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捕食者

今日もはじまり、はじまり


 山賊のアジトで留守番をしていたメルセル・イェルムは傭兵団のホープであった。

 父親は某国の貴族であったとも言われるようにその色白で鼻筋の通った顔にはどことなく気品が感じられ、シュッとした体躯と指先まで神経の行き届いた立ち振る舞いはとても一介の傭兵には見えないと有名で、剣の腕も立つ事から仲間内でも将来を期待する者が多かった男である。

 憂いを帯びたやや垂れ目に薄い唇は、髪を含めた全身の色素が薄い事もあって人混みにあってもなかなかに目立ち、言い寄る者も少なくなかった。

 しかしながらその気質は嗜虐を好み、彼の容姿に魅入られて一晩を共にした商売女達が翌朝逃げ出すようにして、それきり男を拒むようになってしまった事も一度や二度ではない。

 彼によれば早くに母を亡くしたために異性との距離感がわからないと言うだけであったが、顔の整った少年が一人で裏道を生き抜くのにどれほどの苦痛があったものか、その性癖から事情を察する傭兵団員も少なからずいた。


 そんなメルセルが街道に出ればさすがに誰かの目に留まるからと、頭目の判断から隠れ家の留守番を任されたのは無理からぬ事であったが、きな臭い依頼主から預かった卵から孵化した謎の生物を監視する重大な役目には、腕も立ち頭の切れる若手が必要だったのは彼に取っては災難にしかならなかった。

 人間相手には時に驚く程冷酷になれるメルセルは、その身の内に自身の幼い頃を重ねてしまう小動物にはどうしても世話を焼く良心を秘めていたのだ。

 ヒルダの魔法で凍らされた、手足と目の無いカエルのような謎の生物は呼吸のために開けられた顔の部分をもにゃもにゃと動かして、近くにいるメルセルに訴えかけるようにしてもがいていた。

 

 卵のまま人造湖の底に沈むはずであった生物は自らの意思で殻を破り、この世に産声をあげた。

 手足も無く動きもしない肉の塊であったものが僅か数分で地面を這い回り始めたのを見て移送を中断した傭兵団は先ず殺害を試みたが、肉の塊に急所など見当たらず、斬れども突けども一向に弱らない生物を団唯一の魔法使いヒルダが機転を利かせて凍らせたのが4日前。

 そこからは取り決め通り依頼主が寄越す回収班が到着するまで山に籠もって人目につかないように、山賊を装って不本意ながら人払いを続けていたのだが、凍らされてもこの生物は僅かづつでも成長を続け、今は一抱えもある子犬ほどになっていた。

 

 (お前は生きたいのか……)


 満杯の水を凍らせた洗面器の中に頭らしき部分を出した形で動きを封じられて、あるのか無いのかわからない鼻先をひくつかせる生物は母を亡くして右も左もわからないまま放り出されたかつてのメルセルの姿に重なる。

 小屋の周りに張り巡らせた鳴子に注意して、その様子をただ眺めていたメルセルの肩に窓から迷いこんで来た蛾が止まったのを、彼は殆ど反射的に手で振って追い払った。

 感覚器のない鼻先でその動きを追っていた生物は目の前までフラフラと飛んで来た蛾を、カメレオンのような舌を伸ばして捕まえると、肉のひだが裂けてできたような口に飲み込んで食べてしまった。


 (食うがいい。お前は俺とは違うのだ、そこいらのものを取って食ったって殴るヤツはいないぞ)


 捕食を済ませてぶるりと身を震わせた生物は、自分を見つめるメルセルに向かって鼻先を向けると、もっと食べたいと言わんばかりに口をぱくぱくとさせる。

 その様子があまりに哀れで、また不思議に可愛らしく見えたメルセルが無意識に指を伸ばそうとした時であった。

 突然、風呂敷のように視界を覆う程に広がった生物の大口が彼の上半身をぱくりと咥えてしまったのだ。

 利き腕から飲まれたメルセルは剣を抜くこともかなわず、袋状になってうごめく生物に捕まったまま徐々に飲み込まれていった。


 




 「お頭!!大変だ!! ヤツににメルセルが喰われた!!」

 

 「何だと!!」 


 部屋に飛び込んで来たヒルダの慌てた様子に、山賊の頭目はペンを置いて立ち上がった。

 側に立てかけてあった剣を取り鞘を払って身構える。

 頭目の横に並んで片眼をこらし、両手に氷の魔法を構えるヒルダは隣の部屋の入り口に向かい、がたがたと歯を鳴らして怯えながら必死に冷静さを取り戻そうと早口で喋り始めた。


 「あたしの凍らせ方が不味かったンだ!! ヤツは少しだけ氷の薄いとこから体を出して、もうメルセルを飲み込んじまってた!! ものを食わせるなッてのは依頼主の注意にあったけど、こんな事になるなんてアタシは聞いてなかったぞお頭!! アタシが部屋に入った時はもうメルセルは膝から下しか無かった!! 今のヤツは人より大きくなちまった!!もうアタシの魔法でも時間稼ぎはできないかもしれないよッ!!」


 半狂乱になるのを何とか踏みとどまったヒルダは、思いつく限りの情報を並べて自身を落ち着かせる。

 熟練の傭兵である彼女が奥の部屋で見たものが、どれほど現実離れしたものであったか、その取り乱しようが何より雄弁に物語っていた。

 昼でもやや薄暗い隠れ家の中でずるり、ずるりと何かを引きずるような物音が鳴る。

 

 「そうか、なら俺たちは逃げるか、依頼主には悪いがヤツを殺すかどちらかだな。 とは言っても殺し方などわからぬし、成長したヤツから逃げ切れる保証もないが……」


 苦虫をかみつぶしたような顔でそう呟いた頭目は、額にうっすらと汗をかいて剣を傾ける。

 切っ先は隣の部屋で動く気配に向けて、彼の判断は早かった。


 「ヒルダ!!俺が合図したら隣へ全力で魔法を撃ち込んで外に走れ、ヤツの動きが止まったら小屋に火を放つ!! 他の団員にも聞こえるように大声を出して知らせるんだ!!」


 「了解!! 」


 頭目の剣が軽く振られるとヒルダの両手から吹雪のような冷気の波動が迸る。

 

 「メルセルの仇だ!!砕けろ化け物!!」


 部屋の中からゆらりと姿を現した、直立したオオサンショウウオの如き異形に吹き付ける冷気は突風のごとく、周囲を霜で覆い怪物の動きを鈍らせた。

 床に異形の足を張り付けて、全身を氷で封じ込めたヒルダの魔法は動きを止めるにはかなり過剰なものであったが、異形はゆっくりと身を震わせ氷に罅を入れて拘束から脱しようともがく。


 「確かに今朝までのヤツとは別物になったようだな。 ヒルダ!もういい!! あとは俺が!!」


 剣を水平に構え、異形に突進する頭目はまっすぐに長剣を突き出して凍った怪物を柱に縫い留めた。

 何という腕前か、人より分厚い氷を割らずにただ貫くなど並大抵の技量ではない。

 頭目は貫通した剣の柄を蹴り込んで押し込むと、背後に跳んで机にあったランプをつかむ。

 すでにこの場を後にしたヒルダが駆け行く足音を背に聞いて、ランプの中の油を撒くと火種を探して部屋の中を見回したほんの一瞬、異形の怪物は体を震わせ、罅と刀身の間から肉のヒダを滑らせるように伸ばして頭目を喰らわんと襲いかかった。


 「うお!?しまった!!」

 「危ない!! 勇神召喚!!」

今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

しばらく体調不良で更新が不定期になっております。

申しあ訳ありませんがなにとぞご容赦くださいませ。

皆さまも猛暑には十分お気をつけてお過ごしください。

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