追跡
今日もはじまり、はじまり
モニカ達が逃げ出したあと、山賊達は彼女らが残した馬車を物色していた。
時折掛け声はかかるものの、静かに淡々と作業をこなす彼らは皆通夜のような顔色をして、笑うものは誰一人いない。
一人が馬を押さえ、手際良く馬車から荷物を運び出し綺麗に地面に並べると、頭目が一つ一つ鞄や箱を開けて中を確認する。
「引き返して来られても面倒だからな、金以外のものは中に戻せ。この馬なら自分で飼い主の所へ戻るだろう」
衣装箱の蓋を閉めて次の鞄に手をかけながら、頭目は山賊達に言い含める。
その額には深い皺が刻まれ、とても獲物を手に入れて喜んでいる様には見えない。
「わかってますって。回収班が到着するまで後2日、どうあってもヤツに人を襲わせる訳にはいかねえ」
肩に担いだ荷物を馬車に戻し、山賊達は皆真剣な表情で頷く。
「そうだ。沈める前に活性化した原因はわからんが、ヤツが解き放たれれば間違いなく大惨事が起こる。山に誰も立ち入らせない為にはこうするしかないのだ」
苦悩の張り付いた顔で皆に言い聞かせるように呟く頭目は、暑さに負けないように軽く頭を振って作業を続ける。
「だからってお頭、奪った金まで帳簿に付けておくことはないんじゃないですか?」
山賊の中でもまだ若い男が不満そうに汗を払った。
積み荷の中で唯一鍵を開ける事ができなかった、金庫のような大箱を足で小突いてむくれる。
「こんだけ苦労してんだ、ちょっとぐらい小銭稼いだって依頼主から文句も無いでしょうに……あ痛!!」
「何馬鹿な事言ってんだい!! あたしらは傭兵であって本当の山賊じゃないのよ。金だって事が終わったら返しに行けるように、額と襲った相手の所在を控えてるだけでしょうが」
若い男の頭を後ろから叩き、何処からか現れた女が山賊に合流する。
緑の動き易い服に身を包み、革のベルトに大振りなナイフを挟んだ女は歳の頃40ほど。
大きな傷跡のある左眼には眼帯を付け、むせかえる夏の空気を更に膨らませる気迫に満ちた女丈夫であった。
「おう、ヒルダ。さっきは見事な不意打ちだったぜ」
「どういたしまして。お頭、もうすぐ魔法の効き目が切れるよ。さっさと引き上げてまたヤツを凍らせないと」
先の襲撃に氷の矢を放ったのはこの女であったのか、ヒルダと呼ばれた彼女は山の方を見上げて右目を険しくする。
辺りにいた山賊達はその声を聞いて、慌てて作業の手を早めた。
アレックスの隠れた金箱を前に、山賊達が集まって引き上げの準備をするのを強盗コンビとモニカは少し遠くから観察していた。
日が高くなって虫の声も少なくなった山は、山賊達の低い声が良く通る。
「お頭、こっちは終わりましたぜ。もう馬を放しちまいますかい?」
「現金はこの金庫の中か……。何も取らずに馬を返しては逆に怪しまれるな、手間だがこれは一度持ち帰るしかない。中身には手を付けずに返すから勘弁してもらおう」
頭目の指示で二人の山賊が、金箱に手をかけて持ち上げる。
その前後を残りの山賊が警戒しながら、山奥に続く茂みの獣路へと揃って消えて行った。
「やっと行ったでヤンスね、あの連中傭兵とか言ってたでヤンス」
「何やら訳ありの奴らみたいだったな。お嬢、後を追いやしょう」
逃げたと見せかけて山道を外れ、襲撃現場に戻って来ていた三人は葉の茂った枝を両手に持って隠れ、中腰のまま移動を開始した。
モニカ、ワッジ、ザッカーの順に一列になって、山賊の踏み倒した山の植物の後を慎重に追跡してゆく。
「恥ずかしいのでもうお嬢はいいですよう。あたしの事はモニカとお呼びください」
貴族の着るようなひらひらした服の裾をまくって、山道を進むモニカの速度は男二人のついて行くのがやっとなほど。
およそアウトドアに向かない格好でありながら、まるで平地を行くように上り坂をものともしない。
「それにしても何故お二人はここまで協力して下さるので? 囮役が済んだらもう十分だと打ち合わせしてあった筈ですが」
強盗二人との距離が離れ過ぎないよう時折立ち止まり、後ろを振り返って尋ねるモニカ。
葉っぱの引っかかった栗色の髪が、回転に合わせて広がって揺れた。
「町長に一宿の恩と、王子さまにはそれを取り持って貰った恩があるでヤンス」
(自分らは筋の通った悪党のつもりでヤンス。恩人には仁義で報いるのがアニキの教えでヤンスからね。それに勇神を倒すなら王子もセットでないと、自分ら以外の者に倒されちゃぁ生きがいが半減するでヤンス)
「俺もそれと、昨夜荷物をどかして助けて貰ったからですかね」
(まあ、本当は女子供にこんなのを押しつける連中が嫌いなのと、あのガキの観察が目的なんだがな……。博士も知らない今代の操者ってヤツが間近で拝めるなら寄り道も無駄じゃねえだろうよ)
腹の中では全く別の事を考えながら適当な理由をうそぶく二人。
むせかえる山の湿気に踏み出す一歩は重く、土と緑の臭いが靴にまとわりついて粘る。
悪戦苦闘して獣路を上る二人を先に立って見下ろしていたモニカは、その綺麗な目をぱちぱちと瞬きさせて驚いた顔をした。
「ちょっとびっくりしました。お二人は先の強盗でしょう?てっきり王子のお命を狙っているものだと勘違いしていましたよう」
今日はここまで。
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