がどうとか言ってたでヤンス。 人食いってなんなんでヤンスか?」
何とかよろめきながら全員が立ち上がったのを確認した所で、追いついてきたアレックスがモニカに飛びつくようにして、そのまま手を引いて山を下る道に走る。
「きゃあ!! ちょっと、王子!!」
片腕を引き抜かれそうな勢いで引っ張られ、危うく転ぶ所を何とか足を出して走り出したモニカが悲鳴を上げた。
日陰になった木立の中を、後について走り出した山賊達とともに転がるようにして駆け下る。
背後では山賊の隠れ家が音を立てて、形を保てなくなってゆくのが震動で伝わった。
必死に走る一行は、木立の開けた場所に飛び出すようにして辿り着いた。
坂道に合わせてフル回転していた両足が、急に平地に出たことでもつれ、リズムを崩してたたらを踏む。
隠れ家からそれほど離れていなかったのか、そこは奇しくも馬車が襲撃に遭った街道であった。
襲われた馬車はもう見えない距離まで逃げたのか、僅かに散らばる荷物とザッカーのうち捨てた大剣が二本とも先ほどのままの形で転がっており、まるで時間を飛ばしたかのような錯覚を与える。
いや、そこに走り込んだ者達が、先ほどの体験を現実のものと認識したくないだけかもしれない。
山賊達はみな、頭を付き合わせて呼吸を整えるのに精一杯で、一様に顔を青白くさせて一言も発しない。
「王子、中で何があったのですか? 合図を待たずに勇神様をお呼びになったのは先ほどの人食いの怪物とやらが現れたためでしょうか」
一人だけ息を乱さずに、アレックスの汗を拭いて背中をさするモニカが、いつになく緊張した様子で尋ねる。
「はぁ、はぁ、それについては俺たちから説明しよう。 うぇっほげっほ!!」
「お頭!?」
背を曲げたまま膝に片手を着いて、山賊の頭目が咳き込んで話し出す。
「さっき俺はそこの少年に命を救われたんだ。 戦場での命の借りは命で返すのが俺たち青銅の蹄傭兵団の決まりだろうが。だったら今、この場を皆で生き延びる為に彼らにも情報を渡すべきだと俺は考えるが、どうだ」
「「「…………」」」
「アタシは賛成だね。こっちはメルセルを取られてるんだ、依頼主への義理なんか知った事か!! 馬鹿正直に利用されて死ぬより、不誠実でも生きる方を選ぶべきじゃぁないのかい!!」
大きな胸を揺らして片目のヒルダが闘志を燃やした時であった。
『済まぬ!!アレックス!! 肉の塊がそちらに逃げよった!!』
今日はここまで
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