元狂犬
今日もはじまり、はじまり
気づかれていた────
山賊を追っていたワッジとザッカーは即座にに殺気を纏って、自分たちを見下ろす少女に身構えた。
昨夜からのアレックスの様子では自分たちの正体に感づかれている気配は微塵も無かったというのに、目の前の少女はまるで料理の隠し味を言い当てる遊びのような気軽さで、二人を見抜いてみせたのだ。
葉っぱのついた枝から手を放し、ワッジは魔法を、ザッカーは剣撃を放たんとつま先に力を込める。
「待った待った!!そんなに怖い顔しないで下さいよう」
対してモニカは手に持った枝をかさかさと振って、二人の側まで山道を降りて来た。
距離にして15歩も無かったであろう獣路を瞬時に詰めて、ふわりと強盗二人の間合いの内側に入り込む。
この不整地にあってモニカは全く機動力を損なう事無く、かかとの高い靴でも平地と変わらぬ足運びだ。
ザッカーとワッジは彼女の風のような速さと、一足一刀の間合いに入っても自然体で敵意の感じられない不気味さに勢いをそがれてしまった。
「お二人とも殺気を納めて下さいな、賊に感づかれてしまいますよう」
身構える二人の手の甲をそっと撫でて、間に入り込んだモニカが優しい笑顔を向ける。
王都を騒がせた強盗に挟まれてなお、おおらかな雰囲気を失わない美少女はワッジとザッカーの硬直が解けるまで彼らの顔を交互に見つめてみせた。
「……お前ぇさんは、何なんだ」
手の先に集中していた魔法を解いて、火を放つのを諦めたワッジが半歩退く。
その様子を確認したザッカーも、剣の柄から手を放した。
「あたしは王子の忠犬、モニカですよう」
「そういう事を聞いてるんじゃないでヤンス。 自分らは王都では覆面をしていたはずでヤンス」
「ああ、それでしたらあたし、犬ですから鼻が利くんですよう。 蟹のゴーレムに残っていたのと同じ匂いがするんで、昨日からそんな気がしていたんです」
小首をかしげて可愛らしく自分の鼻を指さしたモニカが種明かしをする。
「不意打ちしてくる山賊の魔法使いも、あたしなら匂いで感知出来ますからね。さ、落ち着いたら王子の後を追いましょう」
そう言ってまたさっさと山道を登り始める少女。
訳がわからないままその場に取り残されそうになった強盗コンビは、慌ててその背中を追った。
「まさか本当に犬なんでヤンスかね?尻尾は見えないでヤンスが……」
「馬鹿言え。王都での事件の捜査に噛んでたってだけだろう、国家の犬で、事情通って事だな。それに勘もいい」
先を行くモニカの後ろで今度は離されまいと息切れの合間に会話しつつ、強盗コンビは膝を高く上げて藪を踏み越えた。
すいすいと障害物を越えて進むモニカの踏んだ場所を見て覚え、動きをなぞって速度を保つ。
「モニカの嬢ちゃんよ、その、王子サマは俺たちの事を知っててこの作戦を立てたのかい?」
藪と小枝の茂る木々の間を、三人固まって登る一行。
内心穏やかでないワッジは、どうしても疑問に思った事を訊かずにはいられなかった。
「いえ、昨日はすぐお休みになってしまわれましたし、今朝はお二人がもう早くから準備されているのを見て慌てて馬車に入られましたからご存じありませんよ。何かあったらあたしがどうにかするつもりでしたし、王子はあなた方を今時珍しい奇特で高潔な勇士だと思っていらっしゃいます」
「「ハァ!?」」
「本当ですよう。あなた方は宿目当てだったかもしれませんが、報酬が出るかも怪しい山賊狩りに名乗りを上げて、今朝も逃げ出さずにここまで来てくれたじゃぁありませんか。 王子くらいのお歳頃だとそういうのは義理堅くカッコイイ大人に映るみたいですね、ずいぶん褒めてらっしゃいましたよ」
「マジかよ……」
「バレてないけど逆に厄介な気がするヤンス」
ワッジとザッカーはこのまま山を駆け下って逃げ出したくなる気持ちを抑えて、げんなりとしながらモニカの後をついて歩いた。
「ようし、箱はそこに置け。ヒルダはヤツを凍らせたら少し休んで良いぞ、後の者は見張りと飯の準備だ」
「「「「了解!!」」」」
隠れ家に使っている山小屋に到着した山賊達は、頭目の指示でそれぞれの仕事に散って行く。
箱の中でその様子を覗っていたアレックスは鍵穴から差し込む光に目をこらし、勇神を召喚するタイミングを計っていた。
(馬車を襲っていたのはこの人たちで間違いないけれど、会話を聞く限り悪い山賊ではなさそうなんだよなぁ……。ヤツというのが何なのか気になるし、どうしたら良いんだろう? でも、モニカと魔法使いのオジサン達を心配させちゃいけないかな)
金貨の重さと音を出すのに適当に金屑を隙間に詰めた箱の中はひんやりとして、暑さはそれほどでもないが体の向きを変えられるほど大きくはなかった。
鍵穴は潰してのぞき穴にしたので外から開けられる心配はないものの、外に出るには魔法で箱を破壊する必要があるため、一度出たら中に戻る事はできない。
アレックスは自分を運んだ山賊の足音で移動時間を計りつつ、モニカ達の到着に合わせて勇神を召喚するつもりでいた。
(何か合図があれば即座に、無ければここに着いてから500数えて召喚。それまでにはモニカとオジサン達が敵の逃げ道を抑える手はずなんだ。 ボクがあせっちゃいけない)
暗闇の中で左手に嵌めた腕輪をなぞり、息をひそめる少年の視線の先にはこちらに背を向けた山賊の頭目が、机に座って何やら書き物をしている。
依頼主に出す手紙か今日の活動報告か、粗野な見た目に似合わず筆まめな頭目は一心にペンを走らせて動かない。
山賊の仕事もいろいろあるんだなぁ、と、この場に似合わない事を考えてしまったアレックスが僅かに気を抜いたその時。
「お頭!!大変だ!! ヤツににメルセルが喰われた!!」
箱から見えない位置から部屋に駆け込んできたヒルダが、事態の急変を知らせた。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました。




